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1話 パードゥン?

「えぇっと、あの…」



 寝ているのもアレなので徳はやけに軋む身体を無理やり起こす。

 そして、横で大号泣していらっしゃる女性をどう慰めればよいかと思案していると、すさまじい音と勢いで立派な水墨画の(ふすま)が開いた。


スパーン!

「徳さまーーーー!!!」

 第三者の登場に「助かった!」…と思ったのも束の間。


「…うぅっ!とぐさばぁぁぁぁー!!!」

(えぇぇぇっ!?ちょっ…あなたもかいっ!)



 開いた勢いで水墨画の襖が軋んだだめ、そこに視線を送った一瞬の間に、猫目のかわいらしい女の子が徳の目の前に移動していた。

 そして、それに驚く間もなく女性と共に大号泣のデュエットを奏で始める。

 ――美しいハーモニーかと問われれば「ノーコメント」と答えよう。――




 

 現実逃避は置いといて…、…え?なにこれ。どういうこと?ってかここ何処?この方々はどちら様…?

 徳の記憶が正しければ、先ほどまで施設の自室に居たはずである。

 どうすればよいのか分からず、徳の目は自然と泳ぐ。


 小さな文机(ふづくえ)と花瓶には新鮮な花。なぜか床の間には不釣り合いな大きな十字架。欄間(らんま)の緻密な細工や(ふすま)の水墨画などは大層ご立派である。結構なお金持ちな方のお屋敷ようだ。

 周りを見れば見るほど、なぜ自分がこんなところで寝てたのかと戸惑うのと同時に少しの懐かしさを感じ、徳はさらに訳が分からなくなってくる。



 


「徳、様が…!湖に落ちた時…!私はもう、心の蔵が止まるかと思いましたっ…!」

 初めて見るような、懐かしいような、不思議な感覚で周りをきょろきょろと見渡していると、猫目のかわいらしい女の子が涙を流しながら私に訴えかけてきた。


「…あの時、私も、池に飛び込んだのですが…!徳様はなぜかどこにもいらっしゃらなくてっ…!本当にっ…!私なんて自害すべきであると何度思ったことかっ…!」

「えぇえっ!?ちょ、何の話!?というか、自害ってそんな物騒な…。」

「水面を覗いている徳様の一番近くにいたのにっ!徳様の落水をお防ぎすることができなかったのです!当然の報いであります!!」

 猫目の女の子は感情が抑えきれない様子で、涙を散らしながら早口で物騒なことをまくし立てている。小柄でややふくよかな女性はずっと横で泣いており、とてもカオスな状況だ。何が何だかわからない徳にとっては、とりあえず状況を説明してほしい。




「…えぇっと、ごめんなさい。…よく状況が分からないのですが……、とりあえずここはどこなんでしょうか…?」




 徳の一言に、ピタリと時が止まったように二人が固まった。




「…も、もしや、記憶が全く…。」

「や…、というよりかは…、いったい何の話やらで…。」

 

 記憶はバリバリある。


 今日はめぐさんとケーキを作る予定で急いで帰ってきた。で、さっきまで自室にいたはずだ。うん。間違いない。…はず…。

 徳はあまりに自身の記憶と現在の状況が違い過ぎて、頭の中で思考が尻すぼみになる。


 先ほどから自身を徳様と呼ぶ二人。私は「()」だけど、この二人が指し示す「()」とは自分でいいのだろうかと思案する。

 そもそも二人のことを知らないし、湖に落ちたとかよく分からない話が出てきて、話が噛み合わず居心地が悪い。

 そんな気まずい空気が流れている最中、ふと肩口から落ちてきた自身の髪を見て徳はぎょっとする。



「えっ!?な…、何この色…!?」

 気づけば着物を着ている自身にも戸惑うが、それよりも髪色が金よりも淡く白みがかっていることに驚きが隠せない。金でも、ベージュでもない、なんとも言えない色だ。



「…あ…、…それが、本当につい先ほど…、徳様が目を覚まされる直前に、黒髪からその髪色へと変わられたのです…。」

 そう伝える小柄でややふくよかな女性の表情にも戸惑いがみらえる。



 徳は信じがたく、本当に自分の髪なのか地肌から髪を手櫛で梳かすように確認するが、触った感覚はいつも通りである。違うのは見た目だけ。そんな徳の様子を見ながら小柄でややふくよかな女性は説明を続けた。彼女の涙は落ち着いたようだ。


「徳様があの日、湖に落ちた後…――、」

「あ…、その…。」

「?…なんでしょう?」

「いや、湖に()が落ちたんですか?」

「…はい。あの時、徳様が湖の中に落ちてしまわれて、皆で湖を隈なく探しても見つからなからず…。半刻ほどたった時、急に湖の中央にお身体が浮いてこられたのです…。」

「…ん?」

「信じがたいでしょうが、事実です…。その場に居た皆が光り輝きながら浮かんでこられる徳様を見てらっしゃいます。」

「んん?光り輝く…?」

「…?」

「あ、いえ…。何でもないです…。」

「その後、急いで徳様を地へ上げたのですが、息も鼓動もあるのにどんなに刺激しても目を開けられることはなく……、それからはずっと目を覚まさずにおられました…。あれから今年で8年…――。」

「えっ!?8年!?」

 徳はついに叫んでしまった。先ほどから話が奇想天外過ぎて頭が付いていけてない。

「ちょっ、ちょっとまってください!8年寝てたの!?この身体が!?ここでっ!?」


(――通りで身体の節々が軋むわけだわ!って8年も寝てたら軋むどころじゃないでしょーよっ!ってかそれ絶対人違いっ!でもなぜここで寝てた私!?)

 脳内セルフツッコみを入れながら混乱している徳を気にすることなく話は続く。


「はい。8年間眠った状態でした。その間はこの侍女の千代と私、乳母(めのと)の松で姫様のお世話させていただいて…――、」

「え!ちょ、ちょっとまって!姫様ってなに!?」

 疑問だらけの現状だが、今の発言を聞いて「小柄でややふくよかな女性」改め、「松」の話を徳は再び遮る。その松は少しだけ寂しそうな表情を見せた。


「…そのことも忘れてしまわれたのですね。…しかし、確かに、湖に落ちた時が幼かったのですから、覚えていなくても無理はありません…。」

 松は話を一区切りさせ、背筋を伸ばして強い瞳で徳を見つめる。



「あなたは越前国(えちぜんのくに)敦賀城(つるがじょう)主、大谷吉継(おおたによしつぐ)の娘、大谷徳姫様であらせられます。」

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