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27話 大谷徳とは

 いつものごとく夏虫が鳴いている。しかし、今日は真夏にしては涼しく過ごしやすい夜だ。日中徳はいつも通りに力を覚醒させるための特訓を行い、夕餉やお風呂を済ませ、すでに寝る体制は出来ていた。――…が、いつも一緒に寝ている二郎坊がいない。


「千代ー、二郎ちゃん遅くない?」

「…確かに、佐助兄さまと風呂へ行ってから結構時間が経ちましたね。」

「大丈夫かな?」

「気配的に屋敷内には居るので大丈夫でしょう。」

「あ、そうなんだ…。なんか、便利だね。その気配を探る的なやつ。この屋敷広いのにわかるんだ。」

「はい!千代は徳様であれば敦賀城内でも何処にいらっしゃるのかわかります!」

「そうなんだー…。」

 自慢気な千代だが、徳にとって良いのか悪いのか反応に困る。


「しかし、徳様はもうお休みの時間でありますね。千代が呼んでまいります!」

「うん。ありがとう。あ、でも、お取込み中だったら大丈夫だよ。」

「はい!」


――…一人になって徳が思うことは、早く力を覚醒させたいという焦りだ。


(なんで自分の力なのに、感じることさえ出来ないんだろう…。)

 先に横になり、訓練用のガラス玉を持ち上げ、意識を集中する――


「…やっぱりだめだー…。」


 いつものように変化のないガラス玉が、行灯(あんどん)の灯影でユラユラと煌めいた。


















「こんな処でどうした?」





「…信繁…。」

「早く戻らないと、大谷の姫が心配するんじゃないのか?」

「……。」

 徳らが使っている部屋から少し離れた外廊下に二郎坊はいた。涼風が夜の木々の葉を静かに鳴らしている。


「……おれ、徳のこと好きだ。…あんたらのことも、人間なのに、好きだ。…だから、おれ…。」

「…そうか。…俺も君のこと嫌いじゃない。だから、君の力になりたい。きっと皆がそう思っているんじゃないか?」

「違う!そうじゃない!」

「…?」

 急に堰を切ったように叫びだした二郎坊を信繁は静かに見つめる。


「っおれは!…あんたらに迷惑かけたくない!今日、あの陰陽師が来たんだろ!?また来るかもしれないって…!最悪、信繁たちは陰陽師が来ても逃げ切れるかもしれないけど、徳は力が封じられてるじゃないか!?そんなんじゃ――、」

「ちょっと待て、封じられてるってなんだ?」

「…え?」

「封じられているとはどういうことだ?」

「え…、だって、徳の中から出ないように、徳の中で力が…。」

「力が?」

「…良く分かんなかったけど、…今日徳が力の訓練してただろ?その時に見えたんだ…。外に力が出ようとする度に、徳の中心から何かが伸びて、力が出ないように引っ張ってるみたいな…。」

「…それは、本人は知っているのか?」

「いや、わかんない…。おれは何も言ってないけど…。」

「…そうか。」

「…?その封印を解くための訓練じゃなかったのか?」

「…いや。……本人が知らないということは、吉継殿も知らないのか…?」

「…?おれ、思うんだけど、徳って…――、」



「二郎坊!信繁殿と夜涼みでもしてるのか?徳様が心配されておるぞ!」



 男二人の目の前にシュッと千代が元気よく現れた。



「「…。」」


「…?いや、お取込み中なら別に大丈夫とも言っておられたが…、…すみませぬ。もしや、邪魔したか?」

「いいや、大丈夫だ。二郎坊。お前も早く休め。」

「…う、うん。」

「(このことは、とりあえず、まだ誰にも言うな…。)」

「…。(こくり)」

 別れ際に信繁は二郎坊に耳打ちして二人を見送る。


「佐助。」

「はいよー。主様。」

「大谷の姫と、阿部吉明(あべのよしあきら)の件、どうだ?」

「んもー、日中は屋敷で、夜だけの活動ってホント、無茶ぶりもいいとこだよー。」

「…出来る範囲でいいと言ってるだろう。」

「おれのこと舐めないでくださいよねー。おれ、一応完璧主義だから。」

「はいはい。で、何か分かったことは?」

「今の二郎坊の話にも被るけど、姫さんと、阿部吉明(あべのよしあきら)、両方の件でお伝えしたいことがあります。」


 真剣な表情で、佐助は信繁の瞳を覗いて呟いた。



















「おはようございます。こちらのお屋敷の主殿ですか?」


 翌朝、信繁と佐助、二人が屋敷門を跨ぐと、すぐに二人を呼び止める声がかかった。昨夜の涼しさとは打って変わって今日は暑い。空は晴れ渡り、太陽の日差しが信繁の栗色の髪をより明るく見せる。


