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32話 妖の力

「…そのまま俺に力を流してくれ。」




 太郎坊は徳を抱き留めた体制のまま徳へ指示をだした。


「えっ!?このままですか!?」

「あぁ。何処かが触れていればいいんだよ、もうこのままでいいだろう…。」

 徳は恥ずかしさから離れたく思ったが、肩口にわずかに寄りかかっている太郎坊の息遣いが荒い。

 徳はやや気まずいが、気を取り直す。両手で抱きしめていた二郎坊から片手を離し、その腕で太郎坊を抱きしめた。ガラス球の訓練の時のように集中し、力が流れるようイメージする。




――どくんっ――



どくどくどくどく



(…!?なに…!?…すごく、…熱い…!)


 徳の中で何かが一際強く拍動し、その熱が太郎坊へ移っていくような感覚に徳は驚く。

(…これが、力を感じるってことなの…?…もしかして、二郎ちゃんへも一緒にできる…?)


 徳が二郎坊へも意識を集中しだした時、



―――急に浮遊感を感じた。






ドゴーーーン!!





「…っ!?」

「――…助かった。あんたのおかげでかなり回復した…。」


 先ほど徳らがいた木の枝が煙を上げ切り落とされていた。徳は太郎坊に支えられながら空に浮いており、その横で二郎坊も自分の翼で飛んでいる。

「二郎ちゃん…!」

「おまえ、器用だな。二人同時に力を流すなんて…。」

「徳!ありがとう!徳の力は少しだけでもすごいや!」

 徳は良く分からないが、力を流すことに成功したみたいだ。

 

 ほっとしたのも束の間、森の中から黒い三日月形の光線が木々をなぎ倒しながら迫ってきた。


―――ドンッ!!!


 太郎坊はそれに向かって扇を横に振るい、暴風を伴った赤い光線で応戦する。ぶつかった双方の攻撃は大きな音を立てながら空気を揺らす。


「っ!」

 衝撃波が徳にも届くが、太郎坊は徳を衝撃波から守る様に抱きしめ直した。





「…女…、余計なことをしたな…。はやり、あの時殺しておけば…。」

 吉明(よしあきら)は鋭い眼光で徳を睨みつけた。その手には徳が奪っていた刀が握られている。

(げっ!いつの間に…!唯一の私の武器が…っ!)


「おい、あいつの目を見るな…。身体が固まるぞ…。」

「…!?」

「お、おれも!おれも身体が動かなくなったんだ…!」

「…どういう呪術かは分からんが、目だけは合わせるな…。」

「は、はい…。」

(…そういうことだったんだ…。だから、あの時…――。)

 

「二郎坊、こいつを頼んだ…。」

「ぎゃ!」

「うわぁ!おい!太郎坊!」

 太郎坊の発言を心の中で反芻していた徳を、あろうことか太郎坊は空中で二郎坊へ投げつけた。



「…あいつを始末してくる…。」

「へ?」


 聞き返したが返事はなかった。

 勢いよく森へ急降下した太郎坊は、あっという間に木々で見えなくなる。













「…死にぞこないが…。力を得たとて、貴様が跡形もなく消滅するのは決まっている…。」

「陰陽師様は減らず口が好きみたいだな…。――消えるのはお前だ、人間…。」

「そう言っていられるのも今のうちぞ…。」


 空に浮いていても山が揺れているのが分かる。大きな地鳴りが聞こえ、森の中から土煙がいくつも上がった。


「…じ、二郎ちゃん…、大丈夫だよね…。」

「山鳴りも、土煙も太郎坊が起こしてるものだから、大丈夫。」

「……あの陰陽師って人、死んじゃうの…?」

「多分ね。大丈夫、太郎坊が勝つよ。」

「いや、そうじゃなくって…。」

 徳は吉明(よしあきら)のことが嫌いだし、太郎坊に傷ついてほしくはない。しかし、吉明(よしあきら)が死んでしまうことを考えるとどうにも腑に落ちなく感じる。



(…やばい奴だし、二郎ちゃんにしたことは許せない…。けど…、)

