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「――今回はこいつだ」
リアムは、タバコを作っているベンの前に1枚の写真を置いた。
ベンは、ローラーにセットしたペーパーを軽く舐めて湿らせ、仕上げを済ませてから目を通した。
柄の悪い連中の中に一人だけ丸く印がついており、青年は目つきが悪い上に目元にクマ、坊主頭で剃り込みを入れ、耳と唇にピアスをつけていた。
「こいつは、ギャングのリーダー、フレドリック•W•ルーク。
最近、勢力拡大中のルーキーで、哭戎種の兆候が出たそうだ」
「マリファナのキメすぎじゃないのか――ッ!?」
ベンが鋭意製作中のタバコを、リアムがさりげなく1本取っていった。
「確かに…」
眉間にシワを寄せ、下打ちするベンを気にすることなく一服し始める。
「――幻覚や幻聴をかき消すために吸ってるみたいだが、“艾肯眼”は見間違いようがない」
「ガイコーガン?」
聞いたことない単語にベンは反応する。
「哭戎種特有の眼だ。
お前も見たことあるだろ」
そう告げられ、ふとローラの目が脳裏によみがえった。
「…ああ、あれか」
あの独特の瞳は印象に残っており、忘れようがなかった。
「まだ堕辿体ではないし、前みたいになんとかなるだろ」
「だてん…、何?」
またもや初めての単語を耳にするベンだった。
「哭戎種には2パターンある。
疳之虫を顕現させ、下僕として扱えるようになる齊辿体、疳之虫に身体を支配され、暴走する堕辿体。
基本的には、失敗する可能性が高い堕辿体へと変貌するが、うまく3匹の虫を操り、融合することが出来れば齊辿体となる。
どちらにせよ、お前は秒殺されるだろうな」
平然と話すリアムにベンは怖気づいてしまった。
「だからこそローラは危険な状態なんだ。
おそらく堕辿体の一歩手前なんだろう。
もしそうなった場合、祓うのは非常に困難になる。
融合に失敗し、疳之虫に支配される前に、あの子を救わないとな」
そう言って写真をずらすと、目の前に豆が盛られた皿と真っ白な皿、そして一膳の箸が置かれた。
「――なんだこれ?」
「ひたすら豆を移す練習をしろ」
「はァッ!? なんで!?」
ベンは唐突な課題に戸惑ってしまい、つい声を荒げてしまう。
「左手の感覚をまだ脳みそが覚えきれていない。
そんな状態で銃を扱ってみろ。
前回のように射撃なんてロクにできるわけがない」
そう言ってリアムはキッチンへと向かい、マグカップにコーヒーを注ぐ。
ベンは、しぶしぶ箸を雑な持ち方で豆を慎重に掴んでみせるが、加減が分からず、たやすく逃げられてしまう。
「…ッ」
何度も挑戦してみるが、同様に逃げられてしまい、次第に指がつるようになってきた。
「…ッ、…ッ」
豆が跳ねるたびに、徐々にイライラが増していく。
「あ〜ッ!! くそッ!!」
不満を漏らすベンに、リアムはコーヒーを口にしながらただ静観していた。
しばらくすると、別の課題を出題された。
「――今度は何させる気だよ」
皿と箸を撤去され、代わりにノートとペンを用意された。
「文字の練習だ」
リアムの一言にカッとなったベンは、左手でテーブルにあった物を払い除け、立ち上がっては、そばにいた彼の胸ぐらを掴んだ。
「テメェッ、いい加減しろよッ!?
気持ちの整理ができないってのに、依頼を手伝うことになってたりッ、他人のタバコを取っていったりよッ!!
