10話 ガールズトークと寂しい言霊
「あれ?政宗様もいらっしゃったのですか?」
日がまだ明るい時間、鈴は今朝言ったとおりに大谷陣屋へ訪れた。
「お?鈴ちゃん。徳に用事?」
「…!…あっ…、はい。徳姫様とお話ししたくて…。」
「政宗様もいい加減お帰りになったらどうですか?朝からずっといらっしゃるじゃないですか。」
そう。政宗はあの後からずっと居座っているのだ。泊まることはあきらめたようだが、何をするでもなく屋敷でダラダラと過ごしていた。
「はいはい。今日は帰るか。」
「えーっと…、私、お邪魔しちゃいました…?」
「全然。」
「おいおい、少しは寂しく思ってくれよ…。」
むしろ徳にとっては政宗を帰せるため助かる。なぜだか妖の気配を感じ取ることが出来るようで、半透明になっている達磨坊主が政宗に見つかってしまいそうになることが度々あり、徳は何度政宗の視線を遮ったか分からない。
とりあえず鈴と二人、徳は門まで政宗を見送りに出る。
「じゃあ、また明日も来るよ。」
「え?来ないでいいですよ。」
「いや、来る!毎日来る!」
「…ふふっ。そんな必死にならなくても…。」
無理やり話を聞きだそうとしない癖に、必死に妖を探そうとしていた姿を思い出し、徳は思わず笑ってしまった。その表情を見た政宗は一瞬目を見開き、ため息を一つ落とした。
「…はぁ。…じゃあな。女の子二人、仲良くしゃべりな。邪魔者は帰るぜ。」
「ふふ。はいはい。政宗様もお気をつけて。」
「…さようなら、政宗様。」
やはり、相手を思いやることができる人なのだろう。鈴が徳と話がしたいのだと分かると、朝から居座っていたのにも関わらずすんなりと帰っていく政宗を、徳は笑いながら見送った。
「…徳様――っきゃっ!」
鈴が何か言おうとしたその時、門の上から何か黒い物体が勢いよく鈴の目の前に落ちてきた。
「わ!鈴ちゃん!?大丈夫!?」
「…び、びっくりした…。猫…?」
驚いて尻餅をついてしまった鈴の目の前には一匹の黒猫。
にゃー…
黒猫は一声鳴き声をあげると、何事もなかったかのようにどこかへ走って逃げていった。
「…ふふっ。かわいらしい猫ちゃんでしたね。」
「…そうだね。大丈夫?立てる?」
「そんな!大丈夫です!」
猫に怒るでもなく笑って見送る鈴に、のんきだなと思いながら徳は手を差し出す。すると鈴は顔を赤らめシュッと勢いよく立ち上がった。
「徳姫様のお手を煩わせるわけにはいきません!」
「…別にいいのに…。」
なんだか千代みたいだな、と思いながら顔を赤らめる鈴を見つめていると、さらに鈴は紅潮する。
「徳姫様!お美しいのですから、そんなに見つめないでください!照れてしまいます…!」
「…。」
やはり鈴に毒心など皆無だろう。今朝の噂は尾鰭はひれがついてしまったのだろうと、時間が経ち冷静になった徳は顔をぽっぽと茹で上げる鈴を見ながら思った。
先ほどまで政宗が居座っていた客間にお茶を入れなおして鈴と向かい合った瞬間、鈴が真剣な表情で徳へ言った。
「絶対に、政宗様は徳姫様に気があります!」
「…え、何言ってるの?」
「だって、いつの間に徳姫様のことを呼び捨てで呼ぶようになったのですか!?それに、今日一日中いらっしゃったわけですよね?明日も来られるとおっしゃってましたし!そうに決まってます!」
頬を赤らめ興奮気味に言う鈴に徳はから笑いが出る。
「はは。そんなわけないじゃない。」
(ごめんね鈴ちゃん。彼は私に興味があるんじゃなくて、妖に興味があるの…。)
しかし、そんなこと鈴には言えない。「戦国大名と姫の純愛…!素敵!」など自分の世界で妄想に入ってしまっている鈴に頬がひきつる。
「す、鈴ちゃん。話したい事って何だったの…?」
徳はこれ以上鈴が暴走しないようにと、鈴の妄想を無理やり中断させる。
「あ!申し訳ございません…。その、…幸村さんのことで…。」
ズキンッ
徳は一瞬心臓が握りつぶされたような感覚に陥ったが、表情は変えず、鈴に続きを促した。
「…信繁様?…どうしたの?」
「あ!そうでした、幸村さんは偽名でしたね…。なんか、慣れなくって…。」
そう言う鈴は少し寂しそうな表情をした。
「…別に、信繁様が『幸村って呼ぶな』って言わない限りは無理に変える必要はないんじゃない?鈴ちゃんは幸村って名前の方が慣れてるんでしょ?」
「…はい。…信繁という名が本名だということは理解しておりますが…、なんだかその名だと、一気に壁が出来ちゃう気がして…。」
――それもそうだろう。彼は信濃国を収める真田家の次男で、鈴はその国の町娘に過ぎないのだ。本来なら関わることさえ出来ない間柄。信繁が幸村であるときだけ、二人は交わることが出来たのだから――
「…私、徳姫様と幸村さんが話しているのを見て、すっごくお似合いだなって思ったんです。」
「え…?」
「だって、幸村さんってすっごくかっこいいじゃないですか。その横に徳姫様が居て、二人ともすごくお綺麗で…。幸村さんは私の手の届かない人だったんだなって思っちゃって…。」
徳は鈴が何を言いたいのか分からなかったが、頭の中で警告音が鳴った。
(――まって、鈴ちゃんは何を勘違いしているの…!?これじゃあまるで、私が信繁様を鈴ちゃんから奪ったみたいなっ…!)
