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14話 嫉妬

「随分屋敷の前で時間をつぶしていたな。」

「…はは…。」

 信繁がいる部屋へ帰宅の知らせを伝えに行くと、案の定、信繁は不機嫌だった。


「(佐助さん、なにしたんですか。あんなに怒っている幸村さん見たことないです!)」

「(おれが何かしたっていうか、おれだってある意味被害者だから!)」

 不機嫌を隠そうとしない信繁を見て、思わず鈴はこそこそと話しかけ、それに伴い、佐助も小声で返事をする。


「聞こえているぞ。」


「…いやー、あはは。正面で鈴に会ったから連れてきちゃった。ほら、買ってた団子があったからさ、みんなでそれ食べようか!」

「…はぁ。」

 信繁だって子どもではない。鈴に八つ当たりまではしなかった。明らかに機嫌を取ろうとしている佐助を見送りながら、信繁がため息を尽いて鈴へ話しかける。


「どうしたんだ?こんな時間に。」

「午後から時間が出来たので、徳姫様のところへ向かったんです。でも、今は不在みたいで。」

「不在?」

「はい。佐助さんが、徳姫様は管理者と一緒に城下町へ出たとおしゃっていました。」

「そうか…。」

「なにかあったんですか…?」

 不機嫌な様子から一変、信繁はどこか元気がない様子だ。


「いや…。最近大谷の姫の様子はどうだ?」

「へ?徳姫様ですか…?相変わらずお綺麗ですけど…。」

「いや、そういうことじゃなく…、姫は元気か?」

「?…会えてないのですか?」

「あぁ。ここ最近は顔さえ見てないな。」

「…そうなんですね…。…いえ、特に変わった様子は…あ、そういえば、少し前に政宗様が徳姫様の元気がないとおしゃっていました。でも、最近は何もおしゃってませんし…、元気がないとおしゃっていた時でも恥ずかしながら私はあまり変化に気づけませんでした…。」


 恥ずかしそうで且つ悔しそうにしている鈴は、信繁が急にピシャッと固まったことに気づかない。


「…は?伊達さん?」

「はい。政宗様です。」

「なんで伊達さんが…?」

「あれ?ご存じありませんか?政宗様、毎日徳様のお屋敷で過ごされておりますよ。大体朝から、私が仕事帰りに寄るまでの間…。」

「…。」

「幸村さん…?」





「満天屋の団子持ってきたよー。ささ、お茶も入れて――って、うおっ!。」


 その時、行儀悪く佐助が足で障子扉を開けて居間へ入ってきたが、ちょうど部屋の中から勢いよく出てきた影とぶつかった。





「――佐助、鈴と食べてろ。」

「えっ!?主様!?」

「幸村さんっ!?」

「少し姫を探してくる。」


 明らかに怒った様子で屋敷から出ていく信繁を佐助と鈴は声をかけることも出来ずに見送る。

「…んーっと…、何があったの…?」

「…。」

 寂しげな表情でその背中を見つめる鈴は、佐助の問いに答えることが出来なかった。




















「今まで恋を知らなかった、絶世の美男子である一人の武将が、一介の侍女に恋に落ちたらしい。」

 徳の分まで茶と団子を頼み、吉明はそう話を切り出した。

「しかし、その武将のことを好きな姫がおってな。その二人の恋を邪魔するように侍女をいじめ、武将へ婚姻を迫っているらしいぞ。」


(婚姻を迫っているというか、婚約しちゃってますけどね…。)


 徳は届いた茶をすすりながら、他人事のように頭の中でツッコみを入れた。

「その姫はまさに悪女と言っても過言ではないようだ。人の往来する道中で侍女を罵り土下座させたり、武将との恋を許してほしいと勇敢にも屋敷へ訪れた侍女を、門前で張り倒して話も聞かずに置き去りにしたり、そのほか泥水をかけたり、残飯をかぶせたり――」

