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序章

 


 湖の奥底。きらきらと光り輝く帯状のものが()の目に入った。





 城の背後に位置する森の中。そこに透明度の高い綺麗な湖がある。

 広大と言うには小さく、こじんまりというには広い。しかし、深さについては皆口をそろえて「恐ろしいほど深い」と答えるような、底知れない湖。その湖の奥に何かが煌めいている。




「とくさま、なにか見つけましたか?あまりみなもに近づきすぎてはいけませんよ。」




 

 

 『とくさま』と呼ばれ、その時代にしては大層質の良い着物を着ている童女、(もとい)、徳は、自身よりも幾分幼ない子に声をかけらる。

 しかし、耳に幕が張ったような、遠くで話をされているような、とりあえず、徳は注意を受けても、その深い湖の中でキラキラと輝くものから意識を逸らせずにいた。




「布…?」

「へ…?なんでしょうか?」



 徳の視線の先でキラキラ、ひらひらと揺蕩(たゆたう)うものは、暗い湖の奥底にあるはずなのにそこだけ輝いて見え、しかし、本当に奥底にあるのかも覗けば覗くほど良く分からない。奇怪と一言で括るには難しい、何とも言いようのない雰囲気を放っている。





ドクンッ





「…っ!」


 それは突然だった。長閑(のどか)に揺蕩っていたソレは、産声を上げたかの様に徳の視線の先で脈を打つ。

 そして次の瞬間、その様を見やった徳は、大きな水しぶきをあげて勢いよく湖の中へと落ちた。



「とくさま!!」

「姫さま!?」




 湖の上では悲鳴が上がり、従者は慌てて湖に飛び込んだ。

 きっと徳が謝って湖に落ちてしまったと思っているのだろう。しかし、事実は異なった。





(なに…?どんどん、あの布に引っぱられてる…――。)




 徳の身体は、湖の奥底で光り輝く何かに勢いよく引き寄せられていた。

 しかし、なぜか(よわい)5つでしかない幼子である徳には、恐怖心など微塵もないようで、自身もソレに惹かれる様に小さな腕を一生懸命に伸ばす。






(あと少しで、とどく…!)


 ソレは半透明で、帯よりも薄く、柔らかく、てぬぐいよりも長い。

 ソレがいったい何なのかは分からないが、何故だか徳は、ソレがとても美しく、懐かしく感じたのだ。



(よしっ!つかんだ!)





―――パァッ―――



 それを手中に入れた瞬間、まばゆい光が発生し、徳は思わず目を細める。

 かろうじて開く瞳で右手でつかんでいるそれを見ると、手の中からきらきらと金粉のように砕け散っているではないか。

 驚く徳をよそに、その黄金に輝く金砂は徳の周囲を覆うと、ひときわ強く発光した。その強い光によって、ついに徳は目を開けることができなくなった。




















「とーーく!何ボーっとしてんの?帰ろう!」


 気づけば教室にいる生徒は半数以下になっていた。終礼を終えたのはいつだっただろうか。徳にとって唯一の友人である朱里(しゅり)が声をかけながら教室へと入ってくる。


「…なんか、すっごく懐かしい夢見た気がする。」

「なに?目を開けたまま寝てたわけ?」

 何の夢を見たのか忘れてしまったが、徳はなんとなく右手が気になり右手を握ったり開いたりを繰り返す。

「なんでもいいけど、今日は予定があるから早く帰らないといけないんじゃなかった?」

「あ、そうだった!今何時?早く帰らなきゃ!」






 いつからそうだったかはっきり覚えていない。

 気づいたときには児童養護施設が徳にとっての家だった。

 親はいるけど、養育不能で一時的に施設に住んでる子や、親が夜勤めなので夜だけ施設で過ごしている子。子どもたちが施設を利用している理由は様々あるが、徳の理由はまた別だ。


 徳は、自身の親が誰かも分からないし、記憶すらない。

 昔は健気に周囲の人から「親について」話を聞いたり、親子連れの家族がいたら目で追って観察したこともあった。いや、あれはうらやましくて見てたのかもしれないが。

 それはさておき、もうこの歳になるとそのことについて気にしたり悩むこともなくなった。


 だが、その記憶にすらない親に対して、『()って名前はないだろう。』とは未だに何度も思ってしまう。

 施設職員曰く、『()()()』という名前が本名で、徳の親がつけたものらしい。

 親との唯一のつながりなので、『何で徳?』という疑問が浮かぶたびにこの訴えは心の奥底で留めてはいるが、もう少し可愛らしい名前がよかったというのが正直な所だ。


 施設で過ごして約8年。

――実際に生まれたのがいつか分からないので、医師による判断で年齢を定めたらしいのだが――現在中学1年生。もう少しで徳は二年目の中学校生活を迎える。







「ただいま~」

 大きな声で帰ったことを伝えると、施設の奥からスリッパの音が近づいてきた。



「お帰り徳ちゃん。学校どうだった?ケーキ作りの準備はできているけど、疲れてない?」

「めぐさんただいま。大丈夫!めぐさんもごめんね。私がケーキ作りたいって言いだしたから…。」

「私は大丈夫よ。ほら。先に着替えてらっしゃい。少し休憩したら作りましょう。」

「わかった~。」

 着替えを促されて自身にあてがわれた部屋へ小走りで向かう。


 めぐさんは外国籍のDNAが入っているのか、クリーム色の髪をしたとてつもない美人の施設職員だ。


 徳がこの施設に来る前から働いているようで、徳にとっては母であり、姉であり、――とにかく、徳はめぐが大好きなのだ。

 めぐも徳を自分の娘のように接し、――実際の年齢差的には歳の離れた姉妹ぐらいだが――調理担当ではないのに、時々徳へ料理を教えていた。

 


