拠点
2日目 午前9時
〝これより開始24時間後までの途中報告を行う〟
それは、前触れも無く始まった。声の出処ははっきりとしないが360度至るところから聞こえてきた。
おそらくは木や草に似せたスピーカーがセットされているのであろう。
〝脱落小隊数18、内、戦闘による脱落は3つ、罠による脱落は15である〟
伝えるべき事は伝えたとばかりにその放送は終わった。訓練1日目は、実に参加した小隊の半分の脱落という厳しい現実とともに終了した。
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「提案なんだけど今日まではここで様子見をしない?」
朝飯を食べる中そう言ったのは隼人であった。皆の顔に反対の意はなかった。
元々隊の方針は生き残り優先である。せっかく安全な場所を確保したのならそれを活用しない手はなかった。
それに、先ほどの放送を聞いたすぐに外に出るほど精神がタフでもなかった。
だが、だからと言って何もしないでいい訳では無い。
「様子見をするのには賛成だけど何もしないのは流石に時間が勿体無いでしょ? ……だから、私に1つ考えがあるのだけど今日はそれに時間を使ってみない?」
その日の朝食はケイリーの考えの実行計画に使われた。
4人は朝食後、直ぐに計画に取り掛かった。4人、特に男子2人はその顔に最高の笑みを浮かべて部屋を出ていった。
正午、昼食のテーブルに座った4人は午前中の活動報告を行っていた。
壁には〝拠点要塞化計画~爆死覚悟で掛かってこいや!〟と書かれた紙が無造作にはられている。
誰が書いたのかは分からないが素人が素直に上手いと感じるほどの迫力があった。
「まずは、男たちからお願いできる?」
「うん」
隼人は夜空の問に答えると、取っておきの玩具を自慢する子供ように持っていた袋から〝物〟を出し始めた。
出てきたのはペイント地雷が5つ。
「よく、5つも集めれたわね」
隼人の物に素直にケイリーから賞賛の言葉が出る。
だが、隼人はそれには答えず無言でポケットに手を入れると更にペイント手榴弾4つを取り出した。
だが、これに対する女方の反応に思ったほどの驚きはない。最初の頃ならともかく彼女達も隼人や零の性格を把握しつつあるのであった。
隼人と零の午前中の仕事は村、及びその周辺の罠の解除であった。
罠は確かに危険であるがあいにくこちらはトラップマップを所有している。場所のわれている罠など、この2人にかかれば障害ではなかった。
「これは、お土産」
そう言って袋を出したのは零であった。男2人の顔は女2人の反応にがっかりするどころか、メインはこれからだと言うようにまだ笑っていた。
夜空は若干、警戒の色を見せたが零に促され黙って袋を開けた。
「これは……っ! 乾パン?」
今度こそ見せた驚き顔に隼人と零は揃ってハイタッチを交わす。
────1時間半前
零と隼人は村での罠回収から場所を替え、その周辺の森の探索に出掛けていた。
当たり前だが森は村に比べて罠の量、及び種類も多いために作業効率を考えての行動であった。
まぁ、それに加えて若干の気分転換も兼ねてのことなのだが、これは敢えて伝える事でもないであろう。
零が異常に気づいたのは森に出て最初の罠を解除した時であった。
その罠は森では割とポピュラーな落とし穴タイプのものであった、だが、その穴の中を覗くとそ本来仕込まれているはずのペイント地雷はなく、代わりに両手に収まるほどの小さな箱が置いてあったのである。
その後もその、他と違う罠には度々出くわし、その度に箱が出てきたのであった。
────乾パンはその中に入っていた。
「2人とも……まぁなんと言うか、期待を裏切らないわね」
取り敢えずは、と状況を観察していたケイリーであったが2人のこの〝らしい〟行動に自然と笑みがもれていた。
「次は私たちの番ね!」
ここで、話の主役は交代となる。
男たちの戦果に対抗して1人テンションの上がった夜空はその勢いに任せ、何処から持ってきたのか分からない広用紙を机に叩きつけた。
広用紙には昨日から根城としているこの家の見取り図が書いてあった。だが、もちろんこれはただの見取り図ではない。
その証拠に見取り図のあちこちに書き込みがあった。
「これこそ私たちの努力の結晶、〝トラップマップ バージョンキャンプ〟よ!」
そう、午前中女組に与えられた仕事は家、ここは敢えて拠点と言った方が良いだろうか。とにかく彼女たちはここに仕掛けられた罠の詳細マップを作っていたのであった。
屋根裏部屋を含め、拠点の全ての罠を網羅したこの地図の作成はいくらトラップマップがあったといっても簡単な事ではなかっただろう。
トラップマップ バージョンフォレストの弱点は2つあった。1つ目は罠の仕掛けられた場所は分かってもそれがどの高さに設置されているのかが分からないことであった。
これは、野外で行動していた時は余り気にする必要は無かったのであったが、屋内の活動においてはそれを妨げる大きな要因となったであろうことは想像に難く無かった。
2つ目は実際に見て見ないと仕掛けられた罠の種類が分からない事であった。
以上の事により、夜空、ケイリーの2人はアナログに拠点の正確で詳細な地図の作成を行ったのであった。
後は、マップを見て防備の薄いと思われれところに男組が回収してきた罠を再度仕掛けるだけであった。
この作業は比較的スムーズに進み、作業が終わっても外にはまだ爛々とした太陽が居座っていた。
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午後8時、4人は静まりかえった森の中を歩いていた。
罠の設置が終わった後、4人は暫しの休憩を入れることとなったのだが、如何せん皆疲れていたのであろう。4人は太陽の見守る中、揃って眠りについていた。
今は昼間に寝てしまった分目が覚めてしまったため。
「乾パン探しに行こうぜ!」
という、零の一言により行動していたのであった。
朝に決めた拠点での待機は〝乾パン〟という食料によって見事になかったことにされていた。まぁ、そもそも様子見をすることについては皆のモチベーションの低かったために決められた事であるため問題ないと言ってしまえば問題ないのであろう。
森の探索は警戒と罠回収の役割分担された行動により罠の回収の効率を上げ、そして〝敵の早期発見〟に繋がった。
その距離200メートル、こちらが回収班の隼人とケイリーに事態を伝える一瞬の間に敵もこちらに気づいた。
敵の1人が手を挙げて近づいてきた。戦闘の意思はないというジェスチャーであった。
こちらとしても、戦闘はできるだけ避けたいためにこの敵の行動は嬉しかった。
「第九小隊の人たちだよね?」
その問は突然であった。
「誰だ」
それに対するこちらの答えは警戒度マックスの隼人により返された。
現在、第九小隊は孤立状態にあると言って過言ではない。正体を知られているのなら尚更警戒すべきであった。
「俺は第四小隊小隊長、磯崎 昂だ。実は俺はお前たちを探していた」
彼は一度大きく息を吸うと言葉を続けた。
「俺たちと同盟を組まないか?」
強く、冷たい夜風が地面に落ちた葉を勢いよく飛ばした。
風に乗った葉は高く高く飛んでいった。




