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王太子のお嫁さん。~ときどきお兄ちゃんと妹~17

 アルベルトがクリスティーナを迎えに来たのは、トビアスが去って間もなくだった。王宮内に配置されている護衛兵らに場所を聞いて来たのだろう。彼は物音に気づいて振り返ったクリスティーナと目を合わせると、傍らで案内していた護衛兵にここまででいいと言って下がらせ、近づいてきた。

「こんなところまで来るなんて、珍しいねクー。イベリスの花が見たくなった?」

 禁域手前の庭園入り口に佇んでいた彼女は、はっとアンナとマルクスに目を向ける。イベリスの庭園を楽しんでいたのは、クリスティーナではなく彼らだ。

 間近まで近づいたアルベルトは、彼女の後ろから庭園内を覗き込む。そして沈痛なため息を吐きだした。

「……何をやっているんだ、あいつらは……。あれではまるで、ただの恋人同士だ」

「あ、アルベルト様……っ、もう少しだけそっとしておいても……」

 二人は楽しそうに微笑みあっていて、邪魔をするのは不憫だった。あとで呼びに行ってもいいのではと取りなそうとするクリスティーナの手を握り、彼は二人の元へ向かう。

 横目にこちらを見て、眉尻を下げた。

「もうすぐ対面の時間だからね。悠長におしゃべりさせて遅れては、トビアス王子に失礼だ」

 あちらは無礼なんてものではなかったが、ノイン王国の王子として、アルベルトは同じ振る舞いを返す気はないようだ。

 クリスティーナたちが近づくのに気づき、二人が振り返る。マルクスは穏やかな笑顔で手を振り、アンナは少し頬を染めた、愛らしい表情だった。

「やあ、アルベルト。もう時間? 早いね」

 アンナと話していると、時が過ぎるのを忘れてしまうのだろうか。アルベルトと共に過ごすと、よくある感覚を思い出し、クリスティーナは目を細める。

「とっくに予定時刻だ。イレーネ嬢の準備はいいのか?」

「ああ。母に一張羅を用意されて、こんなはずじゃなかったのに……とかブツブツ文句言いながら控え室に閉じこもってるよ」

 イレーネはきっと、使い古したドレスがよかったのだろう。トビアス王子に乗り気でないと伝えるには、その方がより効果的だ。

 アルベルトの質問に肩をすくめて応じたマルクスは、立ち上がってアンナを振り返った。当然の仕草で手を差し出し、彼女が立ち上がるのをエスコートしながら尋ねる。

「アンナ姫はどうしますか? トビアス王子は苦手でしょう。同席しなくても大丈夫ですよ」

「も……もちろん同席しますわ……っ。あの方が失礼な真似をしたら、咎める者が必要ですもの!」

 どぎまぎした様子でマルクスの手をとった彼女の発言に、アルベルトが目尻を痙攣させた。

「……咎めなくていい。無礼はそのまま放っておくように」

「でも」

「――いいね、アンナ」

 これ以上、ややこしくしてくれるな――。

 アルベルトは本音をありありと顔に乗せ、強めに言い含めた。



 イレーネとトビアス王子の対面の場は、謁見の間となった。通常であれば貴賓室などを使うのだが、狭い室内だと何かあっても動きにくいから――とはアルベルトの言葉だ。

 ――〝何か〟って何かしら……。

 護衛が開けた扉から、広々とした謁見の間にアルベルトと一緒に入ったクリスティーナは、背中に冷や汗を伝わせる。

 謁見の間の壁際には近衛兵が十五名ほど配置され、出入り口から数段上にある玉座へ敷かれた朱い絨毯の先には既にイレーネがいた。トビアスの元から逃げ出してきた割に、予定はきちんと守って、時間通りに控え室から出たようだ。

