7話 悪魔女史と怨霊使い
カリ、カリカリカリ
日焼けマシーンによく似た外観の
傀儡休息カプセルで眠っていた。外から引っ掻くような
音が聞こえて来る。
意識が覚醒してきた。傀儡の脳が活動を始めた。
内側からカプセルを押し上げて出る、誰もいない。
カリ、カリ
足元でKBがこちらを見え上げていた。
「お前か、カプセルを引っ掻いていたのは…」
怨霊の線もあったが、イタチで良かったよ。
部屋は薄暗い。
壁際のテーブルに置かれたスタンドライトがクリーム色の壁を照らしていて
綺麗だった。後はバーの電飾と照明だけが光源。
窓に目をやると夜の暗闇の中、僅かに
白鳥通りの店や街灯の淡い光が見えた。
KBが胸に飛び込んでくる。
抱き上げると震えていて、撫でるとマフラーになって
私の首に巻き付いてきた。
KBの思念。不安感が伝わって来た。
横の壁をふと見ると微かに泥がついている箇所。
気になって観察していると背後で物音。
キッチンに気配。
台所にいくと小さなライトが点けられていて
マケンナが何かを食べていた。
「何をしている。」
―ココッコッコ
(ケーキを食べてたの)
話しかけると近くにあったペンをキッチンに取り付けられた
小さなテーブルに連続して小突くように音を出す。それで
思念を伝えてくる。
「ケーキ? 口に泥がついているぞ。」
―チョコマッドケーキなの。
そうか、とだけ言って会話を終わらせる。
マケンナはゆっくりとこちらを不自然なほど
凝視しながら定位置の椅子に戻っていく。
マケンナの傀儡が目を開けているところを初めてみた。
こちらを見ようとすること自体もだ。
大体いつも目を閉じている。今のも怨霊使いかもしれない。
マケンナ人形がソファで眠りについている間に
イタチをカプセルに入れてみる。
しばらくマシンに放り込んでから開けると極楽に
いるかの様に顔が緩んでいる。
黒いテンは伸びをして、私の胸に飛び込んできた。
カプセルが気に入ったみたいだ。いいことだ。
そういえば、私の肩の傷はどうなっている?
Yシャツを脱ぎ階段横の姿見の前に。
白いブラジャーを少し外して肩を出しまじまじと見る。
白鳥通りに来た日に鰐頭のエイリアンに噛まれた傷。
それが消えていた。
傀儡のぼんやりとした意識で自身の体調を確認してみる。
うむ。体調は万全だ。すこぶる調子がいい気がする。
今度はマケンナをカプセルに入れてみよう。
彼女は椅子の上で体育座りして眠っていた。
手を取ると素直に従い、椅子から立ち上がる。
ゆっくりとマシンの元へと誘導。
意識は休眠状態のようだ。
カプセルの中へ寝かせて蓋を閉める。
1時間ほど入れてみたが変化は特に無し。
ただ壁にあった泥が少し消えていた気がした。
前に見た時よりも心なしか、部屋全体の汚れが綺麗になっているような……
何でだろう?
* * *
翌日、会員になったジムへ行ってシャワーを浴びる
ついでに軽く運動。傀儡にトレーニングが必要かは
不明だが運動は良いことのはずだ。
ジム自体は霊が稀にいる程度で
器具はどれでも使い放題。待たなくていいので
生前の私なら喜んだかもしれない。
いつものスーツに着替えてアジトに帰ると床にガラスの破片。
窓ガラスが1つ割れていて、残りの窓にはスプレーで何か書かれている。
糞尿のような異臭も漂っていた。
ピアノの前。マケンナが座っていた。
ペンで鍵盤蓋を小突くようにして音を出し始める。
コココッコッコ
―(なんで約束、守ってくれないの?)
「何の事だ?」
コココッコッコ ココ
―(怨霊を集めてって約束…)
「忘れていた。 また今度だ。」
!!