「…『命』ってそんな簡単に他人が奪っていいものなの…?」

「…?」

「…私、ここでの命の価値観が分からないよ…。」

「?命のなに?」

「…どうしてみんな、簡単に相手を傷つけようとするの?」

「?殺らなきゃ殺られるからだよ。」

「…話し合いじゃダメ?」

「向こうがその気がないからこうなってるんじゃん。攻撃は最大の防御なんだよ。また来ないようにここで殺さなきゃ。」

「えー、うーん…。」

(そうじゃない…。根本的に何かがおかしい…。)


 『先ほどまで逃げ回ってたくせに』と言われれば否定できないが、徳は二人を止めなきゃという気持ちが先に出た。

「二郎ちゃん、お願い。二人の所に連れて行って。」

「え!?徳、何言ってるの!?あんなところに行ったら危ないよ!」

「大丈夫。二郎ちゃんは隠れてていいから。」

「そういう事じゃないだろう!徳は――――……かはっ!」

「二郎ちゃん!?」




…――――突如、二郎坊が吐血した。





 

 二郎坊は吐血と共に意識を失う。二郎坊に支えられていた徳はともども一気に急降下する。


「っ!?…二郎ちゃん!」

 臓器の浮遊感と激しい恐怖を感じながらも、徳は意識を失った二郎坊を強く抱きしめる。頭から落下していく最中、森の中でひときわ大きく育っている木が炎をあげ燃え盛っているのを目にする。



(っ!?――あれって!?もしかして、神木っ!?)











 シュッ



「ヒュー…、ヒュー…。」

「た、太郎坊さん!」

 森の木々にぶつかる直前、抱きかかえる形で受け止められ、地面との激しい衝撃は免れた。横を確認すると助けてくれたのは太郎坊だった。しかしその太郎坊の息遣いは荒く、先ほどとは比べように無いほど顔が蒼白している。腕の中の二郎坊も息が浅い。


「そなたらがどんなに回復しようとて、源がなくなればそなたらなぞ蚯蚓(みみず)に等しい。」

 息も絶え絶えになっている太郎坊はそれでも吉明(よしあきら)の前に塞がり、徳と二郎坊を守ろうとする。


「た、太郎坊さん!待ってください…!今、力を…!」

 徳は太郎坊と二郎坊へ力を送るが、先ほどのように熱は移るが満ちる感覚がない。

「…な、なんで…?」

「…やはりな…。無駄だ、女よ。そなたがどんなに大きな妖力を持っていたとて、妖の源が朽ちれば底の割れた桶よ。そのうちそなたの力が先に尽きよう。…天狗の長よ。そなたが大事に守っていた木、あれが天狗の力の源であろう。…天狗の餓鬼の様子やそなたの行動から予想してみたが、どうやら正解だったようだな。」

「ヒュー…ヒュー…、」

 太郎坊の額に脂汗が滲み、ツーっと口の端から血が流れた。


「た、太郎坊さんっ!」

(――考えろっ!考えろ徳っ!さっきの威勢はどうした…!)



(早く神木の炎を消さなきゃっ…!でも、私だけ神木へ向かっても、力を注ぐことをやめれば二人はきっともたない…。でも、神木を早く何とかしなきゃ、そもそも二人が助からない…。)






「――…これで終わりだ。」

「っ!?」




 吉明(よしあきら)が動いた瞬間、徳は太郎坊が握っていた扇を奪い、吉明(よしあきら)の刀を扇で受け止めた。


「は!相変わらず手癖が悪い。しかし、そなたの妖力は、なにやら妙な香りがするな…。」

「…そういえばあんた、さっきから何言ってんのかわかんないんだけどっ…!」

 扇と刀で鍔迫り合いをする徳と吉明(よしあきら)。刀から異様な力を感じ取った徳は、同じように扇に力を注ぐ。刃と扇がぶつかっているところでバチバチと電流が光った。


「ほぉ。天狗の道具も自分の物かのように扱うのか…。器用なものよ…。」

 吉明(よしあきら)がほくそ笑んで独り言ちたと思えば、胸元から呪符を手にし徳の顔面で呪符に息を吹き掛けた。

「!?」

 瞬時に徳は刀を押しきり、後ろへ跳ね飛ぶ。しかし、遅かったようだ。

(なに…?視界がぼやける…!)

