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聖女という名の魔女達  作者: 星降る夜
第3章 真実のかけら

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39 夕暮れに、輝く黄金色


 夕暮れにきらめく黄金色が、3人の距離を少しだけ変えます。

 優しい香りが、思わぬすれ違いを生む回です。


 「……まったく、とんだ手合わせだったな」


 クロード様は呆れたように苦笑しながら、泥だらけの稽古着をはたいた。

 その顔にはまだ泥がこびりついているけれど、怒っている様子はない。むしろ、少し楽しそうだ。


 「フェル、お前も早く洗ってこい。屋敷の湯殿を使っていいぞ」

 「い、いえ! 俺みたいなのが騎士様の湯殿なんて! 井戸水で十分ですんで!」


 俺は慌てて手を振ると、逃げるようにその場を離れた。


 当然だ。クロード様の前で泥を落とせば、面識がないとはいえ、誰かに似ていると思われるだろう。危険は冒したくなかった。


 「……欲のない奴だな」


 クロード様は不思議そうに首を傾げ、そのまま屋敷の湯殿へと向かっていった。

 俺は、ほっと胸をなでおろした。


 よかった、バレなかった。


 「ココ、あとで傷薬を持ってきてくれないか。クロードが擦り傷を作ったみたいだ」

 「は、はい! すぐにお持ちします!」


 ディーンがココを呼び留めて何か話していた。俺も慌てて屋敷の裏へと回る。

その時、あいつが俺の方を見ている事には気が付かなかった。


     ♢     ♢     ♢


 屋敷の裏手にある古井戸。

 今は使われていない石造りの水場は、夕暮れの影に沈んでいた。


 「……あぶねえ、あぶねえ」


 俺は冷たい井戸水を桶に汲み上げると、頭から豪快にかぶった。


 バシャッ!


 冷たさに身震いしながら、こびりついた泥を必死に洗い流す。


 クロードに見られなくてよかった。あいつは勘が鋭い。兄上の親友なだけあって、俺の剣の癖も見抜かれそうになった。


 「……次はもっとうまく誤魔化せるかな」


 独り言を呟きながら、髪に残った泥を丁寧に落とす。

 茶色い泥水が足元に流れ落ち、本来の色が戻ってくる。


 そろそろ潮時かもしれない。母上もしびれを切らしている事だろう。  濡れた髪をかき上げた、その時だった。


 夕日が、濡れた髪を射抜いた。

 泥色だった髪は、光を吸い込んで鮮烈な黄金色へと変わる。

 辺境の平民にはありえない、王冠のような輝き。


 「……ふぅ」


 俺がタオルで頭を拭こうとした、その瞬間。


 「――綺麗な色だ」


 背後から、静かな声がした。


 「ッ!!」


 俺は弾かれたように振り返った。


 心臓が止まるかと思った。


 そこに立っていたのは、銀色の髪を風になびかせた少年――ディーンだった。


 いつの間に近づいたのか、全く気配がなかった。


 (ゆ、油断した、聞かれた!?)


 俺は反射的にタオルで頭を隠そうとした。ココは知らないが金髪は珍しい。隣国の王家の色なのだ。


 ディーンの瞳は、すでにその黄金色を捉えて離さなかった。


 終わった。


 隣国の王子が、身分を隠して潜伏していたことがバレれば、ただでは済まない。


 俺が身構え、言い訳を口にしようとした時だ。


 「……不思議だな」


 ディーンの声には、敵意も、警戒もなかった。


 あるのは、深い――底なしの海のような、静けさだけ。


 彼はゆっくりと一歩近づき、俺の濡れた髪を見つめた。


 「この辺境にはない色だ。……太陽を溶かしたような、眩しい金」


 ディーンは、自分の銀色の髪を一房すくい上げ、自嘲気味に笑った。


 「俺は銀色のはずなのに。……なぜだろう。君のその髪を見ると、ひどく懐かしい気がするんだ」

 「……は?」


 俺は拍子抜けしたような声を出した。


 てっきり「どこの密偵だ」と詰め寄られると思っていたからだ。


 「胸の奥が、ざわつく。……まるで、ずっと昔に失くしてしまった自分の半身を、ようやく見つけたような」


 ディーンの空色の瞳が、夕陽を受けて揺れている。


 その瞳は、目の前の俺を見ているようで、ここではないどこか遠く――百年も千年も前の過去を見ているようだった。


 こいつは、何を言っているんだ?  