「ま、待って!私と信繁様は友達だよ!?友人!二人の間にそれ以上の感情はないよ!?」
徳は思わず叫んだ。婚約してしまっているが、2人の間に恋愛感情なんて無いのだ。これ以上鈴に変な勘違いされてしまっては困る。
「…本当ですか…?あ、いえ、疑っていたわけではなくて…、徳姫様も、もしかしたら信繁様のことがお好きなのかなって、お聞きしたかっただけなんです。」
「…へ?」
「…もちろん、身分を考えれば私には手の届かないお人なのです。…でも、彼は身分とかそういうものは気にしないお方。…むしろ、そういうものを嫌います。…だから、身分を気にして彼のことを諦めるということは、彼自身を否定することになるので…、私は、その理由だけでは彼を諦める気はありません…。」
そう力強く述べる鈴は、本気で信繁のことが好きなんだなと伝わってくる。そんな鈴が徳は眩しく見える。
「…でも、今まで彼の周りに私以外、親しい女性という方がいらっしゃらなかったので、徳姫様と彼を見た瞬間、すごく、衝撃を受けました…。だから、徳姫様も幸村様のこと好きなのかなって、確認したくって…。
…もし、徳姫様が幸村さんのことをお好きだとしても、私はしっかり自分の気持ちと向き合いたい。私、ねちねちとした女の戦いって嫌いなんです。正々堂々と闘いたいのです。」
いつもかわいらしい鈴が真剣な表情で徳を見つめる。
「徳姫様、私は幸村さんが好きです。徳姫様は幸村さんのことをどう思っていますか?」
心臓が五月蠅い。徳が鈴に答えなければならない答えなど決まっている。
――しかし、その言葉が口から出るのに時間がかかった。
「……好きじゃ、ない…。」
その言葉を聞いた瞬間、鈴がいつものように花開いたような笑顔を見せた。
「…良かったー…。変な事を聞いてしまってごめんなさい!…でも、その…私、徳姫様のことも好きなので、徳姫様が恋敵となってしまったらどうしようかと、本当に悩んでしまいました…。」
安心しきったような顔で話をする鈴を徳は見つめる。無邪気でかわいらしい。
「ふふ。大丈夫だよ。…それに、信繁様が鈴ちゃん見つめる目って、ほかの人を見る目と違うんだよね。きっと信繁様も鈴ちゃんのことが好きなんじゃないかな?」
「えっ!?そ、そんなことは…。」
(――大丈夫。上手くできてる。)
今まで以上に頬を赤らめる鈴を見ながら、徳は自分をほめた。言霊とはよく言ったもので、言葉にして出したからなのか、徳は気持ちが楽になるのを覚える。
「私にできることがあれば協力するから、なんでも言ってね。」
「いえ!…その、お気持ちはありがたいのですが、出来るだけ、自分の力で幸村さんを振り向かせたいのです…。」
もじもじとしながらも強い意志でそう述べる鈴は、やはり毒心とは無縁の純真無垢なヒロインだ。
「…そっか。応援してるね。」
「はい!…あ!…でも、2人の時間を作っていただけたりしたら、嬉しいです…。無理にとは言いませんが!」
そう言ってさらに赤面する鈴に徳は笑ってしまう。
「も!もし、徳姫様にどなたか良いお方がいらっしゃるのでしたら、微力ながら私も応援いたします!」
「はは、ありがとう。」
「伊達政宗様はどうですか…?」
「またその話…?」
「だって、きっと政宗様は徳様に気があります!」
なんだかんだその後、女子2人の恋の話は盛り上がり、あっという間に黄昏時となっていった。
自身に嘘をついた言霊は、時間が経てばそのうちそれが事実となる。
若い女子特有のキャッキャとした明るい空間に、寂しい言霊が、少女の心に最後の鍵をかけた。




