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店は後にした2人は、タクシーに乗ってある場所へと足を運んだ。
そこは、都心から大分離れた田舎で、木が生い茂っている先には、古風な豪邸が立っていた。
防犯カメラが設置された門を潜ると、1台のパトカーが目に入った。
そばには額の面積が広く、グラサンに髭を生やした中年が立っており、パトカーによりかかりながら電子タバコを吸っていた。
タクシーは、パトカーの横に止まり、何の説明もなく連れてこられたベンは、嫌な予感を胸にリアムに続いて降りる。
「これはこれは、キャンベル警部殿直々にお越しとは」
リアルのバカにした態度に、ジェイコブ•キャンベルは舌打ちをする。
「警部補だ、殺すぞ。
そんなことよりグラハム、そのガキはどうした?」
「訳アリでね、しばらく行動を共にすることになった」
ベンは、グラサンの奥から視線を感じとり、つい気になってしまった。
「何だよ?」
偏見か、風で軽くなびく右袖を見られている気がして、相手に敵意を向ける。
「お前、タバコ吸ってんのか?」
「だから何だよ?」
「未成年だろ?」
「俺の勝手だろ」
ベンの態度に、キャンベルは鼻で笑う。
「はッ! 威勢の良いガキだな。
そう身構えんなよ。
別に吸ったって気にしない」
そう言ってキャンベルが電子タバコを吸うと、ベンは訝しみながらケースを取り出し、片手でぎこちなくケースを開けた。
その時、待ってたと言わんばかりに、リアムがタバコを1本取っていった。
ベンは、しかめ面で視線を送るが、リアムは気にせず、自分のライターで火をつける。
「それで、今回はどのような御要件で?」
そのままキャンベルに話を振ったので、ベンは諦めてケースを口元まで運び、不器用なりにタバコを咥えた。
「先日ギャングがここを襲撃してな。
狙いは、誘拐された女子供の解放。
特に多かったのは不法移民だったんだ。
警察が駆けつけた頃には、犯行グループ全員倒れていて、捕まっていた彼女達も無事保護することができた。
これで一件落着かと思えた」
「? 他に何か?」
キャンベルは、破壊された玄関に目をやる。
立ち入り禁止のテープが貼られ、奥は暗く、風で軽くなびいていた。
「帳簿だよ。
屋敷中捜索したが、全く見当たらない。
保護した人数だけでも50人近くいたんだ。
無いわけがない」
「ギャングが持ち去ったんじゃ?」
「俺もそう思ったんだが、しょっぴいた奴らの中に1人だけおかしな供述してるやつがいてな」
――あの屋敷には、何かがいる。
「何かがいる?」
ヤク中の戯言かと思ったが、保護した連中も同じこと言っている奴が何人かいてな。
勝手に物が動いたり、誰かの声が聞こえるってよ」
「なるほど、それで今回呼ばれたってわけか」
リアムは、依頼理由を知って腑に落ち、タバコの灰を軽く落とす。
「はッ?どういうことだよ?」
ベンは、キャンベルの話に萎縮しつつも、リアムに問う。
「疳之虫が関係しているかもってことだ」
「はッ!? ちょっと待てよッ!?
疳之虫って、人間に宿って――ッ! まさかッ!?」
ベンは、あることを察し、顔を上げた。
「そう、この屋敷には、まだ隠れている奴がいるかもってわけだ。
だから、そんなビビる必要はないぞ」
「はッ!? びッ、ビビッて無ェしッ!!」
平静を装っているが、裏声で虚勢を張っているのが露呈してしまった。
「おい、大丈夫か? ガキは大人しく家でシコッてた方が良かったんじゃないか?」
「――ッ」
「いや、社会経験は必要なんでね。
何事も勉強だよ」
キャンベルに鋭い目つきをするが、リアムが仲裁に入り、ベンを擁護する。
「つまり、その帳簿を見つけて、昇進に王手をかけるつもりなんだろう?」
リアムはキャンベルに振ると、含み笑いをされる。
「当然。おそらく帳簿には、上流階級のお偉いさん方の名前も入っているはずだ。
ここで手柄を立てて、出世を確実のものにしてやる」
彼の野心が垣間見えたところで咳払いをし、今回の依頼をおさらいする。
「とにかく帳簿は、何らかの力によってこの屋敷に隠されている。
それを回収し、怪しい奴がいたら即確保だ。いいな?」
「了解」
リアムが返事をし、タバコをピンと飛ばして捨てると、ベンも足元に落として靴で擦り潰す。
