第三十二話 友達はお話をする
「はああ」
家に帰ってきて安心し、体から力が抜ける。
血まみれの体を見下ろし、自分――ユートは傷を見る。
「すごいな」
思わず感嘆してしまうほど綺麗な傷口だ。
フィル君の腕がいいのもあるだろうが、やはりあの刀の切れ味はすごい。
またあの刀を見せてもらいたいな。
そんなことを思いながら薬箱をたぐり寄せて、本格的な処置を済ませ、ベッドに寝転がろうとする。
「眠ろうとしている所悪いですが、ちょっといいでしょうか?」
視線を窓へとやり、緑色のマントをした男を視界に入れる。
「牧師様、夜、勝手に人の家へ侵入するなんて非常識では?」
「あなたは神も穢れも信じてないんですから、問題はないでしょう。あなたの報告をお聞きしたいのですが」
「見ての通り、負けて命からがら逃げてきました」
「ふーむ、そうですか。それであなたの見解は?」
「あの少年は違います」
「なぜでしょう?」
「簡単な話ですよ」
白々しく聞いてくる牧師のために立ち上がり、宣言してやる。
「味噌汁を飲んで泣かないやつは日本人じゃありません」
初めて会った後の食事で味噌汁など日本食を出したが、フィル君は不味いというリアクションしかしていなかった。
久しぶりに食う故郷の料理だ、泣くまではいかなくとも、何らかしらの反応を示すはずだ。
自分だって、味の再現ができたときは崩れ落ちそうになったのだ。
故に彼は日本人でない。
「確かにあのときの反応は薄すぎました。しかし、ガイコクジンという可能性はないのですか?」
「日本で外国人が死ぬなんてそうそうありませんよ。こっちに来る可能性ともなるとほぼないです。それにフィ、少年は明らかに違います。彼、毎日教会に行っているんでしょう?そんなことを異世界人はやりません」
「異世界、ではなく異国と」
「はい」
「彼が異国人でないとするならば、なぜあれほど戦えるのでしょう?」
「別に人外レベルの強さでもないですし、単に身体能力や動きを読む目がいいんだと思います」
「彼は一度、ナイフを見ずに避けたことがありました。それに私のことにも気づきました。これはどう考えているんですか?」
「ナイフに関しては走っている途中でしたし、外れてもおかしくありません。それにあなたは彼を見ていたんでしょう?それならば彼があなたを見つけることだってできるわけです」
「まあ、そうですね」
そう言って牧師は微笑む。
「あなたが彼に私の場所を教えた、という可能性もありますしね?」
「そんなわけないじゃないですか」
「まあ、どちらでもいいのです。ともかく彼が異国人である可能性はほぼない、ということはわかりました」
「戦う前にその結論を出せれば、よかったですね」
「刀を武器として用いている、という点で彼はかなり怪しかったんです。それも解決しましたが」
「解決したんですか?」
「はい、それにはあるお方が関わっていたようで、彼が刀の使い方を知っていてもおかしくないとの結論に至りました」
「そうですか」
そう言って少し視界を落とす。
「ふっ、大丈夫ですよ」
牧師は少し笑って、言う。
「通常ならば彼を殺しますが、あなたが殺せなかった彼をそんな手間をかけてまでどうこうするつもりはありません」
「そう、ですか」
少しほっとした。
やはり気づかなかったか。
フィル君と最初に対面したとき、彼は試合前に礼をした。
保護会は大司教直轄の組織であり、牧師をはじめ、皆教会の人間なので違和感を持たなかったのだろう。
この世界において、教会の組織内でのみ礼をする文化があるが一般市民、特につい最近まで辺境にいた少年がそんな文化を知っているはずがない。
試合中にしても、彼の剣術では、体についた瞬間で刀を止めるという特徴がある。
おかしい話だ。
まるで斬るための剣術、戦うための剣術ではなく、木刀で殴りあうための剣術であるようだ。
ついでに言うと、この世界において刀は弧剣と呼ばれる。
なのに、なんでフィル君は"刀"と呼んだのだろうな?
フィル君は異世界人ではない。
しかし、彼は異世界人と会ったことがある、これは間違いないだろう。
そして、僕にとって何より重要なのは彼が僕の友人である、という事実のみだ。
「傷、大丈夫ですか?」
牧師の言葉を聞き、体を見下ろすと横腹から血が服ににじんでいる。
「ああ」
「なら、そろそろお暇しますね」
牧師がまた窓から出ようとする。
「待て」
反射的に言葉が出た。
牧師がこちらを見る。
ああ、引き返せないな。
「自分は...これっきり、こういうことはしません」
「っそれは真剣に言っているのですか?」
「はい」
「ご両親はいいんですか?!」
「ええ、自分が本来の彼らの子供を殺してしまったかもしれない、その罪悪感だけでここまでやってきましたが...もういいでしょう」
「どうしてですか?これまでは」
「やりたいことができたんです」
しばらく忘れていたよ。
でも、君と会って、君と話していて思い出した。
「...」
「自分は刀が好きなんです」
そうだ。
前世では刀を見るためだけに博物館めぐりをするほど大好きだった。
死ぬときのあの痛みで忘れていたが、自分はすさまじい情熱を刀へ傾けていた。
「そのためだけに生きてみたいんです」
「...」
「手始めに彼が持っていたあの刀の制作者と会ってみたいです」
どうやってあんな刀への愛にあふれた作品を、美しい刀を作り出したのか教えてほしい。
「...それはご両親や私たちを裏切るということですよ?心が痛まないんですか?」
「痛みませんよ、だって自分は――」
口角が自然に上がる。
「――痛みを感じぬ転生者ですから!」




