第一章 人間の終わり 06
最近は余命が少ないからだろうか、比喩ではない炎上騒ぎがちらほら起きる。あの専門家も安穏とはしていられないのではなかろうか。いや、彼はもう死ぬのかも知れない。
彼は完全にガルシアの思想に影響を受けている。
地球上にワクチンを推し進めたステファニー・ガルシアは2026年の国連総会でワクチンの致死性を認める演説を行った。俗に言うガルシアショックだ。大人はみんな覚えているし、子ども達だってしらないものはいない。
ステファニー・ガルシアはまるで舞台の主役のように演壇を独り占めした。カメラのレンズ越しに世界中の人間の視線を集め、絶望の底にたたき落としながら、
「このままでは地球環境は悪化し、皆さんは死ぬ運命でした。一度破壊された環境は、次世代に永遠に受け継がれていきます。しかし、ワクチンによって人口を削減し地球環境を護ることが出来ました。地球を破壊する前に、地球を救うことが出来たのです。私の役目は終わりました。私は満足です」
ステファニー・ガルシアはポケットから小瓶を取り出すと、中継が行われている中で、それを飲み干して死んだ。ガルシアは死んだが、人道に対する罪を得て、改めて死刑を宣告された。
もちろん、ワクチン政策を推し進めたのはガルシア一人ではない。日本でも分科会を筆頭に政治、マスコミ、民間、大政翼賛の形でワクチンを推奨した。当時は僕も一枚の羽根となり翼を支えていた。
結果、僕や妻を含め死ななくていいはずの何十億人の人間が死ぬ。しかし、死ぬ運命を変えることの出来ない僕たちにとって、彼女の言葉はある意味救いなのかもしれない。
僕たちの死は犬死にではないとガルシアは言う。僕たちはこの地球を守るために死ぬ。昔、日本語の上手なアメリカ人コメディアンが、ワクチンを打つ行為を戦場へ赴く兵士に喩え、「英雄的だ」と接種を賛美していたのを思い出した。どうせ失う命なら、そう考えた方が救われる。
耳を澄ませば、テレビの音の他に、人々の泣き声が聞こえてくる。いくつかの病室では、この瞬間にも亡くなる人がいて、悲しむ人がいる。
病室に帰ると、妻は起きていた。
「お。随分早く目が覚めたね」
彼女は暗闇のベッドの上で頷いた。
「一つ言い忘れてた。……さっき、いろいろ愚痴っちゃったけど、達也といれて、わたし幸せだったよ」
彼女は目を閉じた。顔に耳を近づけるまでもなく、もう息をしてはいなかった。彼女の体から、ふっと魂が抜けたのが分かった。永遠の眠りについた。
覚悟は出来ていたはずなのに、彼女の死に僕は動揺した。指先はわなわなと震えだし、その場にへたり込んで動くことが出来なかった。
キリンの子どもは生まれて三十分で立って歩くことが出来る。僕はキリンに似ているのだろうか。三十分ほどして動けるようになった。動かなきゃ、そっちに行くことも出来ない。
鞄から、箱を取り出した。ダイヤモンドの付いたネックレス。彼女の首に付けて飾った。夜の小さな光を受けて、小さな石が燦めいていた。
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