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 土曜午後、篤は高杉家玄関前に立っていた。

 扉の向こうは広い吹き抜けの空間でステンドグラスを通したカラフルな光が白い壁や床に反射して美しい。麻子に挨拶していると、心優が廊下の向こうから現れた。


「紀井先生、お待たせしてすみません」

「こんにちは、心優ちゃん」


 紺色の小花模様のワンピースに白いボレロ。心優のお嬢様らしく可愛いらしい雰囲気そのままで似合っていて、これはもう姉のツボど真ん中っぽい。

 さばさばした性格でシンプルなものが好きなクセに可愛いらしいものが大好きなのだ。


「可愛いワンピースだね。よく似合ってるよ。姉の家の雰囲気にもぴったりだ」


 褒め言葉だけは姉に鍛えられたことにちょっとだけ感謝する。姉に対しての言わされた感は多少の抵抗があったが、心優に対しては思ったまま素直に言葉が出てくる。

 だって本当に可愛いのだから。

 篤の言葉に照れて真っ赤になって俯く姿も愛らしい。


「いってらっしゃい。篤さん、よろしくお願いしますね」


「篤…さん?」


 心優がまさかの篤の名前呼びに驚いて母を見る。


「だって、病院じゃないし。先生呼びだとイケナイ関係ぽいじゃない?プライベートなんだから良いじゃない、ねえ、篤さん」

「えぇ……」

「ほら、心優も篤さんって呼びなさい」


 ぎょっとして涙目の心優もまた可愛い。真っ赤なまんまあたふたしている。


「もう、無理に決まってるでしょ!先生行きましよ!」


 そう叫ぶと篤の腕を掴み外へと引っ張り出す。


「あらあら、意外と積極的ね」


 扉の向こうを眺めながら麻子は微笑んで見送った。


 車に乗り込んだところで、ふと我に返った心優はまた慌てた。焦ったせいで挨拶もそこそこ篤の腕を掴んで引っ張ってたのだから自分でも驚く。普段通りの心優なら有り得ない。


「あの、あの…ごめんなさい…私、慌てて失礼なこと……」

「大丈夫、全然気にしてないよ」


 篤は優しく笑って心優の頭を撫でる。そしてその手を頭の上に置いたまま


「でも、篤って名前で呼んで欲しいかな……呼んでみて」


 この手を先に退けて欲しい……でも、手は置いたままさらに心優の顔を覗きこむのだから質が悪い。呼ばなきゃ退けてくれない?

 そう思ったので、恐る恐る……


「あ…つし…さん…」


 って言ってみたら、見たこともない極上の良い笑顔を向けられた。こんなの心臓がいくつあっても足りないかもしれない。微笑まれる度に破裂するかもしれないんだから……


 何を喋ったかなんて覚えていない。

 多分そんなに遠くないはずだから、10分とか15分くらいのはずだけど、時間の間隔なんてぶっ飛んでしまっていたからよくわからなかった。


 清水家は正に夢のお家だった。庭には色とりどりの花が咲き乱れ鮮やかな彩りを添えていた。家も絵本に出てくるような可愛いらしい雰囲気で今にも小人さん達が飛び出して来そうだった。


 車の音が聞こえたのか、棗が出てきた。


「やぁ、いらっしゃい。待ってたよ」

「こんにちは。今日はありがとうございます。

 こちら、高杉心優さん。で、こちらが姉の旦那さんの棗さん」

「こんにちは。初めまして。お言葉に甘えてお邪魔させていただきました。高杉心優です」

「清水棗です。ようこそいらっしゃいました。うん、噂通りの可愛いお嬢さんだね」


 照れる心優を促して室内へと入れば里英が待ち受けていてそのままリビングのソファへと案内される。

 ほどなく棗がアフタヌーンティーの準備を調えて運んでくる。

 手作りらしいサンドイッチ、ケーキ、スコーン、クッキー、ビスケットを並べクリームやジャムを置く。

 姉の好物を皿に取り分けると、心優にも何種類か皿に乗せ目の前に置いてくれる。こんなことをさりげなくやってのける義兄に呆れるが、篤とて心優の為ならやれるかもしれないと自嘲気味に思った。

 もちろん義兄は篤のものまで取り分けてはくれない。今後の参考にと自分で一通り取ってみたが、これがまたいつもと変わりなく美味しい。


 既に離乳食の研究までしていると聞いて呆れるしかなかったが、幸せそうな二人に安堵する。

 心優もすぐに打ち解けて緊張しつつも楽しく過ごせているように見えた。

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