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悪役令嬢にはなる気もならせるつもりもありません  作者: まる


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開幕

きっとうちの兄は恋にどっぷり溺れると思っていた。


「お迎えにあがりました。ヴァラス王国第一王女ファジータ・ヴァラスと申します」

「フィオレ・エズストと申します。お目にかかれて光栄でございます」


挨拶を交わすと、深く膝が折られる。その優雅さに、王妃教育をきちんと受けた方なのだなと思った。馬車に促すと、フィオレ様は一度侍女を振り返ってから頷いて馬車に乗り込んだ。侍女は違う馬車に乗ってもらうことになる。その侍女の表情が不安そうで、まるで攫いに来たみたいだと思ってしまった。フィオレ様に続いて馬車に乗り込むと従者によって扉が閉められる。重たい音を響かせて馬車が出発する。長い道のりになると思うとうんざりした。

隣国から来た公爵令嬢は銀色の髪と青い瞳を持っていた。それが隣国では不吉だと言われていたらしい。

隣国のノムルタハ王国は我がヴァラス王国とは長い間関係が良くなかった。その関係を修復しようと動いたのがノムルタハ王国の現王と、私の父であるヴァラス王国の現王だ。二国間の貿易を再開し、戦争をしないという条約に署名し、二つの国が豊かになるようにと協力している。そのノムルタハ王国が持ってきた縁談が、エズスト公爵令嬢とのものだ。

エズスト公爵令嬢は元々ノムルタハ王国の王太子の婚約者だった。それがどういうことか不吉な女、悪女、という噂が立ち、王太子との婚約は破棄され、ノムルタハ王国内では誰も彼女を妻にと望むものがいなくなってしまった。困ったノムルタハ王国の王家が縁談を持ちかけたのがヴァラス王国の王太子であるお兄様だ。


いらなくなったものを同盟国へとは随分失礼だと取られてもおかしくはない。でもその分、条件は破格だった。持参金としてノムルタハ王国の一部の領土を持たせると言ってきたのだ。ヴァラスとの国境にあるその領土は、資源が取れないとはいえ、国の一部だ。

お兄様はその条件を目にした瞬間、彼女を妻に迎えることを決めた。心配するお母様をよそに、お兄様は「悪女ならば愛さなくて良いので都合がいいです」とまで言った。お母様は、そんなお兄様に、愛のある家庭を築いてほしい、と悲しそうにしていたが、私は全く心配していなかった。


お茶会で一緒になったことがある。エズスト公爵令嬢はどこにいるのかわからないほどの存在感だった。王太子の婚約者であったにも関わらず、私に積極的に話しかけることもなく、ただ静かに微笑んでいた。装飾も華美なものでなく、ただその銀糸の髪が彼女が動くたびにさらりと揺れて、私はそれを美しいなと思った。

前にいる彼女をチラリと盗み見る。相変わらず折れるように細い。ちゃんと食べているのかと問い詰めたくなる細さをしている。輿入れだというのに、彼女に持たされたものは少なかった。トランク一つで馬車を乗り換えた彼女に、私の従者が思わずこれだけですか、と尋ねてしまっていた。


ドレスも、輿入れにしては質素に見える。フリルが重ねられているわけでもなく、下にすとんと落ちる形のドレスは、とても大国の公爵令嬢とは思えなかった。一緒に来た侍女も一人だけ。その侍女には別の馬車に乗ってもらっている。その侍女が来ていた服も質素だったな、と思い返して扇を広げて口元を隠す。そして小さく息をついた。


彼女のことを私が迎えに行きたいと申し出たのは、お兄様が動けなかったという理由がある。先日の大雨で橋が落ちてしまったという報告があったのだ。お兄様は今日それの現地視察に出かけている。結婚式も、夫婦としての教会での誓いの宣誓にもまだ時間がある。それでもお兄様が迎えにいったほうが体裁は良かっただろうが、人命を第一に考えるお兄様が騎士団長を迎えにやることを決めた。それに同行すると申し出たのは王族が一人いたほうが体裁が保てるし、不敬にもならないと考えたからだ。


未来の王妃のお迎えだから、万一にも無礼があってはならないと考えて王家の馬車は五台、その他にも脇を王直轄の騎士団で固めた。長い列になってしまったが、長い列の方が見栄えが良い。頭を垂れてくれる国民に感謝しつつ、国境まで迎えに来た私たちの前に現れたのは馬車一台と五人の護衛だけだった。


「旅でお疲れでしょう。何かお飲み物でも?」

「いえ、お気遣いいただきありがとうございます」


顔色も悪い気がする。元々なのか判別がつかないけれど、色もものすごく白い。こんなかよわそうなご令嬢につくのが侍女一人だけというのも納得がいかない。ノムルタハ王国での彼女の扱いが窺い知れるようで、なんとなく居心地が悪くなった。

お付きの騎士たちはフィオレ様が馬車に乗り込むとすぐに一礼をして踵を返してしまった。フィオレ様になんの言葉もなかったし、フィオレ様からの言葉もなかった。

お兄様は悪女なら愛さなくていいから都合が良いと言っていたけれど、ともう一度フィオレ様を盗み見る。


「そんなことはなさそう」


小さく呟いた言葉は馬車の音にかき消されて、フィオレ様までは届かなかった。



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