【Past Day 5 】変化の兆し ーSIDE Darylー【第三章◇完結】
あれ……また胸が痛い……?
わたしがアセクシャル(無性愛者)かもしれないと伝えてからも、カーティスは何ひとつ態度を変えたりしなかった。
彼とはかけがえのない親友のままで、新入生達に実践的な魔法を披露する合同学習のパフォーマンスにも、二人で組んで参加した。
特設ステージに立つわたし達を見つめる、一年生たちのキラキラした瞳。
その中でもひときわ熱い視線を向けていたのはアシェルくんだった。
アシェルくんはとっても真剣な顔で、瞬きすら忘れたようにわたし達が舞台から降りてもずっとカーティスとわたしだけを見ていた。
きみはなぜそんなに辛そうな顔をしているの?
どうしてこっちを見ているのに目が合わないの?
どうして……?
「ダリル? そろそろクラスに戻るみたいだよ」
「あ、うん……!」
そんなカーティスの呼びかけに、わたしはどこか不安な気持ちを抱えたまま教室へと帰った。
あの日から彼は変わった。
わたしに向ける眩しいくらいの眼差しや、すぐ照れてしまう可愛いところは変わらなかったけど。
なんだか急速に大人びてしまったような、今までのアシェルくんらしくない雰囲気に、寂しさと焦燥が押し寄せてきて苦しくなった。
◇ ◇ ◇
夏休みになっても毎週末の書庫訪問は続いていた。
いつも通りに三人で書庫へ向かう途中、わたしはこの休暇の期間中にアシェルくんがほとんど一人で過ごすことになったと聞いて驚いた。
クリスタは「いっぱいお友達が出来たからね、遊ぶ予定がたくさんあって大変なの」と嬉しそうに笑っていたし、フローレス家はガルブレイス家よりも両親との距離もずっと近いから、わたしが居なくてもそこまで寂しい思いをしたりはしないはず……。
だけど、この子は。
そんなことを考えていたら、アシェルくんが不安そうにわたしを見上げてお願い事をしてくれた。
「兄様がいない間、ダリルさんに勉強を見て欲しいんですけど…………やっぱりご迷惑でしょうか?」
頼ってくれてうれしかった。
ずっとひとりぼっちにしないで済むことも。
「迷惑なんて思うわけないよ。うん。わたしで良ければ、よろこんで」
そう言ったら、アシェルくんはとっても嬉しそうに笑ってくれた。
それからずっと、夏休みはほとんど毎日アシェルくんと二人で過ごした。
彼は「勉強を見て欲しい」と言った言葉通りに、あらゆる知識を貪欲に学んで吸収していった。
古代魔法陣の解析に希少属性の魔法理論、空間魔法の仮説について語ったり……。
年相応とは言えない難しい勉強をやりたがり、実際にそれをこなしてしまうアシェルくん。
そんな彼の期待に応えられるように、わたし自身も一生懸命学びを深めていった。
ある時、わたしがアシェルくんが古代語を完璧に訳してみせたのを褒めた時のこと。
「こんなに早く習得できちゃうなんて、きっとカーティスもびっくりすると思うよ」
何気なく結びにそう言って、彼の頭を撫でた。
いつもの照れ笑いを予想していたわたしは、その後の彼の言葉にとても驚くことになった。
「……いま兄様は関係ないよ、僕はダリルさんの隣に立ちたくて頑張ってるんだから…………!」
まだ幼い彼の瞳がどうしてかひどく切実に見えて、わたしは一瞬本当に愛を請われているような錯覚に陥ってしまった。
でもそんなはずない。
少し取り乱してしまったけど落ち着きを取り戻したわたしは、年長者としてちゃんとアシェルくんを導いてあげないといけないと思った。
隣に立ちたいと言ってくれるのはうれしいけれど、それだけじゃなくアシェルくん自身のためにも頑張ってるはず。
きみはもっとすごい事ができるようになるし、いつか誰も思いつかないような魔法を生み出すひとになるって信じてる。
紛れもない本心を伝えると、アシェルくんは持っていたペンを落としたことにも気づかずに、しばらくのあいだ星屑を宿したように瞳を輝かせていた。
◇ ◇ ◇
ずっと勉強ばかりしていたのかというとそうでもなくて、二人でお茶を飲んで休憩したり一緒にタルトを作ったりもした。
前世ぶりだから何年前になるのか……。とにかく久しぶりのお菓子作りは楽しくて、それ以降もわたしは時々タルトを作るようになった。
一緒に調理をしているあいだ、アシェルくんはまた早口すぎるマシンガントークを繰り広げていた。
懸命に語るのが古代魔法のことだったり、この世界ではまだ深く掘り下げられていない未知の魔法理論の構築についてだったりして、この子は本当に魔法が大好きなんだなぁと改めて実感した。