突如鍵盤蓋の下にある鍵盤が
勢いよく叩かれたかようにピアノが鳴った。
「……それよりもこの匂い。窓ガラスはどうなっている? 誰がやった?」
コココッコ コココ
―(悪い霊や、エイリアンが。怨霊が足りないから、この場所を守れなくて…)
「中に侵入を許したのか?」
コココ コッココ
―(ううん、中は大丈夫だった。)
「なぜスプレーの落書きは窓の内側から書かれている。」
コッ…
ー(……)
ペンの動きが止まり
マケンナの傀儡は答えずに定位置へと戻っていく。
焦っているような気がする。余裕がないような。
こいつ時間がないのか? 急ぐ理由。
傀儡休息カプセルがマケンナの霊魂に味方しているのかも。
ならばこのまま毎日マシンに入れていったほうがいいか。
よし、そうしよう。
* * *
___翌朝
屋根を打つ雨音で目覚める。
オースティンほどではないがここにもよく雨が降る。
それとも新しい私は雨女なのかもしれない。
割れた窓ガラスから風が少し入って来ていた。
どうやって直そう。職人を呼んで直すことなのか、
マケンナが直すことなのか私にはわからない。
彼女をみるとまだ眠っている。
幸いアパートの霊的防衛フィールドは機能していて
窓が割れていても悪しきものは入って来れないようだった。
KBを連れて外に。
鞭を2本使用。大きめの霊蛇一匹に変化させ体に巻き付けておく。
対鰐頭エイリアン用のセンサーになってもらう。
新しく領土に組み込んだ高級車ディーラーに向かい
様々な車を時間をかけて分解。資源が欲しいからな。
車を分解しながら最初にこの鞭を作成した
時のことを思い出していた。
警棒と蛇のおもちゃに銃を足して作ったんだ。
この車両の部位を使ってまた何か作れるかもしれない。
途中で怨霊が数体やって来てアジト前に
うろつき始めたので倒しておく。
勢力拡大と怨霊使いの討伐が当面の目標か。
領土を切り取るには鰐頭、……言いずらい。レプティリアンでいいか。
レプティリアンをどうにかするべきか。
怨霊使いの方は弱っているようだ。
このままいけばカプセルに入れていくだけで
どうにかなるかもしれない。
ふと、アパートを見るとまた怨霊が
3体ほど集まって来て入り口近くでうろついている。
「……やれやれ、またか。」
倒しに行こうとするとアパートの扉が開いた。
中からマケンナの傀儡。玄関に立っていたが
次の瞬間には倒れた。
人形の体の中から黒い瘴気が立ち昇り
前にダンスパーティーの夜に取り逃がした泥を被った男の怨霊の姿に成った。
黒い短髪、筋肉質だが少し痩せ気味。
一切の感情が読み取れない。
真っ暗な目をしてこちらを見ていた。
それが外に出て来ると
その男の中に次々と怨霊が入っていく。
「よぉ、糞人形。 マチルダって名前か。
悪魔派の新米幹部にそんなのいたよな? 離反したのか? それともお前誰だ?」
「やぁ、怨霊使い。確かにそれは私だし、今は悪魔派ではないのも当たりだ。
ただお前誰だというのはこっちのセリフだな。 お前こそ誰だ?」
こいつまさか他の派閥の幹部か?