 無理矢理引っ張り出さねばならない事態にならずにすみ、クリスティーナの隣を歩くアルベルトは、安堵の息を吐く。

 夜空を彷彿とさせる紺の髪に、澄んだ空色の瞳。よく似合う白と青の布地で作られたドレスに身を纏った彼女は、これ以上ないほど弱り果てた顔をしていた。

 クリスティーナの後ろをアンナと一緒に入ってきたマルクスが、苦笑する。

「イレーネ、なんて顔してるんだい。嫌なのはわかるけど、今日連れて帰られるわけでもないんだから、そんな怯えた顔をしないで」

 イレーネはびくっと肩を揺らし、今にも泣きそうな顔で言い返した。

「そんなの、わからないじゃない……っ。トビアス殿下は、強引なんだもの……!」

 アルベルトが柔らかく笑って取りなす。

「いや、イレーネ嬢が望まないなら、兵を出して守るよ。相手がどんな身分であろうと、同意がなければ、拉致と同じだからね」

 クリスティーナは奇妙な違和感を覚えて、アルベルトを見やった。

 これまでイレーネが関わる場面では、割と苦々しい表情が多かった彼が、今日は随分優しげな顔をしている。

 ――クララと初めて会った時も、アルベルト様は優しい眼差しで彼女を見下ろし、助力を申し出られていたわ……。

 今回は初対面ではないけれど、しかし急に彼の態度が軟化して、胸がざわめいた。

 イレーネはアルベルトの言葉に明らかにほっとして、その隣にいるクリスティーナと目が合うと、はっと顔を背ける。

 先日、マルクスの家で彼女が泣きながらアルベルトに告白していたシーンが脳裏を過った。

 ――まさか……本当にアルベルト様を慕っているの……? イレーネ様……。

 クリスティーナが青ざめた時、後方から複数の足音が聞こえた。

 イレーネは頬を強ばらせ、振り返ったクリスティーナたちはなんとも言えない表情になる。

 護衛を数名引き連れて謁見の間にやってきたトビアスは、玉座の足下に心細げに佇むイレーネを見つけ、にやりと笑った。

「ああ、やっと姿を現わしたか、イレーネ。これほど俺に手間をかけさせた女も他にいない。褒めてやろう」

 イレーネは蛇に睨まれたカエルが如く震えだし、クリスティーナはそっと彼女に歩み寄る。血の気を失った掌を握った。

「大丈夫よ、イレーネ様……。アルベルト様は嘘をおっしゃらないわ。何かあっても、必ず守ってくださる」

 先程までの疑念はすっかり忘れ、怯える彼女を勇気づけるために小声で話しかける。

 イレーネは泣きべそ顔で、こちらを見返した。

「……やはりクリスティーナ様は、女神様のようにお優しいのですね……」

 泣きそうな顔ながら瞳を輝かせて呟かれ、クリスティーナはよくわからず微笑みを浮かべた。

 女神とは――初対面の時といい、彼女は随分と大げさな表現をする子だ。

 アルベルトとマルクスが彼女の両脇に立ち、トビアスと対峙する。アンナはあまり好きじゃないからか、クリスティーナの後ろにこそっと隠れた。

 トビアスは他者は気にせず歩み寄り、数歩離れた場所で立ち止まる。エメラルド色の瞳を細め、すいっと手を差し伸べた。

「さあ、イレーネ。私と一緒に国に戻ろうか。マルクスとの婚約話も、どうせ結ぶ気などないのだろう? 諦めて私の側室になれ。退屈させぬよう、責任を持って愛してやる」

 彼の瞳は愛情など宿しておらず、冷ややかだった。

 誘われたイレーネは、ひくっと頬を引きつらせ、震える声で答える。

「お……お断り致します……トビアス殿下……。わ、私は……っ」

「――残念だが、マルクスはお前一人のものにはならない。ここ数日観察したが、他の女性にも気を持っている様子だ。婚約を結ぶ前から浮気心のある男など、結婚したところで不幸になるばかりだぞ」

 どの口が言うのか――。

 誰もが内心を押し隠しきれず、唖然とトビアスを見返した。クリスティーナのドレスを握り、背後に隠れていたアンナが呆れて言った。

「貴方だって、最初から側室になれと言っているじゃない。これから正室を迎えるつもりでしょうに、貴方は浮気者じゃないの?」

 アルベルトが渋面になるも、時既に遅しである。トビアスはアンナに目を向け、口角をつり上げた。

「俺は王になる予定だからな。私の国では、王は妃を三人持たねばならない。これは浮気心ではない。妃の他に手を出そうなどとは考えていないよ、アンナ姫」

 持たねばならないなら仕方ないような――しかし最初から側室予定というのも、不誠実なような――。

 イレーネはどう感じたかしら、と見やったクリスティーナは、眉尻を下げた。彼女は顔色を悪くしたまま、小声で言い返していた。

「……私は、私一人を妻としてみてくださる方が……いいのです……」

 ――これは絶対に相容れない。

 三人の妃を持たねばならない男と、一夫一妻制を望む女性では、わかり合うのは永遠に不可能。

 トビアスは眉を上げた。

「なんだ? 聞こえなかった、もう一度言え」

 本当に聞こえなかったのか、威圧なのか定かでない命令に、イレーネはびくっと肩を揺らす。彼女はおどおどと視線を彷徨わせ、マルクスを見たあとに、アルベルトを凝視した。

 今度はクリスティーナが再び青ざめる番だった。

 確かにマルクスは女性慣れしていて、浮気される可能性はゼロではない。一方アルベルトは、一夫一妻制を敷いた国の王子であり、国民の崇敬と指示を集めねばならないため、無論結婚後に浮気はしないだろう。

