十四話◇機密に触れてしまった
なんか出た
その後のことは、正直あまり覚えていない。
幸いと言うかなんと言うべきか、取り立てて大きな被害は出なかったようで。
騎士団や調査隊もすぐに駆け付けて来たものの、そこまで大層な騒動にはならなかったらしい。
……僕からすれば、じゅうぶん大事だったんだけどな。
間近で遭遇した子供達の精神状態を優先して、非難の声を上げる保護者達と共に、みんな早々にその場から帰されたという。
その代わりみたいに、アリシアに付いていた影の人が詳細の聴取のために呼ばれたらしく、今は臨時で夜番の影が付いていると教えてくれた。
まあ、元々いつも姿が見えないし、僕には違いが分からないんだけど。
ここまでの話は、帰りの馬車の中でようやく意識がハッキリし始めてから母上とアリシアに教えてもらった。
なんとなくきな臭いものを感じるけど、だからといって、僕に何か出来るわけでもなし……。
長居せずに済んで助かったとだけ思っておこう。
そんなことを考えながら、僕はぼんやりと馬車に揺られていた。
◇ ◇ ◇
屋敷に戻ってからは、湯浴みをしたり今日は自室にスープだけを運んでもらって夕食を済ませたりした。
なんだか酷く消耗してしまって、広いベッドに大の字に寝転がる。
しばらく呆けていたら、静かな部屋にノックの音が響いた。
「……アシュ、もう寝ちゃった?」
扉越しに控えめに声が掛けられて、アリシアが訪ねてきた事を知る。
「リシュ?どうしたの?」
言いながら、ベッドから降りてドアを開けて、アリシアを招き入れる。
並んでカウチに腰掛けると、僕らは改めて顔を見合わせた。
「場合によっては長くなるかもしれないから、お茶を頼んでるの。それが来てから話しましょ」
「こんな時間からお茶?」
「カミツレだから寝る前に飲んだって平気よ」
なるほど、カモミールか。
前世では安眠用のハーブティーとして有名だったかな?
そんな事を考えている間に、パーラーメイドがやってきて。
とても静かな所作のその女性は、手際良くお茶の準備を整えると、アリシアに下がるように言われて恭しく退室していった。
カモミールハニーミルクティーの甘く華やかな香りが室内に広がる。
二人して同時にカップに口を付け、やはりほぼ同時にソーサーに戻す。
先に口を開いたのはアリシアだった。
「まずは、アシュ。いくら防護の魔道具を着けているからと言って、自分から魔物に向かっていくなんて正気じゃないわ」
「…………う……」
口籠る僕に、アリシアが冷静に告げる。
「標的にされそうだったシャロン様を助けに行こうとしたの?紳士としては立派な事だと思うけど…………家族としては咎める事しか出来ないわ」
「それ、は…………本当にごめん……」
アリシアの言うことは至極もっともだった。
僕だって、家族が誰かを庇って怪我をしたり、まして命を落とすような事になったらと思うと……立派な行いなんてしなくていいから自分の身を優先して欲しいと思うだろう。
だからこそ、アリシアの気持ちは痛いほどよく分かった。
「正直に言うと、お兄様やお母様に話してきちんと叱って頂きたい気持ちもあるけど……今回だけは言わないでいてあげるわ。代わりにアシュも黙ってて」
何を、とは言わなくても分かった気がした。
「やっぱり、フォークはアリシアだったんだね…………いつの間にあんな……」
「アシュが隠している事を話してくれるなら、わたしの秘密も教えてあげる」
「え?」
何の話かと首を傾げそうになったけど、僕と同じ色の瞳にじっと見据えられて思わず居住まいを正す。
「そういえば…………ねぇ、名も知らないわたくしの影さん。今から聞く事は絶対に他言無用でお願いしたいの。もちろん王家にもよ?出来ないのなら時間外でもKと代わってくれないかしら。Kはもう聴取からは戻っているのでしょう?」
「アリシア?」
何かを思い出したようなアリシアがどこに居るかも判らない影に声を掛けると、大して間も置かず一人の黒い人影が現れた。
「まあ……!さすがにわたくしもここまでは予想していなかったわ」
突然現れた全身黒い服に身を包んだ黒髪の男の姿に、二人してぽかんと口を開けて驚く。
「初めましてお嬢サマ。俺はJ。どうやったって直らないんだ、口が悪いのは勘弁してもらえねぇか?」
「改めてよろしくお願いするわ、J。あなたも巻き込まれて下さるの?」
「んー、俺だけ蚊帳の外より良いかなって。王室への忠誠なんかよりお嬢サマとKの方が面白そうだし」
不敵に笑うJと名乗った王家の影らしき男とアリシアは、困惑する僕に構わず楽しげに話していた。
前にアリシアが言ってた機密ってこの事?