 部屋へ着き、徳はスクールバッグをベッドに投げる。すると、勢い余ってバッグの中から一冊の文庫本が飛び出してきた。

「やばっ。朱里のだ。」

 少女漫画の様なイラストが描かれている本を見て、徳は本日朱里と別れる際に話した会話を思い出す。



『はいこれ!この前言った。面白いラノベ。この小説に出てくる悪役令嬢的な人が徳にそっくりなの!』

『なに悪役令嬢()って。しかもその人に似てるって言われても嬉しくないんだけど…。』

『まぁまぁ。一応、美人だって言ってんの。舞台は戦国時代!真田幸村の婚約者があんたで、主人公は真田幸村と恋人関係になる平民の町娘って感じ。幸村は婚約者を正妻として迎えないといけないんだけど、町娘を愛してて、そんでもって正妻は町娘が目障りで意地悪してーみたいな。まぁ、婚約破棄ストーリーの日本版的な?』

『いやいや、もうネタバレしてんじゃん。読まなくてもいい?』


 朱里に手渡された本の表紙を見ると「戦国恋記」と書かれており、中央にかわいらしい女性一人、その女性を守るかのように肩を抱えているイケメン一人、その後ろにクリームイエローというのか、戦国時代に似つかわしくない明るい髪色の美女一人、その奥に忍者みたいなイケメン一人。なんとなく立ち位置で配役が分かったが…


『え、もしかしてこの派手な髪色の子が私に似てるって?』

『そう!髪色黒くしたら全くあんた!しかも名前まで一緒なの!もしかして徳の親って歴史好きだったりしたのかな。あ、でも真田幸村の正妻って正式な名前わかんないのか。とりあえず、ちょっとネタバレしちゃったけど、そんなのどうってことないぐらいめっちゃキュンキュンするし面白いから!これ実はもともとはゲームがあってー…―――』






 歴女の朱里に、――半ば押し付けられたと言ってもいいぐらいの圧で――渡された本が、開いていたスクールバッグの中から出てきてしまったようだ。


「折れてないかな…。」


 経緯はともあれ、一応人様のものなので、雑な扱いになってしまい徳は焦る。

 ベッドの上に鎮座している本を丁重に手に取り、多方面から折れ曲がっていないかを確認する。朱里はこういうの気にしない質だが、徳は気にする方だ。


 本は無事だった。


 ほっと一息つき、手に取った流れで徳はパラパラとページをめくってみた。



「真田幸村」

「大谷徳」



――うん。確かにところどころ見慣れた名前が目に入る。こんな珍しい名前で同姓同名とは。


パタンッ


 徳は()()()()()な自身が気にはなったが、今はそれどころではなくケーキ作りだ。本を学習机の上に置き、部屋を出ようとドアノブに手をかけたその時…―――










―――パァッ―――








「…っ!?」


 背後から眩い光が発生し、一瞬にして部屋中が照らされた。いや、照らすというには語弊がある。鋭い光に包まれているような感覚だ。急いで今背を向けたばかりの学習机を振り返った徳は驚く。

 発光元は今しがた置いたばかりの本なのだ。あまりの強い発光に目を開くこともままならない。目を閉じていても眼球を刺激する強い光に、思わず徳は腕で目を隠し、顔を背けた。その瞬間だ――





 ――身体がふわっと浮いた――






















「…え?……うそ…徳様…?まつ殿!?と、徳様が!!」

「…っ大変!!!千代!吉継様に急いで早馬を!」

「はい!!」







―――キーン―――





(…眩しい…、それに、耳鳴りがしてよく聞こえない…―)


 しかし、バタバタ、ザワザワと周りがあわただしいのは分かる。


(…なんだろう。)

 さっきの目の奥を突くようなまぶしさはないのに、それでも眩しい。

 開くのを拒む瞳をゆっくりと動かす。なんとか開いたものの視界がボヤついてあまりよく見えない。



「徳様!?お目覚めですか!?何てことっ。あぁ。神様仏様ありがとうございます…っ!」

 ボヤつく視界にパチパチと瞬きをしていると、枕元から切羽詰まったような叫び声が聞こえた。

 驚き声のした方をゆっくりと見上げると、30~40代ぐらいの小柄でややふくよかな女性が跪きながら祈るように涙を流していた。――…なぜか布団の上で横になっている私の隣で――






……えーっと…?

どういうこと!!??

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