終幕
夢みたいだと、思ったんだ。
王城に登城してからも夢見心地だった。ありえない、諦めなければならないと思っていた人が今自分の隣にいる。正式な婚約が認められるから王城においで、という内容の書簡を受け取ってから何度自分の頬をつねったかわからない。だって、そんなことは自分の人生にありえないと思っていた。
「ふふ」
隣でファジーが嬉しそうに笑う。その笑顔を守れさえすればいいとずっと自分に言い聞かせてきた。自分の隣に居なくてもいい。彼女が愛するものを自分も守っていこう、そう心に決めていた。なのに、その彼女は自分の隣で幸せそうに笑っている。国王陛下が何か言っているのがわかるけれど、頭の中で音が鳴り響いていてよく聞こえない。耳をすまそうとすると、自分の鼓動の音だけが聞こえてくる。
「ファジー」
小さく呼ぶとファジーがこちらを向いてくれる。その表情が今まで見たどんな彼女よりも美しくて、俺は呼んだくせに顔を背けた。
先月のノムルタハ王国の討伐は二人で気づけば二人で成し遂げたことになっていた。彼女が護衛を連れてノムルタハ王国の王都へ向かったと聞いた時、噛み付く勢いで父に了承をとりに行った。父が許してくれたのは、ファジーの兄であり、王太子殿下であるエリオル様が背中を押してくれたためだ。心配だから見に行ってきてほしい、と言われて四つ足で駆け出した。
先祖返りの自分が嫌いだった。耳と尻尾を隠さなければ、人に溶け込めないと思っていた。ファジーは、そんな俺を私の可愛いわんちゃん、と呼んで可愛がった。ニルヴェルがそばにいたのも大きいんだと思う。ファジーは四つ足になった俺のことを全く怖がらなかった。それどころか、率先してそばにおいてくれた。
「誓うか、ノースウェルト」
王陛下にそう問われて、何も聞いていないのに誓いますと大声が出た。その言葉に王陛下がゆっくりと頷いた。次はファジーの番で、ファジーも誓います、と大きな声で言ってくれた。ファジーがそういった瞬間、みんなの頭に花が咲き始めた。しゅるしゅるとつたを伸ばすものもある。気づいた貴族たちも騒ごうとはしない。人を傷つける魔法ではないとわかったからだろう。当然ファジーの頭にも花が咲き始めて、それが白と黄色の辺境領に自生しているものだとわかって、なんとも言えない気持ちになる。自分の花はどんなのだろう、と頭に触ると、その前に耳に触れた。
「最高の気持ち。これ以上の幸せはないわ」
そう言うファジーに自分も同じ気持ちだと言おうとしても言えなかった。長年本音を抑えてきたせいかもしれない。その代わりに自分の尻尾がぶんぶんと横に振れるのがわかって安心する。ファジーに俺も嬉しいという気持ちが伝わるならもうなんでもよかった。
玉座の間から出たファジーが、結婚式はどんなのにしようかしら、とニルヴェルに話しているのが聞こえた。ニルヴェルも辺境領に来てくれることになったらしい。ファジーはそのことも喜んでいた。
俺も最高の気持ちだけれど、先月の討伐はほとんどというか全てファジーがやったことだ。自分は下で右往左往していただけ。それを功績として認められて、ファジーとの婚約を許されたけど、実質何もしていないのだから情けない。
諸侯が反対すると思っていたが、その反対も少なかった。王陛下が、ファジータを娶る貴族は我が国の防衛の最前線を担うことになる、と言ったのが大きかったと思う。ファジーと一緒に前線に出なければならないということだ。それで黙った貴族が多い。最前線に出るのなんて誰だって嫌だ。
「ノース、結婚式は辺境領であげるのよ。どんなのにしましょうか」
ファジーがそう言って俺の腕に自分の腕を絡める。その顔が嬉しそうで、とてもじゃないけど先月魔物を倒した風には見えない。
「ファジーがいいのなら、なんでも」
俺がそう言うとファジーが花が綻んだように笑って俺の先を歩き始めた。彼女が歩くと廊下に花が咲き始めた。ニルヴェルがお嬢様、と嗜めるけど、ファジーはそんなこと聞いていないように機嫌よく歩いている。ノースと結婚する、と言ってくれたのは幾つのことだっただろうか。もうよくは覚えていない。だけど、ファジーが気づくよりも先に、父から釘を刺された。辺境領の長男と、王女殿下は結婚できない。ファジーもいつの間にかその事実に気づいて、口に出すことは無くなった。それでもファジーのことを諦めきれなくて、ファーストダンスを誰と踊るのか気になって仕方なかった。ファジーは結局、エリオル様と踊った。婚約者が決まっていないので、と笑ったファジーがこちらを見て微笑んでくれたことを覚えている。
「幸せ者」
幸せ者だ。俺は本当に。