っていうか、王家の影の姿なんて僕まで一緒に見ちゃって良いのか?
「………………ねぇ。僕ここに居ていいの?」
「何言ってるのよ」
「え?坊ちゃんの部屋に坊ちゃんが居たらダメなんてことあるか?」
そういう意味じゃないんだけど……。
「そうじゃなくて。影って本来、組織内や王族の前くらいしか姿を見せちゃいけないんじゃないの?アリシアでもわりとアウトな気がするんだけど、僕まで見ちゃって良いの?」
「ああ!まあ駄目だな、今更だけど」
あっけらかんと告げる男に目眩を覚える。やっぱダメなんじゃん……。
というかこの人、飄々とした口調とは裏腹にまるで死んだ魚のような目をしている……。
「細かいことは気にせず、この際運命共同体になりましょうや坊ちゃん。そうだ、Kの奴も呼ぶんでちっと待ってくださいね」
後半はアリシアに向けて言うと、Jは小さな笛のような物を取り出して……多分それを吹いた。
多分と言うのも、僕には何の音も聞こえなかったからなんだけど。
ややあって、突然Jが一人で話し始めた。どうやら姿は見えないがKという人物が到着したのだろう。
もわん……と何かに包まれたような不思議な感覚がして何だろうと思っていると、部屋全体に遮音と人避けの結界を張ったとJに告げられた。
ちなみにさっきまで姿が見えなかったのは、『隠匿』という影の特別な魔法を使っていたらしい。
「だーかーらー。お前だってとっくにお嬢に姿も名前も晒しちまってたし今更だろ?」
そうなんだ……。
確かに『Kと代わって』と言ってたし、すでに名前も知ってたな……。
「ごめんなさいね、K……。今からアシェルと、王家にも秘密にして欲しい内容の話をしたくて、警護をあなたに代わって欲しいとお願いしたの。そうしたらJが自分も聞きたいと姿を現してくれて、こうなったの」
いまだ姿も見えず声も聞こえないKと呼ぶ『気配』に謝罪と事の経緯を述べるアリシア。
しょんぼりしながらもどこか甘えるような声色のアリシアに、初対面(?)のJとは違ってKとはかなり親しい関係のようだと推察する。
「良い機会だし、俺ら二人がいざとなったら王家よりもお嬢の味方になるって腹決めちゃえば良いんじゃねぇの?」
なんか凄いこと言ってるけど大丈夫かな?
あっ、ついにKらしき人物が現れた。
へぇー、Kは女性の影だったんだ。
「お前はっ…………私には肩入れするなと言ってただろう。なぜ急に……」
「だってお前さぁ、たった数ヶ月で変わり過ぎなんだよ。もう取り返しつかないとこまでお嬢に思い入れ持っちゃってんだろ?だったら俺は王家よりお前を選ぶし、影なんていつ死ぬか分かんねえんだから楽しい方選んだって良いだろ」
「そんな簡単に……」
「死ぬときゃ死ぬんだ、気楽にいこうぜ。それより良いのか?さっきから隠匿解けてんぞ」
「なッ……!」
自身の姿が見えている事に、言われるまで気付かなかったらしい。
ハッとしたように思い切りこちらを振り返る。
なんとなく痴話喧嘩を覗き見てしまったようなちょっと気まずい気持ちになり、僕は黙って成り行きを見守る事にした。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
(影の男女、完全にヘキです……)
よければまたアシェルに会いに来てくださいね!
冬休み" まったり乙兄企画 " 8日目です☆
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