「いやいやいや、後半は全く身に覚えがありませんがっ!」


 なんの話だろうか。尾鰭はひれどころか、ありもしない話まで付け足されている。徳は思わず食い気味に否定してしまった。


「なんだ、前半は身に覚えがあるのか?そなたは口は悪いが性根は悪くはないと思っていたがな。」

「性根も悪いですよ!こんな暴力女!」

 藤四郎がなにやら吉明を挟んだ反対側で失礼な事を言っているが、徳は無視をする。

「…なんで私の話だって分かってるんですか…。」

「大谷の美姫びきと言えばそなたしか思い浮かばないではないか。」


 苗字まで出回っているのかと、徳はうんざりしてしまう。

「はぁ…。美姫ですか。悪女の癖に?」

「あぁ。美姫とはよく言ったものだと思ったがな。」

「あっそ。」

「はははは。やはりそなたは愉快だ。」

 前まで人のこと殺そうとしていたやつとは思えない。何がおかしかったのか、横で楽しそうに笑っている吉明に、こいつ頭でも湧いてるんじゃないかと徳が吉明を引き気味に見ていると吉明との間に刀が刺さった。


 ――いや、鞘に収まってはいるものの、刺さる勢いで刀が降ってきたのだ。










「よぉ、陰陽師。ここで何をしている。」

「…久しいな、真田の者よ。…なに、大谷の美姫とやらに茶を馳走していただけだ。」

 急に現れた信繁に徳は湯呑を持ったまま動けない。滅茶苦茶怒っているのが伝わってくるからだ。ずっと避け続けていた人物本人。佐助が避けていることに気づいていたのだ。きっと信繁も気づいているとは思ったが、こんなに怒っているとは予想だにしなかった。

 徳は冷や汗が出てきた。急に再会しても、まだ言い訳やらなにやら考えていない。


「なぜあんたが茶をおごる必要がある。」

「別に良いではないか。……私らは口づけを交わした仲なのだから。」

 吉明がにやりと笑った瞬間、徳は手を引かれ、気づけば信繁の腕の中に収まっていた。


「え!?ちょっ、信繁様っ!」

「うるさい。帰るぞ。」

「…また会おう。姫。」

 吉明の発言を聞くこともなく、信繁は徳を抱いたまま屋根を蹴ってその場を後にした。以前才蔵に抱えられたまま同じように移動した際は絶叫マシンのように恐ろしく思ったが、信繁に抱えられながら移動するのは安定感があってそんなに怖くないのだ。




 着いた先は大谷陣屋ではなく真田陣屋だった。















「お、お帰りー、主様…。」

「佐助、鈴を送っていけ。俺は大谷の姫に話がある。」

「…えーっと、じゃあ鈴、帰ろっか。…姫さん、ごめん。…健闘を祈る。」

 鈴も真田陣屋に居たようだが、鈴と会話を交わす間もなく徳は所謂お姫様抱っこのまま屋敷の奥へと運ばれる。


(嘘でしょー!?この状態で鈴ちゃんに見られちゃったよ!どうしよう、なんて言えば…っ!)


 徳が鈴にどう説明しようかと焦っていると、目的地に着いたようだ。信繁は両手が塞がっているのにも関わらず、器用に奥の一室へ入った。怒りはすこぶる感じてくるが、信繁は丁寧に徳を畳の上に降ろした。しかし、徳が畳の上に座っており、信繁が立っているからか、怒りもさることながら威圧感がすごい。


 部屋の中は光が入らないようで薄暗い。だが、信繁は灯し油に火をつける気はないようだ。まっすぐに徳を見つめている。


 今まで何度か体験したが、やはり信繁の無言の圧力には慣れない。ひとまず鈴のことは置いておいて、目の前の信繁だ。徳がどう言い訳をしようかと視線を畳から上げられずにあたふたしていると、視界が反転した。