「…そうだ。あんたらは?」

「あ!申し遅れました!わたくし、こちらの陰陽師、阿部吉明(あべのよしあきら)の弟子の藤四郎と申します!こちらのお屋敷の方に聞きたいことがあるのですが、今お時間よろしいですか?」

「急いでるんで、手短にしてくれますー?」

「あ、すいません。では、さっそくお聞きしたいのですが、最近子どもを拾いませんでしたか?」

「なんのことでしょう?」

 藤四郎の質問に佐助が穏やかに返答するも、空気はピンと張り詰める。


「子どもがこの屋敷に入っていくものを見たものがおってな。それに、子どもの声も最近聞こえるそうな。隠しはきれんぞ。」

「もし、そうだったとして、それとお宅らがなんか関係あるの?」

「私の仕事上、その子に用がある。」

「だから?」

 吉明(よしあきら)が声を発した途端にピンと張り詰めた空気が一気に重くなる。それを一顧(いっこ)だにせず煽るように返事を返す佐助を吉明(よしあきら)は睨みつけた。

 

「…被害を出したくなければ、素直に子を――、」



「のぶしげさまー!さすけさまー!!」



 吉明の手が動き、佐助も臨戦態勢に入ろうとしたそのとき、門の奥、屋敷の方から信繁と佐助を呼び止める声が響いた。


「良かったー!間に合って!佐助さま!お買い物だと言うのに巾着、お忘れですよ!」


 元気な千代の声に皆の視線が一気に集まる。

「あ、ごめんなさい。お客様ですか?」

「いや、ありがとう千代。…千代、君に用みたいだけど、この人ら知ってる?」

「へ?千代にですか?……どこかでお会いしましたか…?」

 まさにキョトンという擬音語がつきそうな表情を浮かべた千代が、猫目のくりっくりな瞳を吉明(よしあきら)に向け頭を傾けた。



「うん。ありがとう千代。もう戻っていいよ。」

 千代は後ろ髪を引かれる様に、何度か門を振り返りながら屋敷の中へ戻っていく。


「…。」

「…えーっと、最近拾った子どもって…。」

「そもそも、子どもを拾ったとは言っていない。最近雇い始めた子は居るがな。」

「………ではなぜ、このような厳重な結界を張っている…?」

「最近、勝手に屋敷に入ってきては荒らして居座っている奴がいるからな。これ以上誰も入ってこないようにしているだけだ。」

「えー、それって俺のことかよ?人聞きが悪くねぇか?」

「事実だろう。」

 4人の会話に屋敷の塀の上から才蔵が乱入する。その才蔵に信繁は一瞥を送ったあと吉明を正面から見据えた。

 ジリジリとした太陽の日差しが、にらみ合う二人の熱量のように激しく照り付けてくる。



「――…それで、うちの子になにか?」

「…なぜ子を隠すように話をする。」

「明らかにあんたらが怪しいからだろう。仕事か知らんが、子どもを探しているなら、もっと穏便に尋ねた方がいいんじゃないか?」

「…。」

 未だ信繁と吉明の視線は逸れない。千代によって切れた緊張の糸が再び幾重にも張り巡らされる。








「ちょっ!止め止めー!」





「もー!吉明(よしあきら)さん!喧嘩っ早いんだから!――ごめんなさい、こっちの勘違いだったみたいで、探していた子ではありませんでした…。」

「…そうか。」

「それにしても、結解を張ったのは主殿ですか?すごく緻密でこちらも驚かされました。」

「いや、それはこいつだ。」

「なるほどー!従者殿!見事なお仕事です!あ、お二人は急いでらっしゃるんでしたね。引き留めてしまってすいません。では、私たちはこれで!ほら!行きましょう吉明(よしあきら)さん!」

 今にも戦闘が始まらんばかりの緊張を藤四郎の声が砕いた。何も発しない吉明(よしあきら)を差し置いて会話を進め、吉明の背を押しながら二人は真田屋敷の門前から姿を消していった。


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