わたしは、アシェルくんが「感情やイメージだけで術式を構築できるはず」という壮大すぎる夢を語ったとき、彼なら叶えられるとすんなり信じることが出来た。
存在そのものが奇跡のようなきみなら、きっとなんだって実現できるはずだと。
◇ ◇ ◇
アシェルくんがその『壮大すぎる夢』に手を伸ばし始めたのは、わたしが想像していたよりもずっと早かった。
彼はまだ初等部に入って一年も経っていないというのに、「中等部のカリキュラムが知りたい」と、わたしとカーティスに頼み込んできた。
そして中等部の必須課題である『オリジナルの魔法理論の論文』のことを知ると、アシェルくんは少しだけ考え込んだあと、まっすぐな瞳で言った。
「やっぱり僕は、詠唱や魔方陣さえも不要とする『感情・イメージによる術式構築理論』を確立したいんです」
そんなアシェルくんの言葉に、カーティスはやんわりと否定を挟んでいたけど。
わたしはアシェルくんなら出来ると思う。
さすがにその後の「中等部に進学するまでの三年間の間にその理論を完成させてみせる」という宣言は、おっきな夢だなあ…………と思ってしまったけれど……。
◇ ◇ ◇
アシェルくんは、わたしが『大きな夢』だなんて微笑ましく感じていたのとは裏腹に、とんでもないスピードで『目標』を追いかけ始めた。
そう……。
あの子にとっては夢なんて漠然とした理想じゃなくて、明確に順序立てて捉えるべき目標だったんだ。
「アシェルを…………止めてくれとは言えないけれど、無茶をしすぎないように説得してくれないか?」
曇った表情のカーティスにそんなことを言われて、わたしはどういうことなのかと詳細を尋ねた。
聞けばアシェルくんはあの日から、学園に通っている以外の時間をほぼ全て研究や研鑽に費やしているという。
ギリギリ最低限の生活はしているけれど余りにも根を詰めすぎていて心配だ、と……。
それを聞いたわたしに出来たことといえば…………あまりに少なかった。
アシェルくんが『最強の栄養食』と呼んで研究中にいつも傍らに置いているカスタードタルトを差し入れしたり、「ちゃんと睡眠や食事はとるようにして」とお願いしたり。
その時にはもう、週に一度のガルブレイス邸への訪問は、書庫の本を読むことなんかじゃなく、完全に『アシェルくんをなんとか休憩させる』ことが一番の目的になっていた。
『中等部に上がる前に理論を完成させてみせる』
あの時そんなことを言っていたアシェルくんは、本当にそんなストイックな研究生活を三年間も続けた。
「あなたに会えたら疲れも飛んでっちゃう」
「ダリルさんも前に進んでいると思うけど、僕は絶対にあなたに追いついてみせますから!」
「僕もうダリルさんのタルトがないと生きていけないかも」
会うたびに大人びていくアシェルくんは、そんなことばかり言ってわたしを困らせた。
困るというより、まっすぐに好意を向けられ過ぎてちょっと恥ずかしくなっちゃうだけかも?
ううん。『もしかしてアシェルくんて、本当にわたしのことが好きなんじゃ……』なんて勘違いしそうになるから、やっぱり困る!
アシェルくんの背が伸びて、わたしとの差がどんどん縮まっていく。
声変わりが始まり天使のようなソプラノが変化していく。
彼は少しずつ……着実に、少年から青年へと変わり始めていた。
ここまで読んでいただきありがとうございます!
これにて第三章も完結となり、次回の定期更新分からは
第四章◆中等部二年生編(前期) が始まります。
ついに一学年だけで前後編に分割されるほどに、
エピソードが詰め込まれるようになってまいりました……。
謎や事件が盛りだくさんな中等部二年生編、
ようやくお披露目できるのがとても楽しみです。
ぜひ、次章の開幕にもお付き合いくださいませ♪
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【お知らせ】
第三章の完結祝い&エピローグとして、
本編の最新話にて
「画像なしの簡易版キャラ紹介(第三章版)」を投稿いたします。
・6月14日:定期外投稿(キャラ紹介)
・6月16日:定期更新【第四章◆一話】
今後も乙兄、そしてだんだんとIQが下がり始めるアシェルくんを
どうぞよろしくお願いします(*^o^*)
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☆乙兄の更新は週2回(火・土 20:00)の予定です。




