第三十一話 少年は敵を倒せない
『聞け!突破口が見え、って右50!』
悪魔の明るい声とともにユートが動き始める。
素早く避けつつ、話しを聞く。
『南西方向へ30m、そこに、っと下30、人がいる。隙を見てそこへ行け!』
隙を見るって、地味に大変なんだぞ?
僕は苦笑しつつ、叫ぶ。
「了解!」
ユートが怪訝な表情を見せると同時に僕は刀をユートの首に向かって振るう。
いきなり始まった急所への攻撃にもユートはあまり慌てた様子はなく、今まさに振るっている剣の代わりに腕を用いて首をガードする。
ああ、そうするだろうな。痛みを感じないなら殊更腕を盾にすることに抵抗感もないはずだ。
故に僕はさっき肉をえぐったユートの右腕への追撃をする。
そして、そのまま胴への攻撃へと素早く移る。
ユートはそれを防ごうと右腕で剣を握ろうとして、剣が零れ落ちる。
当たり前だ。ユートが痛みを感じないだけでダメージは溜まっている。
しかし、ユートは痛みがわからない故にいつもと同じようにダメージを負っている腕も使ってしまう。
『いけーーー』
僕はその瞬間を逃さず、南西方向へ走る。
30mなんて普段なら4秒もかからない。ただ、今はケガをしてるし、体力だって使っている。
故に、スピードがでない、と予想していたのだが、これは...過去最高の速度だ。
『そこの草むらへ攻撃!』
悪魔が指さす草むらへ刀を振るう。
と、同時に緑色のマントを着た何者かが草むらから出てくる。
僕はすぐさまそいつに刀を振り直そうとするが、その人物はさっさと走り去ってしまう。
「くそっ、待て!」
『いや、逃がしていい』
「でも!」
悪魔に言い返そうとして、後ろに気配を感じ、振り返る。
ユートだ。すっかり忘れていた。刀を構え直す。
しかし、ユートも剣を左手で持っているものの攻撃する様子はない。
『大丈夫だ。こう言え、緑マントはもう森を出た、とね』
「...緑マントはもう森を出た」
そう言うと、ユートは剣を捨てる。
そして、困ったような笑みでこう言った。
「とりあえず、怪我の処置しようか?」
「お、おう」
ユートは座り込む。
僕も完全に気が抜けて、座り込んだ。
ユートはポシェットから薬や包帯といった物を取り出し、僕の怪我の処置をしてくれる。
「えっと、なぜに僕は怪我をさせられた人に処置されてるんだ?」
「ん?今、自分はフィル君にぼっこぼこにされてるところだよ」
「え、いや、僕今何も」
「ううん、自分はフィル君に完膚なきまでにつぶされっちゃって命からがら逃げかえるの、そういうことにした」
「はあ、で、これはどういうことなのかちゃんとした説明をしてくれ」
「そうだね。簡単に言うと、フィル君は疑われてたんだよ」
「何を?」
「フィル君は異国出身じゃないか、ってね」
「異国?」
「異国は異国でも自分の故郷の国のことね」
「ユートの故郷って、すごく遠くにあるっていう?」
「そうそう」
「僕はこの国から出たこともないし、そもそも、それでなんで戦うことになるんだ!」
「戦うとき、命の危機に晒されているときに判別がしやすいからだよ」
ユートは僕の処置が終わると、自分の傷に取り掛かる。
「どうして?」
ユートは自分の腹の傷を針で縫いながら答える。
「そこ出身の人物は特別な力を持っているから」
「...ユートが痛みを感じないみたいに?」
「そうそう」
「でも、なんで?」
「自分は...願ったからさ。痛いのはもう嫌だってね」
ユートは笑い、立ち上がる。
「じゃあね。保護会にはフィル君は違ったと言っておくよ」
「っ待って、まだ全然、意味わかんないし」
「ごめんね。本当にフィル君と過ごせて楽しかったよ」
ユートはそう言って、きれいな礼をした。




