第1話 私、バイト巫女。
日本の〇〇県。そこには小さな神社があった。
……今にも潰れそうなほど閑古鳥が鳴いている。
実際に、今代の神主が『とある手』を打っていなければ、今頃はどこかの企業に買い取られて、リゾートホテルになっていたことだろう。神主の家系が契約していたこの土地は広かった。
今日は元旦である。大晦日の夜には今までにないくらいに人が溢れかえっていた。主に県外客である。
……ここの人口のほとんどは免許返納している爺婆なので、車がないと山奥のここには来れないのだ。
かく云う神主も、例に漏れず爺。1人しかいない巫女も、婆。
まあとにかく、大晦日からの客は帰らず、新しい客も来る。
千客万来。ここの神は福助ではないが、すごい賑わいよう。
去年の酉の市にも、こんな賑わいがあったらよかったと、バイト巫女である岬は一人ごちている。
彼女はこの山の麓にある高校の生徒である。花のJK三年生。いつの間にやら、というもので、受験のゴールテープが見えている。
正直に言って、彼女に元旦の巫女バイトをする余裕はない。
彼女は進学志望で、希望する大学は都内の国公立。
競争率が富士山のような高さである。
なので本来彼女には、こんな場所でワイワイと騒いでいる観光客に対して、にこやかに笑顔を浮かべている余裕はないのである。
だがそこで神主、繰り出してきた『とある手』。
もちろん、神社復旧とは違う手である。かの神主の背から生えている手はもはや千手観音。ここは神社だが。
『推薦出すよ』である。
実は神主、ここを継ぐ前は海外大学の著名な教授であった。
現在でも、その大学と彼女の志望している大学の、臨時講師でもあるのだ神主。
その神主の推薦があれば、志望大学の研究所へと一っ飛びである。なにしろそこの研究所の副主任、神主の友達だから。
でも癒着ではないらしい。でもこの前その副主任に挨拶に行ったようだけど……。神主、言ってました。『君の研究が素晴らしいのは専門外である私にもわかる。だから無問題! 安心してバイトに励んでね』。
癒着が再浮上した。
まあそんなこともあり、彼女は最後の社会経験のためにバイトに勤しんでいるのである。
「御朱印を書き終えましたので、ご連絡申し上げます」
そんなバイト戦士彼女、メール中である。あまりにも授与所の行列が長すぎたため、メールでの呼び出しに対応を変えたのだ。御朱印担当、字が綺麗系JK。今時珍しいものである。
「岬さん! すみません、神主見ませんでしたか?」
とここで唯一の雇用されし巫女婆である、咲子さん、68歳。年金もらっている歳ではないか? といつも岬を考えさせている存在である。ちなみに咲子から岬への好感度は孫である。我が孫。全然違うけど。
「神主ですか? 神事中では?」
チラリと岬、腕時計を見ます。現在時刻朝の5時15分。いい加減帰れと言いたくなりますね。聞いていますか? 大晦日からいるお客さんよ。もちろん岬、ただのJKバイターなので言えません。
ですが徹夜している客の、血走った目は怖いと思っています。あ、あの子チャッキーみたいだ。
「そう、もう神事の時間だから、探しているのだけど……いないのよねェ」
「ありゃま。大晦日の神事はつつがなくされていたのに。寝ましたかね?」
「……そうかも。ちょっと、私室見てくるわ」
「ええ……いや、私行きますよ。そろそろ休憩なので」
よっこらせ、バキバキと骨を鳴らしながら岬、立ちます。3時からここにいましたし、当たり前に正座なのでそりゃあ凝りますよ。何本か足の骨が折れたのではないかと思うくらいの音ですね。あと、JKなのにおっさんくさいです。
「そう、そうよ! ちょっと岬さん、休憩時間じゃない。なんで休んでないの?」
咲子さん68歳、岬の頬に手を当てます。肩じゃないところが、我が孫扱いしている感じがしますね。神主がしたらセクハラになるところです。
「そりゃあ……2時くらいに神主が、『あ、5時までよろしく』と、半強制的に強制させてきたからですねェ」
あっ岬、笑顔という水面の下でとんでもなくキレてました。咲子さんの手に触れる岬の手、とんでもなくあったかいです。眠くなる度に拳を握っていたからですね。……殴りにきている? 神主、そこから逃げて。推薦書が書けなくなるとまずいです。……いや、もう1月だからすでに提出していますね。大丈夫です。岬、やれ。
「あら。そんなことが。……岬さん、労基に通報するときは言ってね! 私、味方するわ」
と咲子、ファイティングポーズ。いや、ガッツポーズ。社会的にも潰そうとしている? 神主、逃げ場がないぞ!