 徳の視界はぐにゃぐにゃとゆがみ、平衡感覚が分からなくなる。

「仕舞いにしよう。妖どもよ。」



(だめだ…、このままじゃ…。…誰も死んでほしくないし、殺させたくない…。)

 視界が回り、頭も朦朧とし始める徳。走馬灯のようにこの世界に来て関わった人や妖の顔が廻る。








(偽善だと…、考えが甘いと思われるかもしれないけど…――)








「…私には私の倫理がある!!」

「…!?」

 

 突如竜巻がいくつも発生し、突風が徳と吉明(よしあきら)の周りに吹き荒れる。徳は左手を太郎坊と二郎坊へ向けると、手のひらから淡い光が発生し、人を囲うほどの大きな球になったそれを二人へぶつけた。


「…なにを…!?」


 その球の中に入るように囲われた二人は、周りで突風が吹き荒ぼうがびくともしていない。


「ヒュー…ヒュー…、なんだ…、これは…。」

 球に入った瞬間に妖力の消耗が止まり太郎坊は驚く。

(…あいつ…、触れてもいないのに、遠距離で力を注いでいるのか…?…それにあの桁違いな力…。)

 

「おい!お前っ!こんなに力を放散させたら、代償が来るぞ!!」

 太郎坊は叫ぶが、徳には聞こえていないようで、虚ろな目のまま反応が無い。






「…自分の力を制御出来ていない様だな…。やはり、そなたここで去ね。」



 吉明(よしあきら)は呪符を投げ捨てる。その呪符は大きな人型となり、徳の周りを飛び舞った。ペラペラな人型の紙が木にぶつかると木には傷が入り、草が散る。

 徳は襲い掛かる人型を軽々とかわすが、扇で切りつけようもひらひらとかわされ、打ち消すことが出来ない。

 徳の生み出した竜巻は吉明や人型を攻撃することなく、森で激しく荒むだけだ。

 

「おい!力を押さえろ!出し過ぎだ!」

「ふんっ!叫んだとてこ奴には聞こえておらん。」

 吉明は意外にも体術も秀でている様で、扇で切りかかる徳を軽々とかわす。


 徳から距離を取った吉明(よしあきら)は刀の切っ先を徳へと向け肘を引き、刀を持っていない方の手を刀の背に添わせた。


「仕舞いだ、妖。」

 吉明の言葉を合図に人型が一気に徳に襲い掛る。


「おいっ!」

「消灭仙女 急急如律令!!」










 爆風が起き、木々はなぎ倒され、森の視界が広がる。




 その中心にいたのは――









 両膝を着いた徳だった。徳の手から扇がぼろぼろと土のように崩れ落ちる












「ぐはっ!」

「…。」

「…。ヒュー…、ヒュー…、何が…、あったんだ…?」




 吉明(よしあきら)は離れた木の根元で腹を抑え倒れていた。妖である太郎坊にも何が起こったのかが分からない。

 しかし、太郎坊はようやく自身の妖力が溜まっていくのに気づく。


「…神木の損傷が、止まった…?」














 






 しかし、安心しては居られない。



「おい!お前!もういいだろう!いい加減力を押さえろ!」


 吉明(よしあきら)は意識を失っているようだ。しかし辺りの竜巻や突風は止まらず、むしろその威力を強めているようにも見える。太郎坊が叫んで止めるも、徳は聞こえていないのか反応がない。


「おい!本当にあんた、代償どころか、消えちまうぞっ!」








 突風が吹き荒ぶ原の中心で、徳が胸を押さえ身体がよろめいた。


「おいっ!――」



















「――……大谷の姫、落ち着け…。俺の声が聞こえるか…?」




 どこからともなく現れた男が少女の背後からその瞳を優しく覆った。



 ゆるゆると吹き荒れていた竜巻が噴散するとともに森に静けさが戻った。

 しかし、先ほどのような暗さはない。


 見通しのよくなった森に、太陽の光が輝き始めた。

 






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