十三話◇クリムゾンウルフとの邂逅
咆哮
結論から言うと。
僕らを含めた会場に居た全員、誰一人として魔物によって怪我をする事はなかった。
それは本当に良かった。
…………良かった、んだけど……。
◇ ◇ ◇
遡ること数刻。
学園へと到着した僕らは、簡単な入場手続きを済ませホールへと通された。
交流会では、王族は呼ばれない風習で。
『三大公爵家』と呼ばれるそれぞれの家門にも"フレディ第一王子殿下と同年代"の子息子女しかいないため、侯爵家である僕らが会場入りした時には、ほとんどの参加者が揃っていた。
程なくして、進行を任されたという男性が簡易な壇上に上がり、拡声の魔道具で開会の挨拶を告げた。
ロナルド・ベレンソンと名乗ったその人は、入学後に算術を教えてもらうことになる先生らしい。
すごくコンパクトに纏められた挨拶の後は、子息子女はこちらへ……と促されて。
大人達はそのままホールで挨拶を交わし始め、子供達は、庭園に準備されたティーパーティーのような席へと案内された。
庭園を見渡してみると。
テーブルや椅子などが設営された開けたスペースと、その奥に、林のように木が生い茂っている場所があって。
その境目には、垣根のように低木がずらりと植えられていた。
まずはクロードを見つけて合流しようと思ったら、彼の傍らには、すでにシャロン嬢らしき女の子が居た。
青紫のふわふわした巻き髪に、ライトサファイアのような瞳を持った美少女だった。
対してクロードは、赤茶のツンツン気味の髪と、僕らにも似た紫の瞳。
ふたり並ぶと、なかなかどうして。雰囲気は正反対なのにお似合いである。
(このまま成長したら、完全に『イケメン脳筋騎士と深窓のご令嬢』って感じになりそう……!)
そんなことを考えながら二人の方へ歩いていくと、僕らに気付いたクロードが先に声をかけてきた。
「よお、会うのは初めてだよな?婚約者のシャロンだ。シャロン、コイツらがアシェルとアリシアだ。まあ侯爵家だけど、そんなに畏まらなくて大丈夫だからな」
いいよな?と笑って見せるクロードに、僕らも笑顔で頷き返す。
(こんなの……もうクロード、完全にシャロン嬢のこと好きじゃん……)
シャロン嬢に至っては言わずもがな。
ふたりがこのまま……ずっと隣同士に居られるようにしてあげなきゃだめなんだよ、絶対に。
今から緊張しすぎても良くないし、僕は出来るだけリラックスしようと、ふっと息を吐いた。
「はじめまして、アシェル・ガルブレイスです。シャロン嬢のことはクロードからよく聞いていますよ」
「ちょ、おまっ……」
まあ……と可愛らしく赤らめた頬に手を添えるシャロン嬢と、余計な事を言うなと慌てるクロード。
うん、初々しくてとても良い。
「アリシア・ガルブレイスですわ。お会い出来て嬉しく思います。シャロン様と呼んでも良いかしら?わたくしのこともぜひアリシアと」
「アシェル公子様、アリシア公女様、私もお二人にお会い出来てとっても光栄です。シャロン・コールマンと申します。アリシア様……と呼ばせて頂きますね、ぜひシャロンとお呼びください」
クロードと軽く小突きあっている横で、小さなレディ達はさっそく仲良くなり始めているようだった。
アリシアにとっても同年代の同性の友人というのは初めてだから、内心ではとてもはしゃいでいるんだろう。
お澄まし顔をしていても、瞳がキラキラしている。
ふと周りを見ると。
僕らのように元々の知り合いと話しているらしい子達や、なんとなく側に居た者同士で挨拶し合っている子。
隣同士で、お茶を飲む内に会話が始まった様子の子達だったり。
中には、親から聞かされているのか、すでに上下関係が定まっていそうなグループもあるけど……。
みんな、それなりに交流を始めているようだった。
少しの間、そうして四人で話していたけれど。
騎士団長の息子である、クロードと話したい子息達や、今や飛ぶ鳥を落とす勢いの"コールマン家の御息女"とお近づきになりたい子達。
気後れしながらも、ガルブレイスである僕らと親しくなりたいらしい子達などが、最初の一人をきっかけに続々と挨拶をしにやってきた。
色んな子達と少しずつ話をしては、相手が入れ替わっていって。
途中、ひとりでオロオロしている子に自分から話しかけてみたりなんかもした。
ふと、いつの間にかそれぞれが別のグループで交流をしていたことに気付いた僕は、動揺を抑えながら周りの子達に声をかけた。
「僕はここで外させてもらうけど、今日は話せて良かったよ。また学園でもよろしくね」
当たり障りなく離脱を告げた僕は、まずクロードを探した。
余裕を持って等間隔で並べられた、四人掛けの丸いティーテーブルの間を通り抜け。
ホール側ではなく林側の端の方で、席には座らず立ち話をしていたクロードに、早足で近付く。
僕に気付いたクロードは不思議そうに瞬いた。
「どうした?なんかあったのか?」
「……いや、別になにも。それよりクロード、シャロン嬢の側に付いてなくていいの?」
率直に尋ねてみると、クロードは眉を寄せて微妙な顔をした。
「お前さあ……女同士の会話に男がついてってどうすんだよ……」
うっ……。言われてみると確かにそうだけど!