「はは。……まあそのときはよろしくお願いしますね」
岬、目が笑っていません。あれ、本気? 推薦状書いて貰えば神主用無しってことですか?
咲子さんの横を通って、障子を開けます。
ああ、そういえば雪、降ってましたね。授与所にはファンヒーターがあるので、だいぶ暖かいんです。
岬、指先に息を吹き込みながら、雪下駄で奥にある屋敷に向かいます。ひゅー、神主ってお金持ち。……あれ、雰囲気が。修繕していないので、その様相はまるっきり廃屋敷ですね。日本ホラー。井戸があればリング。
パキッと、明らかに雪ではないものをたまに踏みながら岬、一直線です。浮かれた観光客でさえ、ここには絶対に近づきません。見えたら瞬で忘れます。脳の防衛反応ってすごいですね。
ガラガラガッ、バキ、ガ、ガ、ガラガースン。
引き戸が快適に引けなくて、横に押すになってます。これじゃあ押し戸ですね。……あ、同義なんですね? 押し戸、引き戸。じゃあ引けなくて押すようです。
「神主、いますか?」
内装が、ないそう。ん、くしゅん。すみません、雪が冷たくて。
さて置いておいて。神主邸、見事に、ガサ入れされた後の部屋です。汚部屋ならぬ汚内装。広いから、余計にその汚さが目立つ。
……ちょっと、床の折れた板くらいはDIYしてくださいよ。岬、落とし穴のようなそれを器用に避けて通ります。あ、岬、ここにきて初めて眉を顰めます。もしかして、きたな、
「……汚い」
言った! 言いました。岬、神主がいないとみて本音をかましました! 神主、居たら居たで花のJKからのボディーブロですね。そのままJKに浄化されてください。
ガタン、奥から物音が。ここに神主と同居しているネズミさんですかね? Hallo! nice to meet you!
「……神主?」
あ、ここ、神主の部屋ですね。同衾ですか? 岬、物怖じせずスパンと扉を開け放ちます! 待って、そこではただ濡れた情事が! 人間、見られたくないものの方が多いんです! 岬には躊躇がないんですか!?
「……コイツ」
ヒョッ。岬、この屋敷よりもドス黒い雰囲気を纏いました。
なんと神主、汚い文机に突っ伏し寝ています! 寝ていやがります! 岬! こんな山奥に引きこもっている神主一人がいなくなっても、全国ニュースにはなりませんよ! やってもらって大丈夫です。さ、その握りしめた拳で、やっちゃってください!
「はあ、神事を放ったらかして何寝てるんですか。行事追加したの神主でしょうに」
あれ、岬、握り拳を解いて、そばにぐちゃぐちゃになっていた毛布を神主にかけてあげます。ーーこの恨みいずれか……倍返しだ! ってやつですね。私には分かりましたよ。いつか訴訟起こしますよ岬。また、最高裁で会いましょうね、神主。
「……?」
ああっ、ダメですよ岬。人の厨二ノート見たら。男性が文机で紙を枕に寝ているときは、それすなわち、黒歴史を書いているに違いありません。
「神 降りて、御霊、惑わし、地と血に禍をもたらさん」
ほら! ほら、黒歴史ノートです! 厨二病ノートでしたでしょう岬! 言わんこっちゃない。では、これを三審の時に持ち出して、ごねている神主を強請りましょう。
「……燃やしてあげた方がコイツのためかしら」
ああ、岬。優しいです。害悪の告知に使わずに無効にさせるなんて。
やっちゃえ、岬! 元旦ついでにお焚き上げして、観光客を温めてやりましょう。この生まれるべきではなかった文書を世のため人のために使うのです!
