第3話 異世界の勇者
母さんの言った言葉の意味を理解できなかった。
「……いや、はぁ?」
「だから異世界帰り」
「いや、待て。何言ってんの? 異世界? えっ? なに?」
「なんで理解できないの。異世界に理解あるってさっきて言ってたでしょ」
「理解はあるけどそれはアニメの話しだろ」
「じゃあアニメであったことが現実で起こったって納得しなさい」
「なんだそりゃ……」
この母親は何を言ってる? 明日香が異世界に行ってて、最近帰ってきたって言ってるの? 正気か?
「なんの冗談だよ」
「冗談じゃないって」
母さんの目は、本気の色をしていた。少なくともからかっている顔じゃない。稀に見る真剣な表情。
そうなると余計に怖いんだけど。
「母さんがさっき言ってた剣とか魔法とか、明日香はそういう異世界に行ってたってこと? じゃあ叔父さんと一緒に海外に行ったって」
「それは嘘。本当は行方不明だったんだけど、最近帰ってこれたみたい。だいたいそんな感じ」
「だいたいってなんだよ」
「説明してる時間がないの!」
今にも家を出たいと焦る母さん。
混乱している俺の横で、明日香は少しだけ気まずそうに目を伏せていた。
だが、明日香が否定しに入って来なかったということは。
「……本当なのか?」
思わずそっちに聞く。
明日香は少し迷うように睫毛を伏せてから頷く。
「信じられないのはわかる。けど、本当のことよ」
「ああ、そうか。……いや、わかんないけど」
「そうよね。私が勇者だったなんて、信じられないわよね」
「頼むから今は余計な情報を増やさないでくれ……」
いいから、勇者だったとか今はいいから。
頭から煙が出そうになっている俺を見て、明日香は静かに頷いた。
「いきなりこんな話をされて、信じてだなんて言わないわ。私も向こうの世界に行った時は、理解するのに時間がかかったから」
落ち着いた声だった。
ふざけた様子も、俺を試すような感じもない。自分の経験からか、理解するのは難しいと、むしろ俺に寄り添ったような言い方。
だからこそ、嘘を言っていないということが伝わって来る。
「じゃ、母さんはもう行くからね!」
「マジでこのタイミングで仕事いくのかよ」
「細かい話は夜にする! とりあえず二人で炒飯食べて仲良くしてて! あんた達を養うために母さんは働かないといけないの!」
「絶妙に止めにくい理由を盾にしやがって」
母さんは俺の制止を軽やかに無視して、さっさと玄関へ向かっていく。
「明日香ちゃん、何かあったら伊吹に言ってね!」
「はい。わかりました」
「伊吹、変な意地張らないでちゃんと優しくしなさいよ! 頭を柔らかくしなさい! あんたが頼りなんだからね!」
「ならもうちょっと俺に優しく説明して行ってくれ」
「行っています」
それだけ言い残して、母さんは出ていった。
玄関が閉まる音がして、家の中に静寂が流れる。
数秒の沈黙。
俺は、なにを考えればいい? なにを思えばいい? どうすればいい?
「……」
「……」
答えが出ない。そして気まずい。思わず現実逃避として外を眺める。
空が青い。天気がいい。洗濯物を干した甲斐がある。
なんて、現実逃避している場合じゃない。海外に行っていた従妹が突然帰ってきた。しばらくうちで暮らす。しかも本当は海外に行ってたわけじゃなくて、異世界帰りの勇者らしい。
……冷静に考えたら勇者って凄くね? マジかよ、勇者と同じ血が俺にも流れてるのかよ、なんか強くなった気になってきた。剣とか振り回せそう。
違う違う。そうじゃない。冷静になれ、西条伊吹。
俺は窓の外に広がる青い空から視線を外し、ひとまず目の前の現実を見ることにした。
俺の目に映ったのは、キッチンに置かれた昼ご飯だった。
「とりあえず、炒飯。冷める前に食うか」
「……ええ。そうね」
「異世界とか勇者とかは、そのあとで考える」
「その方が私もいいと思う」
あっさりとした同意。つまり異世界帰りだの勇者だのは否定しないということか。ここまで来て『やっぱり嘘でーす!』なんて言わないだろうけど。
俺にいま必要なのは、冷静な思考と落ち着いた心だ。




