28話 絶体絶命!?
「おい…、あれのどこが穏便だよ!今にも殺り合う寸前だったじゃねぇか!!」
吉明、藤四郎、二人の姿が見えなくなると、塀の上から才蔵が怒鳴りだした。
「そうですよ!ってか、主様は喋んなって言ったじゃんおれ!」
「いや、そうですよじゃねぇだろ!おめぇも十分喧嘩腰だったんだよ!」
「おれはあれでも抑えたよ。」
「どこがだ馬鹿野郎!煽りに煽りやがってっ!俺との時の冷静さはどうした!?」
◇◇◇
数時間前
「――あいつらを今日ひっかけようと思う。」
「…はい?」
今日は暑夏だ。蝉の元気な鳴き声を聞きながら皆で朝食を食べていると、不意に発した信繁の言葉に佐助が反応した。
「えーっと…、あいつらって、あの阿部吉明と藤四郎っていう…。」
「あぁ。今日もどうせ来るだろうから、こちらから出迎えてやろう。」
「出迎えるって?」
「丁度来た時に俺が屋敷から出て鉢合わせればいい。」
「いやいやいや、だから、主様は関わるなって言ってんじゃん!まずは俺が対応するから。」
「だが、あいつらは俺に用があるんだろ?俺が対応する方が早い。」
徳の横で会話を聞いている二郎坊が心配そうな顔できょろきょろとしている。徳も何かしたいが足手まといになることは目に見えているため、二郎坊と共に会話を見守ることしかできない。
「心配するな。要は二郎坊がこの屋敷に居るのではないかという疑いを解いて、屋敷へ近づかなくすればよ良いのであろう。…こういうのは争わずに穏便に済ませるのが一番だ…――。」
才蔵は今朝方信繁自身が言っていたことを思い返すも、矛盾しかなくイラっとする。
最近雇いだした侍従『千代』という設定で、千代に一芝居打ってもらい、穏便に真田屋敷から意識を逸らそうという作戦だったはずだ。苛立つ才蔵を後目に信繁は飄々と会話を続けた。
「あれでいい。うちへ目星をつけた理由も分かったし。まぁ、大した理由じゃなかったがな。こちらも対応悪くしたんだ。向こうも陰陽師という建前がある。事を荒げる様な場所にまた関わりたいとは思わないだろう。」
「いや、でも、あいつらに主様が目を付けられたら元も子もないじゃないですか!」
「だから、屋敷の結界はお前が張ったことにしただろ?」
「そういうことじゃないから!」
屋敷の門前でわいわいと言い合っている男3人の帰りを、屋敷の中で女子共は静かに身を隠して待っていた。
「…行ったの?」
「多分…、気配はもう無いですね…。」
「あいつら、大丈夫だったのか…?…なんか揉めてるみたいだけど…。」
二郎坊が心配そうに部屋の襖から外を覗き始めたため、徳と千代も倣って様子を伺う。
「…揉めてるっていうか、信繁様が、二人に怒鳴られてない…?」
「信繁殿は受け流しているようにも見えますな…。」
「信繁は、なにか悪いことでもしたのか…?」
「…千代は何となくわかります…。千代が出向く直前のピリッとした空気。思わず千代はまだ呼ばれてないのに飛び出してしまいましたが…。信繁殿が相手を挑発でもしたのでは…?」
「えー…、でも、対応は佐助さんがするって約束してなかった…?」
「では、なぜ佐助兄さまも怒っているのでしょうか…。」
半分当たりで半分ハズレのような推測を徳と千代が好き勝手に言い始めた。彼らの様子を見るに、緊迫した状況からは脱したようだが。
「…とりあえず、信繁様たちにお礼を言わなきゃ…!」
「そうですね。そろそろ屋敷に戻ってくるでしょうし、お茶の用意でもして待ってましょうか。」
「あ、それなら私、今からでもみたらし団子作ろうかな!団子のストックもあるし、二郎ちゃんも一緒に――、」
ふらっ
「二郎ちゃん!?」
「二郎坊!」