 俺たちは初対面のはずだ。国だって違う。

 なのに、なぜ。

 この銀髪の王子の言葉が、こんなにも切なく響くのか。


 「……買いかぶりすぎですよ、旦那様」


 俺はあえて軽い口調で、タオルを頭から被った。


 心臓の鼓動を悟られないように。


 「ただの地毛です。親からもらった、ね」

 「……そうか。大切にするといい」


 ディーンは穏やかに微笑むと、それ以上追及することなくきびすを返した。


 「風邪を引くなよ。……ココが心配する」


 去っていく銀色の背中を見送りながら、俺はその場にへたり込んだ。


 「……勘弁してくれよ」


 濡れた金髪をタオルで乱暴に拭きながら、大きく息を吐いた。


 あの目。


 全てを見透かすような、けれど迷子のように寂しげな目。


 (……やっぱり、ただの辺境公爵じゃねえな)


 風に乗って、微かに甘い香りが漂ってくる。


 日だまりのような、優しい匂い。


 「……ココ……」


 俺は濡れた髪をそのままに、匂いのする方へと歩き出した。


     ♢     ♢     ♢


 私は、両手に抱えたバスケットを落としそうになった。


 「……フェル?」


 廊下の曲がり角から現れたその人は、さっきまでの「泥人形」とは似ても似つかない姿だったからだ。


 水気を滴らせた髪は、夕闇の中でもはっとするほど鮮やかな黄金色。

 整った顔立ちと、濡れて張り付いたシャツから覗く引き締まった体躯。


 どこかの国の王子様と言われても信じてしまいそうな美青年が、そこに立っていた。


 (……すごい。泥を落とすと、こんなにキラキラしてるんだ)


 私はまじまじと見つめてしまった。


 泥だらけの時との差が激しすぎて、なんだか胸がどきりとする。フェルがいつも帽子を深くかぶっていたせいか、金髪にも全く気が付かなかった。私自身、普段から人の顔をあまり気にしていなかったからかもしれない。


 フェルは気まずそうに、濡れたタオルでガシガシと頭を拭いた。


 「……なんだよ。人の顔見て固まって」

 「ううん、綺麗だなって。泥だらけの時とのギャップが凄すぎて」

 「けっ。どうせ俺は泥の方がお似合いだよ」


 フェルはふいっと視線を逸らしたけれど、その耳が少し赤くなっている気がする。


 彼は鼻をくん、と鳴らして、私のバスケットを覗き込んだ。


 「で? その大量の荷物はなんだ。夜逃げか?」

 「違うわよ。これはクロード様の傷薬。あんなに泥をぶつけちゃったから、かぶれるといけないし」

 「……あー、あいつか。ま、自業自得だろ」


 フェルは悪びれもせずに笑った。  そして、もう一つの小袋を指差した。


 「そっちは? 甘ったるい、眠くなるような匂いがするけど」

 「これはディーン様に。……最近、よく眠れていないみたいだから」


 私は小袋を大事に抱え直した。


 ディーン様の目の下には、薄くクマがあった。きっと、王都での疲れや、難しい夢を見ているせいだ。  だから、特製の「安眠ポプリ」を作ったのだ。これがあれば、どんな悪夢も跳ね除けて、朝まで泥のように眠れるはず。


 「……へえ」


 フェルは何かを考えるように、青い瞳を細めた。


 さっき井戸端で、ディーン様と何かあったのかしら?


 二人が話しているのが遠目からでも分かった。フェルはあまり人と関わらないから、珍しいなと思っていたのだ。


 「ああ、あいつ、何かを探してる目をしてたからな。……でも、今はぐっすり寝た方がいいかもな」


 フェルは意味深なことを呟くと、ポンと私の頭に手を置いた。


 その手は大きくて、少しだけ温かかった。


 フェルはひらひらと手を振って、自分の部屋へと歩いて行ってしまった。


 その背中は、黄金色の髪が揺れて、やっぱりいつもより少しだけ高貴に見えた。


     ♢     ♢     ♢


 その夜。


 ディーンの寝室には、ココが届けたポプリの香りが満ちていた。


 「……いい香りだ」


 ベッドに入ったディーンは、ポプリ袋を枕元に置いて、深く息を吸い込んだ。

 不思議な安らぎが、体の芯まで染み渡っていく。


 (今夜は……久しぶりにあの子の夢が見られるだろうか。懐かしくも、物悲しい想い……)


 夕暮れ時に見た、フェルの黄金の髪。


 何か大切な事を忘れているような……。何だろうか……。


 目を閉じれば、まどろみは一瞬で訪れ、意識は深く、暗い闇の底へと沈んでいく。


 夢を見る隙間もないほどの、完全なる熟睡。


 皮肉なことに、彼が最も求めていた「光」は、彼を最も案じる少女の手によって、今夜はお預けとなったのだった。


 ココの作った「特製ポプリ」の威力は、絶大だった。



 いつも読んで頂きありがとうございます。次回は水曜日に投稿します。「かぼちゃのパンツはもういらない~弱みを握ればこっちのもの!」連載を再開しました。そちらも覗いてみてくださいね。

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