「へ?」


 目の前には信繁と天井だ。徳は状況を飲み込めない。


「あ、あの…、これはいったい…。」










「毎日伊達さんが来ているみたいだな。」

「へ?政宗様?」

「あぁ。俺のことは避けているのに、伊達さんは屋敷へ入れているのだろう?」

「…えっと、なんと言いますか…。」

「伊達さんがいるときは妖たちは表に出られないだろう?」

「え?あー…、そうですね…。」

「じゃあ、あんたは伊達さんと一日中屋敷の中、二人きりで過ごしているのか?」

「…え?…どこかにはみんな居るはと思いますけど…。」

「だが、目の届く範囲にはいないのだろう?」


(んん!?信繁様は何が言いたいの…!?避けてたことを怒ってるんじゃないの!?)


 信繁が何に対して怒っているのか分からない徳だが、この体勢が恥ずかしく、とりあえず何とかしてほしい。


(…なんで私は押し倒されながら話をしてるの!?)


 しかも、両手とも信繁の手に塞がれている。いや、つかまれている?とりあえず、徳は両手とも手首を固定され、動けないのだ。


「ちょ、ちょっと、信繁様!とりあえず、どいてください!」

 徳は真っ赤になりながら信繁へ懇願する。久しぶりに拝む信繁の顔は、怒っていても美しいのがさらに徳を困らせる。すると、信繁は伸ばしていた肘を曲げだしたため、徳の要望とは真逆に顔がさらに近づいた。


 徳は近づいた顔に、ついに信繁を見ることが出来なくなり、顔をそらす。すると、あろうことか手首をつかんでいた手は徳の指と絡みだした。いわゆる恋人つなぎだ。目の前で絡められていく自身の指に徳は羞恥が爆発する。


(ひぃっ!やめてくれ!今までに増してスキンシップが酷い!)



「な!何がしたいんですかっ!?信繁様!!」

 徳はもはや恥ずかしくて泣きそうだ。


「…無防備になるなと言ったはずだが…。」

「はい!?」

「こんなにも簡単に組み敷かれてしまうんだ。なぜ男と二人きりになる。」

「いや、二人きりって!どこかに志野さんたちがいるって言ってるじゃないですか!」

「それでもその場で存在していなければ居ないも同然だ。」


 そう言って徳の左手を解放し、その手は徳の顎を掴み正面を向かせる。信繁の怒りを感じてか、徳は信繁の手の誘導通りに信繁と向き合ってしまった。



「あの陰陽師だってそうだ。なぜ共に居た。あんたはあいつに唇だって奪われているんだぞ。」

(っそうだけど!それは信繁様だって忘れろっていったじゃん!)

 徳は心の中で叫ぶが、現状、それどころじゃない。無表情で徳を見下ろす信繁は何を考えているのか分からない。徳の瞳が、信繁の瞳からその形の良い唇に視線を移してしまった。



――バッ



 再び徳は横を向く。


(何考えてんのっ!自分!ってか、この状況はなんなのよ!!)


 徳が再び心の中で叫んでいると、信繁の顔が近づき、髪が触れたと思った次の瞬間、


徳の耳に、その柔らかな唇が触れた。

















「あんたは俺のものだろう。ほかのやつに隙をみせるな。」



「なっ!?」














バチーーーーンっ









「はっはっ破廉恥ですっ!!!」


 徳はその瞬間、思わず空いていた左手で信繁の頬をひっぱたいてしまった。

 信繁はポカーンとした表情をしていた気がする。


「ご、ごめんなさい!…お邪魔しました!帰ります!」


 信繁の力が緩んだのか、徳が火事場の馬鹿力をだしたのか分からないが、徳が信繁の肩を押すと、すんなりと目の前の壁は動く。徳は脱兎のごとく信繁から離れ、そのまま叫びながら真田陣屋を後にした。その間、佐助に会ったような気がしたが、徳はそれどころじゃない。


 頬が、全身が沸騰したように熱い。徳の頭はオーバーヒートしていた。

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