暗い目、頬はこけており無表情から憎悪に満ちた目つきに変化、そしてまた
無感情な目つきに段々と成っていった。
「表情や目つきがころころ変わるんだな。」
―ああ、他者の怨霊を取り込んで俺自身を構成しているからな。
というかそうしないと俺を保てないんだ。
糞ッたれのレゾに本体を滅茶苦茶にされた上に
奴の身体を乗っ取れなかったんだから仕方ないさ。
―あの黒人の糞女の身体も乗ってれなかった。
ここまで失敗続きなのはどれくらいぶりだろうか。
「そりゃ良かった。諦めて出ていくのか?」
―ああ、だがお前を殺してからな。
じゃないとこの怨霊たちも気がおかしくなってしまうらしい。
俺も同感だ。死んでも殺す、お前が死んでもだ。
生き返らせてでも殺す、生まれ変わらせてでも殺してやる。
「そうだろ?」
「まったく同意しない。 さっさとかかってこい。」
―それはまた今度にするよ。やる事があるんでね。
「おい、今の話とだいぶ違うぞ。」
怨霊使いが逃走。追いかけながら警棒をライフルに替える。
切り替えるとき特有の音が鳴る、マガジンを装填。
蛭弾を連射。怨霊使いに撃ち込む。
命中。マナドレイン開始。怨霊は倒すためにマナを込めないといけないが
それと同じようにこちらもヤツのマナを減らしにいく。
マナを吸い上げる蛭の弾丸。
怨霊使いは風のような速さで道行く幽霊たちを攻撃。
霊気を吸い上げながら逃げていく。
狭い路地裏に入っていった。
身体に撒いていた大霊蛇が反応。
空中に噛みつく。
レプティリアン… 何体かいる。
霊蛇が攻撃した一体の透明化が解けた。
怨霊使いが鰐頭エイリアンの身体を乗っ取ろうとしている所。
鞭で風穴を開け、その中に切り離した鞭を霊蛇に変え送り込んで
締め上げる。
「ガハァッ、人形風情がぁ!」
拘束完了、と認識した瞬間だった。
―霊拳…
頭部に強烈な衝撃。
一瞬で視界が真っ暗になる。
吹き飛ばされ、建物の外壁にバウンドしながら倒れこむ。
目が見えない。
頭が無くなったのか? 自身でも判断できない中よろよろと立ち上がる。
真っすぐ立てない、壁にもたれかかるので精一杯。
何が起きた?
身体に巻いていたKBと大蛇が守ってくれるよう
動いているのが分かる。
視界は朧気だが会話が聞こえて来た。
「コルトン、大嫌いなテメェを助けに来たぜ。時間がねぇが、この女だけ殺していくか?」
―マンフリードか、礼を言わなきゃならんところだが……
その前に同意だ。この人形は徹底的に殺さなきゃならん。
こいつの霊魂を汚し尽くしてやる…… う! ゴホォ!ガァ!
「どうした! おい! コルトン、お前の身体おかしいぞ!」
―ウゲェ! ゴホッゴホッ… ヤツが…暴れだした…
「ダメだねぇ、詰めが甘いよぉ。 霊にも礼を言うくらい器がデカくなきゃ。 」
―おい! なんだこいつ! コルトン!
ピントがずれているような視界の中
コルトンの体の怨霊がいくつか剝がれてあの男。
レゾの体になったのが見えた。レゾは笑っているようだった。
―くたばりぞこないのレゾの奴だ! こいつの霊魂を消したら能力が使えなくなるから
残しておかなきゃいけなかったんだよ! 糞ッたれめ!
「フフ、生きながらに死んでいるのさ、俺は。
だから死にながらにして生きもする。そういう運命なのさ。
さて第2ラウンド開始だよぉ! ほら俺ってイカシてるだろ!?」
―てめぇ! 俺の怨霊と霊の身体を! 許さねぇ…
マンフリード! 手伝え! こいつをこの場で…
「ダメだ、ノートンの代理で助けに来たんだ。
お前の手に入れた力は強力。このまま救出して連れ帰る。」
―やめろマンフリード! 黒い雨の力が半分しか使えなくなる!
「半分なら上出来。これ以上本流は人材を失えない。」
マンフリードと呼ばれた、筋骨隆々の男が拳を振り上げると
爆発的な勢いで霊気が拳にたまっていく。左手からは何かの小瓶を取り出した。
眩い光を放つ、頭上に掲げた輝く拳を地面に向けて振り下ろした瞬間
霊気の大爆発が起こる。
―あばよ、兵どもよ。
次来たときは手合わせ願うぜ。