徳が安心し二郎坊へ声をかけたのと、二郎坊が胸を押さえよろめいたのは同時だった。徳が慌てて二郎坊を支えるが、二郎坊は自分の力で立つことが出来ず、その場で徳の腕を支えに崩れてしまう。
「はぁ…、はぁ…、うっ、神域が…――、」
「二郎ちゃんっ…!?どうしたの!?」
「愛宕山の…、天狗の神木が、…朽ちようとしてる…。」
「え…?」
「うっ……、太郎坊が…守ってるんだっ…、でも、その神木に何かが…――、」
「あ、愛宕山…?天狗の神木…?」
「はぁ…、はぁ…、行かなきゃ…!」
「…え!?」
徳に支えられながら、身体を動かすのもやっとな様子の二郎坊がもぞもぞと動き始める。
「太郎坊に、何か、あったのかも…っ…。行かなきゃっ!」
「えっ、行かなきゃって、愛宕山に!?」
「いや、二郎坊!まだ陰陽師が近くにいるかもしれないし、今この屋敷から出るのは危険だ…!それに、お前、そんな状況では…!」
「でも、太郎坊が…!」
「じゃ、じゃぁ、一緒に行こうっ!そんなに苦しそうなのに無理しちゃだめだよっ!千代!信繁様と、佐助さんにっ…――、」
「っ人間の速度じゃ間に合わない…!」
「で、でも…!」
ドクンッ
その時徳の身体の中で何かが脈打った。
ドクンドクンドクンドクン―――
(…!?――この感じ…、確か前にも……!)
「徳様!?」
――ふわっ――
ガサガサッ
どさっ
「っ痛ー…。」
「うっ!」
二郎坊を抱いたまま、徳の身体が宙に浮いたような感覚に陥った。体内で何かが廻るように脈打ち――
――気づいたときには、徳と二郎坊は草木の上に落下していた。
「…っ…。ここは…?じ、二郎ちゃん大丈夫!?」
「うぅー…。」
二郎坊は目を覚まさない。先程のような苦しんでいる様子は無いが、顔色は悪いままだ。
二郎坊を抱いた状態で徳は周りを見渡す。どこか森の中の様だが、まだ日は高いのにどこか暗く、蝉の声一つ聞こえない。唯一聞こえるシューッという音を頼りに背後を振り向くと、徳らのいる場所のすぐ後ろ。大きな杉の木の一部が無残に黒く焼け焦げ、仄かに煙が上がっていた。
「…!?」
(この木…、いったい何があったの…?)
背後の大木の異様な有様に徳は息を飲む。
「――いないと思えば、こんなところに居たのか…。」
「!?」
大木に集中していた徳は静かな森で響き渡った声に驚き、勢いよく振り返る。
「探し回らず、すぐにここへきて良かったわ…。」
滅紫の狩衣に漆黒の立烏帽子。濡羽色の長髪を背に流している男と四幅袴を着た少年が遠く離れた場所に立っていた。無意識に徳は二郎坊を抱き寄せる。
「…誰ですか…?」
思い当たる人物はいたが、徳は尋ねる。
「そなたこそ何者だ。そのような大きな力を振りまいてどうした。」
「…。」
「…まぁいい。女。その子を渡してもらおうか。」
(…絶対にそうだ。この人たちは陰陽師の安倍吉明と藤四郎…。二郎ちゃんを傷つけた奴ら…。)
男の発言を聞いて、徳はより一層二郎坊を抱きしめる力を強める。
「…どうしてですか?」
「女。そなたは人間であろう。その子がどういうものか知っての行動か?」
「…あなたたちこそ、この子が何をしたっていうんですか…!」
「……なるほど。どうやったのか知らんが、見つからぬと思ったら、そなたが隠しておったのか…。……女よ。人がおびえているのだ。そいつらが何かをした、しないではなく、存在自体が悪なのだよ。」
「…吉明さん、もう十分でしょう。きっと彼女はこの妖に心惑わされてしまったのです。可哀そうなお人だ…。」
「…妖と一緒に僕がここで殺して差し上げましょう―――。」
そう言って四幅袴を着た少年が徳らに向かって弓を弾いた。




