色恋沙汰はババをも喰わぬ。
『廿漆 刹と梓 』以降にあった話です。
※本編から移動させました。
これは、 里に来てしばらく経った、ある夜の男たちの話である。
夕飯も済ませ、仮家の大広間の灯りの下、皆が輪になって座っていた。
題目はただひとつ――「色恋」について。
皆も、思春期真っただ中のお年頃。気にならないわけがない。
だが、あいにく、この里には老婆の紅梅しか女子はいない。
紅梅など、女として眼中すら値しない。論外。
皆は「色恋」というものが全く持ってわからなかったのである。
火緒が、いつになく真剣な声音で切り出した。
「なぁ……お前ら。恋って、しっとるか?」
普段のお調子者ぶりからは想像もつかぬ口調に、一同の視線が集まる。
皆、一斉に首を横に振る。
「俺ら、女言うたらばあちゃんしか知らへんやん」
「いや、あれは女やない」
火弦が的確にツッコミを入れる。
「おい、薬問屋の結さんもいるぞ?……いでっ!」
刹の"結"発言に、梓が思わず刹の足をつねる。
「あの女は、空間が読めないから嫌いだ……」
梓がそっぽを向く。
「確かに、あの人は天然だからな。女……としては、どうかな?」
刹のその発言に、梓は機嫌を直してにんまりする。
「あかん……。俺らの周りには、圧倒的に女子がおらなさすぎや……。野郎ばっかで、恋愛話……」
「辛すぎやろ」
ふと気づいてしまった絶望感に、双子は打ちひしがれる。
「刹兄と梓は、すでに出来上がっとる(?)からいいとして、朔はまだまだお子ちゃまや」
「やっぱ、俺ら……虚しすぎんか?」
再び双子は、絶望感に打ちひしがれる。
「見てみいや、揃いの組紐とか……」
「あー、やってられへん」
刹と梓は互いに背を向け、顔をあからめる。
「あかん! 気ぃ取り直して! ええか? 恋っちゅーんはな、胸が無駄にどきどきして、顔が赤こうなるらしい。恋人になったらな――手を繋いで……」
息を呑むように皆が耳を傾ける。
火緒は声をひそめた。
「くっ……口吸いするんやと!」
きゃーっと声を上げ、手で顔を隠す火緒。
朔はぽかんと口を開けたまま、頭の中でその光景を想像していた。
(――お互いに口を吸い合う……?……痛いのだろうか?)
火弦は「ふふん」と、興味深そうに少しニヤついただけだった。
その隣で、梓が刹に体を寄せ腰をつつく。
腰をつつかれた刹は、うつむいて肩を震わせた。
すでに“毒事件”の折に唇を重ねたことがある二人。思い出すだけで血が頭に上り、刹はまともに目を合わせられなかった。
「いやいや、お前らのは口吸いやのうて、ただの人助けやから。ゲロつきの口吸いらーてっ」
火緒が、「ちゃうちゃう」と鼻で笑いながら、ツッコミを入れると、梓の冷めきった目が火緒を捕らえ、刹のただならぬ殺気が襲いかかる。
と、その時。
ガラッ。
勢いよく仮家の戸口が開かれた。
「野郎ども……アホな話ばっかしてないで、はよ寝ろ」
玄瑞が大あくびをしながら、戸口にもたれる。
「うっさいな玄瑞っ! 今、めっちゃええとこなんやっ! 邪魔せんといてやっ!」
火緒が玄瑞に食って掛かる。
皆も「そーだそーだ」と言わんばかりに、玄瑞に睨みを効かせる。
「しゃーねーなー」と頭をぼりぼりとかきながら、広間に上がってきた。
「じゃぁ、俺がもっとちゃんと、"恋愛"についてすごいこと教えてやんよ」
「玄瑞、経験あんの?」
火緒がバカにした口調で、玄瑞を茶化す。
「お前なぁ。俺を幾つだと思ってやがる! 恋愛はないが、"経験"はあるっ!」
『経験……?』
皆が一斉に首を傾げる。
「おうよ。花街に行ったらな、気に入った女と座敷をとる。そして、そのあと……」
玄瑞師の講義は、事細かく、それは詳細に伝えられた。
時は静かに経ち、夜も更けてゆく。
◇ ◇ ◇
「いやぁぁぁぁぁぁ」
悲鳴にも似た声が上がり、皆が一斉に顔を赤らめ、顔を手で覆い、あちこちに転げ、のたうち回った。
玄瑞の説明が、あまりに現実的で、尚且つ懐から春画まで持ち出し説明を始めたので、皆、思わず呼吸が荒くなる。
その破壊力たるや、思春期のお子ちゃまたちには幾分か刺激が強すぎた。
ただ、一人。朔だけは、どこか、別の世界へ飛んで行った。
「あかん。やっぱ、実戦経験のある師匠は違うわ……」
火弦は、はぁはぁと息を荒らげる。
「っというか、玄瑞。いつもそんな本、懐に持ち歩いてるわけ?」
梓が刹の腕にしがみつき、玄瑞を睨む。
「おうよ! これは俺の聖典だからな!」
「自慢になんねーだろ」
無駄に自慢する色欲魔・玄瑞に対し、刹が庇うように梓の肩を抱く。
「なぁなぁ! じゃあさ、こないだから話題にちょいちょい出とる、ばあちゃんと久造っちゅー爺さんは、どないやったんやろか?」
火緒の発言に、全員一瞬で熱が冷め、冷たい風が吹く。
「ばあさんなぁ……。アレでいて、意外と乙女だからなぁ。あんま、想像したくねぇが……」
玄瑞は「うぇ」っと、苦虫を噛み潰したような顔をする。
「あんま、気色悪い事聞きなや。せっかくの気分が台無しやわ……」
火弦は急に冷静になり、「あーあ」とその場で興醒めしたように寝転がる。
「いやいや。やっぱ、人生の大先輩やん? 百戦錬磨かもしれへんやんっ!」
火緒は、どこかタガが外れたように、明らかに暴走していた。
「だけどよ。ばあさん、ずっと独身貫いてんだぞ? あれ? ……てぇ、事は……しょ……」
皆がごくりと唾を飲みこんだその瞬間。
ドカッ!
玄瑞の鼻先を掠め、杖が柱に突き刺さる。
しん、と静まる一同。
「……はよ、寝ろや」
紅梅が戸口で鬼の形相をしていた。
チッ。
全員が小さく舌打ちしてそっぽを向く。
こうして「恋バナ(?)座談会」は、紅梅の釘(杖)刺しで幕を閉じたのであった。
そして、朔は……未だ、あさっての方向から、戻らない。