その時、頭上から違和感を覚え、ふと2階を見上げた。
2階の窓は薄いカーテンで覆われており、特に気になる点はなかった。
リアムは、玄関に向かうとベンがついて来ていないことに気づき、後ろを振り返る。
「おい、どうした?」
「あッ、いや…」
ベンは声をかけられ、慌てて彼らの後を追った。
視線によく似た感覚を残して――。
――規制線を潜り、中に入ると、目の前に2階へと続く階段があり、壁に銃撃の際に出来た穴や、ドアを強引に突破した痕跡があった。
床には血痕も残されており、ギャングとの激しい争いを物語っている。
この状況も相まってか、やけに空気も重い。
「それでは、どこから攻めますか? 警部補殿?」
「とりあえず上から行ってみるか。
何も出てこないと思うが、念のためな」
「――と、言うと?」
「上の部屋は全部収容するために使用されていたんだ」
そう言ってキャンベルが先導し、1段ずつ上がっていくと、途中から汗と尿臭が3人の鼻を襲ってきた。
「うッ!」
「これはッ、ひどいなッ」
「我慢しろ。
これでも換気した方なんだ」
おそらく風呂にも入れてもらえず、まともにトイレにも行かせてくれなかったのだろう。
長い間、壁や床に染みついた汚臭は、空気の入れ替えだけでは消し去ることが出来なかったようだ。
3人は、各々ハンカチや袖で鼻を覆い、害気を体に取り込まないよう努力した。
部屋は4つあり、全てのドアに三重の鍵と覗き窓が開いていた。
下の部分には、ペットが出入りするほどの枠が見られ、そこから食事などを配膳していたのかもと妄想が働く。
「まさか、機密書類を商品と一緒にするとは到底考えられないが…、とにかく手分けしてみるか」
3人は別れて部屋をくまなく調べ始めた。
ベンの部屋は空間が狭く殺風景で、ベッドが1つと扉のないクローゼットがあるだけだった。
子供部屋だっただろうか、壁紙が可愛げのあるロケットや星のデザインで、何箇所も大きなシミがある。
そして爪で引っかいたのであろう“HELP”の文字。
「ここに10人近くも…」
小さい子供から大人まで居住していたとすると、足をろくに伸ばすことなどできなかったのではと、当時の悲惨な状況がひしひしと伝わってくる。
とりあえず膝をついてベッド下を覗き込むが、それらしきものは見当たらず、床も特に目立った凹凸があるわけでもない。
立ち上がり、一応クローゼットも目を通すが、不自然な隙間さえも見つからなかった。
「何やってんだ? オレ…」
成り行きとはいえ、自分がやっていることに疑問が生じ始めたその時――。
「――ッ」
急に背筋に悪寒が走った。
得体の知れぬ気配が入り口から察知し、まるで、こちらの様子を伺っているようだった。
ベンは下手に動くことができず、硬直状態に陥ってしまった。
既視感のある、圧に近い何か。
これは、外で感じたものと同等の――。
「おい」
突如、声をかけられてビクッと過剰反応してしまう。
「大丈夫か?」
ゆっくり振り返ると、いつの間にかリアムが入り口に立っていた。
「別に…」
ベンは、冷静な態度を取り、強がって見せる。
「何かあったか?」
「特に、何も…」
「そうか…、一旦下に戻るぞ」
ベンの顔色は悪く、弱々しい口調だったが、とりあえず踵を返して部屋を後にしようとした。
「なあ」
ベンに呼び止められ、歩みを止める。
「何で…、何でこんな仕事やってるんだ?」
ベンの質問に一瞬、間が開いたが、リアムは壁に寄りかかり、軽くため息をした。
「昔、警官だったんだ」
――キャンベル警部補とは、その時からの付き合いでね。
あの頃は、疳之虫も自在にコントロールできていて、悪人と認定したやつを片っ端から逮捕していたんだ。
だが7年前、ある若造に疳之虫を食われてしまってね。
それからの俺は気力を失い、抜け柄のようになってな。
警官を続けられなくなった。
そんな時に民間の祓魔師の存在を知り、専用の武器を持って、疳之虫と対等にやり合うことで、失ったものを埋めることが出来るんじゃないか、そう考えるようになったんだ。
「――それで警官だった時の経験を生かし、今に至るってわけだ」
リアムの過去を知り、沈黙が漂う。
「まあ、他の職に就くことも考えたが…」
リアムは、コートから銃を抜き取り、鼻で笑う。
「俺にとって、これが性に合ってるらしい」
そう言って銃をしまい、一階へと降りていった。