ナメんのも大概にしろよッ!!」
慣れないことを1時間ほどやらされて、偏頭痛も起こしていたベンは、我慢の限界が来ていたのだ。
「…あのな」
次の瞬間、ベンの左手首を掴み軽くひねって見せた。
「痛ッ――!!」
いとも簡単に体勢を崩され、床に倒れてしまい、瞬時に左腕を背中に回して押さえ込まれてしまった。
「がッ、ぐッ!!」
うつ伏せで強引に立ち上がろうともかくが背筋に膝を乗せられて、まともに身動きが取れない。
「危機に瀕している時こそ人間は潜在能力を発揮する。
要は火事場の馬鹿力ってやつだ。
気持ちの整理? そんなもの寝て済ませろ。
相手はそんな余裕を与えないぞ」
「クソがッ!!」
頭に血が昇り、抵抗を続けるが、全体重を乗せられて身動きが取れず、左腕に力も入らない。
「10年以上右腕に頼り切っていたんだ。
短期間でその分を補おうとすれば、当然頭もショートする。
それでは、銃なんて扱えない」
「だったら資金距離で打てばいいだけだろうがッ!!」
「…そうか」
リアムは穏やかに告げると、彼から離れた。
その隙に素早く立ち上がり、リアムに鋭い視線を送る。
「そこまで言うならやってみせろ」
「言われなくてもッ、やってやるよッ!!」
呆れ気味のリアムに背を向け、ベンは写真を手にし、その場を後にした。
――スピーカーから大音量で流れる音楽。
DJは、会場を盛り上げるために陽気に振る舞い、客を酔いと勢いに任せて踊り続ける。
そんな活気のある店内を見下ろせるVIPルームに2人の青年がソファに座っていた。
残りの柄の悪い連中は、2人から離れたところに立っており、邪魔が入らぬよう周りを警戒している。
「――そうか、年開けたらか」
「そうだね」
「…寂しくなるな」
騒がしい店内とは対象的にしんみりとした空気を醸し出し、坊主頭はグラスの酒を一気に飲み干す。
「…まァ、お前が決めたことだ。
仕方ねェ」
「悪いね、世話になったのに」
赤褐色で、癖のある長髪を右側だけ結んでいるアシンメトリー。
フード付きロングコートにマフラー、スキニーパンツ、ブーツと、全身黒一色で統一していた。
青年は、目の前に置かれたグラスに手をつけず、視線を落としている。
「いやッ、こっちのセリフだ。
お前がいなかったら今の俺は無ェ。
スゲェ感謝してるよ」
フレドリックは、グラスを擦りながら、相手に敬意を伝える、
「コナー、俺は、さらに上に行く。
俺がお前にできる恩返しといえばこれしかない。
だからよ――」
フレドリックは、そう言って酒を継ぎ、グラスを掲げる。
「次に会った時、お前がド肝も抜くぐらいデカくなっからよ」
コナーは微笑み、初めてグラスを手に取る。
「楽しみにしてるよ」
乾杯し、互いに酒を交わすと、コナーは立ち上がった。
「それじゃ、そろそろ行くよ」
「いつでもこの街に帰って来られるようにしとくからよ。
待ってるぜ」
「ハハッ、それはありがたい」
フレドリックもゆっくり立ち、コナーに近寄ってはハグをした。
「達者でな、兄弟」
「ああ」
別れの挨拶を交わし、フレドリックは、自然と視線を落とす。
名残り惜しくもコナーが背を向けると、階段前に立っていた体格の良いガードマンが付き付添っては、下へと降りていった。
フレドリックがタバコを取り出し、一服すると部下が1人そばに寄ってきた。
「良かったんですか?」
「ああ、コナーには世話になったからな。
あいつがいなかったら、俺たちはまだそこらのチンピラと変わらなかった。
感謝してもしきれねェ」
溜息混じりの煙を深く吐き、灰皿に軽く灰を落とす。
「いつまでもコナーに頼るわけにはいかねェ。
あいつがやりたいことができた言ってんだ。
俺たちも成長しなきゃなんねェだろ」
酒瓶を持ち、グラスに注ぐと、しばらく氷を眺めた。
「何年先か分からないが、その時に飲む酒はきっと美味いだろうな」
感傷に浸りながら、グラスに口をつけたのだった。
体内まで響く重低音から離れていき、店の入り口までボディガードに先動してもらった。
外に出た途端、辺りは暗くなっており、目の前を通過する人や車を目にして少し落ち着く。
店の入り口で何やら口論している若者がいた。
どうやら入店するための会員症を紛失してしまい、ガードマンに門前払いをされているところだった。
自身のポケットを全て手探りしながら動揺し、どうにか中に入れて欲しいと懇願するが、ガードマンは聞き入れることはなかった。
そんなやりとりを気にすることなく、コナーはボディガードに別れをつけ、その場から立ち去った。
その後、何が起こるかも知らずに――。