 イレーネは「ううう」と小声で呻き、ぎゅうっと目を瞑って声を張った。

「わ、私、本当は……っ、あ、アルベルト殿下をお慕いしているのです……!」

「――あれ、そうだったっけ?」

 マルクスが先日と同じ反応をし、アルベルトがビシッと眉間に深い皺を刻んだ。トビアスは怪訝そうに眉を顰めてアルベルトを見やり、そして当の告白をしたイレーネは、カエルがひしゃげたような声を漏らした。

「――ひょぇ……っ」

 カツリ、と床を踏む音がした。クリスティーナは視線をトビアスの向こうに向け、きょとんとする。

 見事な黄金の髪に、トビアスと同じエメラルド色の瞳をした青年が、手首のカフスを整えながら謁見の間に入ってくるところだった。青年は金糸の入る漆黒の軍服に身を包んでいて、その形にクリスティーナは既視感を覚える。どこかで見たことがある――。

 どこだったかと記憶を辿っていると、青年は顔を上げた。随分端整な造作だった。眉は細く、瞳はアーモンド型。七三に分けた長い前髪が、片方の目を覆い隠し、ほんの少しミステリアスだ。

 彼は謁見の前にいる面々を一通り見渡し、イレーネに柔和な笑みを浮かべた。

「そうだったんだ? 知らなかったな」

「ち、ちちち違……違……っ、違いま……!」

 イレーネはまともな言葉も出ぬほど動揺し、挙動不審に首を振る。しかし青年はさして彼女に興味がない素振りで、トビアスへと視線を向けた。

「兄さん、他国で騒動を起こしちゃまずいよ。イレーネは美しい子だけれど、彼女に固執せずとも、兄さんなら多くの美姫が喜んで妃にと名乗りでるよ」

 クリスティーナは目をぱちくりさせる。

 兄さんと呼ばれたトビアスは、煩わしげに弟を睨み据えた。

「なぜここにいる――フェリクス」

 フェリクスとは、もう一人の隣国王子の名前だ。昔見せられた絵画の中に、隣国の制服が描かれていた。ノイン王国のそれと違って、詰め襟で堅苦しい雰囲気だった。

 既視感の理由に納得した彼女は、イレーネの様子に戸惑う。

 先程まで思考もままならぬほどの焦り具合だったのに、自分から視線が逸らされると、今度は真剣な眼差しでフェリクスを見つめていた。

「……アルベルト殿下にお声がけ頂いてね。兄さんもノイン王国に留まる予定だから、数週間ほど滞在してはどうかと」

 フェリクスが苦笑交じりに応じ、クリスティーナはアルベルトを見上げる。彼はこそっと耳打ちした。

「マルクスに提案されて、呼んだんだ。フェリクス王子は兄と違って穏やかな性格で、場を取りなすのが得意らしい。今日に合わせて来て貰ったから、強行軍になっただろうけどね……。到着次第すぐ案内するように手続きしてたから、さっき君には庭園で待ってて貰ったんだ」

「そうだったのですか……」

 頷いたクリスティーナは、目眩を覚えそうになりつつも、なんとか自我を保つ。

 謁見の間には、いつの間にか王子が三人と、女性慣れした男性が一人いた。どの青年も見目麗しく、そして話題の中心はイレーネである。

 ――……やっぱり、セカンドだとかネオだとかが、始まっているの……?

 どうにもゲームの世界が再び繰り広げられていそうな光景に、クリスティーナはじわりと涙を滲ませた。

拙作をお読みくださり、ありがとうございます。

久しぶりに書けました。書けてよかったです。でも時間かかりすぎで申し訳ありません。

こちらの連載は精神的に余裕がないと全然書けず……。

ちょっと前回と辻褄があってなかったので、前回の方を少し修正しています。すみません(^^;)


フェアリーキスピュア様、ティアラ文庫様、ヴァニラ文庫様等でいくつか書籍も刊行頂いておりますので(いずれも鬼頭香月名義になります)、こちらも読んでみて頂けますと幸いです。

それでは、また次のお話で。

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