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アフター・ワクチン ――君打ちたもうことなかれ――  作者: 星香典
第一章 人間の終わり
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第一章 人間の終わり 07

 病院を出て夜の街を歩いた。川を渡る橋の上から、モバイルを投げた。投げるときに画面に触れたようで、水に沈みながらも光っていた。水深は人の背丈よりもあるはずだ。川底から光を放つモバイルは、なんだか秘密の宝物のように見えた。この川の水はこんなに綺麗だっただろうか。


 モバイルは便利だったが、いつからか、モバイルに支配されているように感じた。ワクチンパスポートが義務化されてからは、モバイルの携帯は義務になった。バッテリー切れはもちろん違反。切ることの出来ないGPSが音もなく作動していて、通話やメールも筒抜け。べつに疚しいことはしていないが、検索のワードとか気をつけるようになった。SNSも「コロナ」「ウイルス」「ワクチン」「接種」などのワードが入っていると、


【新型コロナウイルスワクチンに関係する内容の可能性があります。ワクチンについては、必ず1次情報として厚生労働省や首相官邸のウェブサイトなど公的機関の情報を参照してください。また誤った情報を発信した場合理由の如何を問わず法的処置が……】


 と一々表示されるようになった。そんなモバイルが体から離れると、心が軽くなった。自分の心と体が、自分だけのものになった気がした。たかだか数百グラムのモバイルがずっしりと精神を押さえつけていた。


 僕は夜の公園のベンチに腰掛けた。堅いベンチの座面から夜の暗さが乗り移ったような、ひんやりとした冷たさが伝わってくる。この時間、公園は利用禁止だ。もしモバイルを持ったまま公園に入ったら、すぐに警官がやってきて追い出される。警察のタブレットには、全てのモバイルの位置情報が表示されるから。


 でも、そんなにゆっくりしていられないし、する気もない。理恵は言った。僕といられて幸せだったと。僕も幸せだった。ワクチンによって人生を奪われてしまったが、幸せだった。幸せだったはずだ。


「ちきしょう」


 本当だったら、理恵も僕もあと五十年くらい生きられたはずなのに。悔しい。ほとんどの人間がその悔しさを抱いているこの世界ってなんなんだろう。


 もう迷わない、って決めたはずだ。鞄から掌にすっぽり収まるくらいの小瓶を取り出す。ネットで検索出来ないから、足を使ってスラムを回り、やっと手に入れた。青酸カリ。こんな世界、需要は高く、簡単に手に入るよ、という同僚の言葉を信じたが、言うほど簡単ではなかった。値段もそれなりにした。


 小さな蓋を開けて香りを嗅ぐ。アーモンドの匂いというのは、飲んだあとに胃酸と混じってそうなるのだとか。特に匂いは感じなかった。


 僕は目をつぶり、小瓶の液体を一気に飲み干した。


 液体を嚥下して数秒、体の内側から得体の知れない恐怖が蠢いた。すぐにそれは激痛に変わり、僕はベンチから転がり落ちた。体が痙攣して勝手にのたうち回る。制御が効かない。視界に映っていた夜の闇は、七色に輝きだした。爆音の耳鳴りに襲われる。


 ああ、僕は死んでいるんだ。


 肉体から精神が分離していくのを感じる。だが、精神は痛みや吐き気を催し続ける。この薬は痛みを感じる暇もなく死ぬことが出来る。売人はそう言っていた。話が違う。


 痛みはエスカレートしていく。頭が割れる。呼吸が出来ない。体中の体液という体液が、口、鼻、目、耳、肛門、性器から止めどなく溢れ出す感覚。最悪だ。早く楽にして欲しい、終わらせて欲しい。僕の死体はそこにあるというのに、精神の活動が止まらない。死ぬとはこんなに苦しいことなのだろうか。それとも、これは自ら命を縮める報いなのだろうか……。

おはようございます。読んで頂きありがとうございます。今日はまだ数話投稿します!

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