でも今日はそんなこと言ってらんないんだって……そう言えたらどんなに良いか。
どうしたものかと悩んでいると、呆れたような目をしたクロードが続けて口を開いた。
「それに……視界にはずっと入れてるから、もしなんかあったらすぐに分かる」
ん、と顔だけで方角を示すクロード。
僕もそちらを向いてみると。今いる端っこの列の三つ隣のティーテーブルで、シャロン嬢が談笑していた。
え、クロードってば素知らぬフリでずっと見守ってるってこと?
そうか……それでシナリオでもシャロン嬢を庇うことは出来たんだ……。
「あー…………それなら、いいや。僕もちょっとあっち行ってくるね……」
「ん?ああ」
理解できないといった風な、気のない返事を背後に。
とりあえずシャロン嬢の近くで陣取っておこうと、歩き出した、その時――
ガサリと大きな音がして。
シャロン嬢が座っていた座席からほんの数メートルの距離にあった低木が揺れ、その陰から黒い塊が飛び出してきた。
唾液を溢しながら牙を剥き、グルル……と低い唸りを上げるそれは図鑑で確認したクリムゾンウルフそのものだった。
庭園中に子供達の阿鼻叫喚の悲鳴が響き渡る。
いざ実物を目の前にすると身が竦んでしまったけど、言うことを聞かない足を無理やり動かした僕はシャロン嬢の方へと走り出す。
「シャロン嬢……!」
「ぁ、ぁ……」
逃げ出そうとして腰が抜けてしまったのか、椅子ではなく地面にへたり込み真っ青な顔で震えるシャロン嬢。
彼女の元まであと三メートル程のところで、覚束ない足を縺れさせて転んでしまった僕……。
――の横を。
まるで風のような物凄い速度で追い抜いていく、小さくても頼もしい見慣れた背中。
「グガァアアアッ!」
「シャロンッ!」
雄叫びを響かせながらクリムゾンウルフが獲物に飛び掛かったのと、駆け付けたクロードがシャロン嬢を庇うように抱き込んだのはほぼ同時だった。
先ほど転んでしまった僕は、まだ地面に這いつくばったままの体勢で。
魔道具が守ってくれるはずだ!と信じながらも、神に祈るような気持ちでその光景を見ていた。
全てがスローモーションのように感じられる中で食い入るように見つめていたら……視界の端から、二つの何かが飛んで来た。
壮絶な悲鳴を上げた魔獣は、首元を小型のナイフのようなもので切り裂かれ、片目にはフォークが突き刺さった状態で地面に斃れ伏した。
数度痙攣したのち完全に動かなくなった魔獣から、ナイフとフォークが飛んで来た方向へと視線を向けると……。
「…………どうやらわたくしに付いている王家の影が処理してくれたようですわね」
そこには泰然と微笑みながらドレスの裾を直すアリシアがいた。
(……っまさか、そんなわけ…………)
視界にアリシアを捉えたほんの一瞬、何かを投げ放ったような体勢をしていた気がするけど…………気のせいだと思いたかった。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
(守るはずの妹が、いつの間にかアサシンになっていた件について……)
よければまたアシェルに会いに来てくださいね!
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