「……汚い」
あ、2度目です。岬、今度は本人の前で言い放ちました。あれ、さっきのも、神主が居ても居なくても関係なく口外していたのでしょうか。
神主、いい歳して涎垂らしながら寝ています。おかげで、黒歴史ノートの文字がそこだけ滲んでますし、普通に汚いです。爺のヨダレって、なんだか細菌発生率高そうですね。そろりと岬、神主から離れます。
あ、ノート。岬、可哀想な目で神主を見ています。先の『汚い』発言よりも高威力かもしれません。
パチン、と柏手。巫女なので、そんじょそこらの観光客よりもいい音を立てています。『あ、そうだ。』という思い立った時にするやつですかね? なにか思い立ったんですか? 岬。
「……これで起きないか。」
あ、違いました。ただの目覚ましでしたね。神主の肩に触れて揺さぶればいいのに、岬、よだれがばっちいくて触れることをやめました。神主、哀れです。岬、民事裁判の一審で済ませてあげましょう。
「ーーぬ」
神主の、かと思ったら岬の鳴き声でした。新種の岬。きっと、古池に飛び込んだのがこんな鳴き声の蛙だったら、芭蕉はなにも思わなかったでしょう。いや、飛び込めさえすればいいのかな? そこんとこどうなんでしょう、芭蕉。
まあそんなことはどうでもよくて。ばしょーーげふん。岬、神主の首を見て、小首を傾げます。
「血の色、汚ね」
あっ、生物的JKフック。生物的に汚いと言い放ちました。そんな子に育てた覚えはありませんよ! 岬!
にしても、本当に泥溝みたいな色してますね、神主。今年の人間ドックは早めにした方が良さそうです。去年は犬が代わりに行ったんですかね? 半年でこんなに血液の色が変化するなんて、普通はありませんし、替え玉くらい、この神主は揚々とやって見せることでしょう。
「……脈……」
あ、触りたくなさそうに逡巡してます。手が、神主の首周りでうろちょろしてます。客観的に見たら変人ですね。というか、神主を眠らせている、ネクロマンサーみたい。よく見ますよね、目を瞑って椅子に座る人間の周囲で、大蒜とか十字架とか本とかをゆらゆらさせている変人。
あ、勢いよく首にチョップかましました。岬、躊躇なく神主にとどめをさそうとしていますね。遺体はどこに埋めます?
「……」
全力でハテナを浮かべた顔をしていますね。脈、わからないんですか? ……、岬。それ、力強すぎて、脈、止めてます。 やっぱり止め?
「……神主?」
おっとォ? 岬、神主を抱いて起きあがらせます。そして、床に倒します。え、今度は岬? 神主、マウスはどうしたんですか! 禁断の三角関係ってやつです!?
「……呼吸器停止、瞳孔散大……脈拍停止」
あ。
神主、岬以外の人物にも恨みを買っていたんですかね?
「……心……停止」
岬。大丈夫ですよ。このままにしておきましょう。
「……心筋梗塞? でも……」
そうです。持病のせいかもしれませんし。……神主、5歳児も真っ青な健康爺でしたが。
「皮下出血……表皮剥脱……なし……」
ああ、じゃあ窒息死ですかね。神主、いつの間にやら地上で暮らせなくなったのでしょうか。魚類?
「け、血液の色が変色している場合、死亡推定時刻は、す、少なくとも今日じゃない」
……。岬。
「じゃあ、神主、は。あのときの神主は。誰なの?」
岬。
「今日の、2時に、私に話しかけた神主も、大晦日の神事を行なった神主も、……推薦が通ったって言ってくれた神主も。」
岬!
「」
岬。大丈夫ですよ。もう。
岬。
岬。
みさき。
だいじょうぶ。
わたしが、きましたから。
「みさき」
「みさき」
「みさき」
「だいじょうぶ」




