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「力を入れたりしたら、まだしばらくは痛むと思うから安静にして無理しないように。

 深呼吸もまだしばらくは難しいかもね。浅い呼吸をゆっくり心掛けて。

 体育は見学するよう診断書書いてるから。

 それと咳とかも響くと思うから風邪とか感染症には気をつけて。

 何かおかしいと思ったらすぐ受診して。

 じゃあ、一週間後に……」

「色々ありがとうございました」

「おだいじに」


 言いたいことはいっぱいあったのに、言いたいことは言えなかった。当たり障りなく退院の挨拶をして心優の部屋を出る。

 いつまでも居座るわけにいかないし仕事は山ほどある。


 あとでメールするか……


 それしかないのが悲しいところだが、それがあるのが有り難い。

 それなりに賢い脳味噌は知り得る限りの心優の個人情報を全て記憶しているが、仕事上の規則や倫理に引っかかるので迂闊なことはできない。


 いろいろ縛られてるよな〜

 恋愛とストーカーが紙一重って恐ろしい。結局相手の受け取り方次第だもんなぁ〜


 ため息をついていれば姉からメールが入った。ランチのお誘いだ。

 ただ、席についた途端に姉は高飛車に言い放つ。


「この愚弟、どうせデートのひとつも誘ってないでしょう。私が来月から産休に入るから自宅に招待してあげる。あなたは送り迎えよろしく。ここはおごりなさい」

「ありがとう!で、いつ?」

「基本いつでも良いわよ。二人で相談して決めてちょうだい」


 持つべきものは察しの良い姉か、でも色々コントロールされそうだよな〜いざとなったらこっちの方が切り捨てられそうだ。

 でもチャンスはチャンス。有り難くメールした。送信内容が出来たことが嬉しい。

 だいたい若い子のメールなんて殆ど意味のないものの方が多いだろうに、後ろめたさが邪魔するのか無駄に思い悩む篤であった。


『ひさしぶりの自宅はどう?

 姉が来月から産休に入るから、自宅に遊びに来ないか?って言ってます。

 どう?一緒に行かない?』


 速攻既読になり返信がきた。


『うれしい』『ありがとうございます』『ぜひ!』


 篤の送った長文と心優からの返信の単語の羅列に年齢差を感じたが頑張って送る。


『僕が送迎するから

 来月の土日、いつが良い?』

『そんな!悪いです』

『大丈夫、姉命令だし(笑)』

『ありがとうございます』


 そんなやり取りをしつつ、既に知っている住所を聞き出す。まどろっこしいが個人情報は本人から教えてもらわないことには使えない。こんな時、自分は融通が利かないなと思う。棗さんならなんの躊躇もなく全データを抜き出すだろうに。

 堅実な小心者だと自分でも思う。


 それからも毎日頑張ってメッセージのやり取りを続けつつ、心優の両親に連絡を取り面会を取りつけた。

 そして某日、心優の父である高杉良介氏が経営する会社に訪問した。秘書の案内で応接室へ入った途端まず頭を下げる。


「本日はお忙しいところお時間をお取りくださりありがとうございます」

「いやいや、心優が大変お世話になりまして本当にありがとうございました。先生には本当に感謝しているんです」


 挨拶の後座れば、すぐさま秘書がお茶を出し退室した。

 当たり障りない語らいの後、篤が切り出す。


「来月、心優さんが姉のところへ行く件はご存知でしょうか?」

「清水家だそうですね。あの、娘がお邪魔して本当に良いんでしょうか?ご迷惑をかけたりとか……」


 さすがは経営者だけのことはある。清水家のことはちゃんと知っているらしい。虎の威をここは借りると算段する。


「それは姉が言い出したことですからお気になさらず。それに本邸ではなく、姉の趣味丸出しのドールハウスみたいな別宅というか離れですから気楽に来てくだされば……私が送迎しますので。

 それで、二つほどお願いがありまして今日はお伺いしました」


 その言葉に双方が姿勢を正す。


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