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聖女という名の魔女達  作者: 星降る夜
第3章 真実のかけら

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37 フェルの正装


 手合わせの前に、まずは泥浴びから。

 フェルの受難の朝が始まります。


 その時、背後で微かな衣擦れの音がした。


 「……フェル?」


 振り返ると、朝の光を背に受けて、銀髪がキラキラと黄金に輝いている少年――ディーン様?逆光でお顔がよく見えない。まさか、こんなに朝早く?


 「 ディ、ディーン様!? いつお帰りに?」

 「……たった今だよ。おはよう、ココ……朝早くから、熱心だね」

 「ディーン様こそ、朝早くから……」


 ディーン様から漂う不穏な空気に、言葉を飲んだ。

 彼はいつもの穏やかな微笑みを浮かべているけれど、その双眸は私の背後にあるハーブ棚と、私の手にある空の袋をじっと見つめていた。


 (見られたの!?)


 心臓が早鐘を打つ。夜中に抜け出したことがバレたら、ランツへの「おせっかい」も禁止されてしまうかもしれない。


 けれど、ディーン様の口から出たのは、叱責ではなかった。


「……懐かしい香りがする」


 ディーン様は、遠い山脈を見つめるような瞳でそう呟いた。


 その横顔は、十歳の少年とは思えないほど峻厳で、どこか孤独な王の面影を宿していた。


 「この、干した草のような……少し焦げたような匂い。どこかで嗅いだことがある気がするんだ。百年も、千年も昔から知っていたような……」


 彼は不思議そうに眉を寄せ、自分の記憶の糸を手繰り寄せるように目を閉じた。


 焦げたような匂い……ディーン様が呟く。


 そんなはずはない。私が調合したのは、安眠のための清涼なハーブばかりだ。


 けれど、彼がその言葉を口にした瞬間、私の視界がふわりと歪んだ。


 目の前にいるのは、ディーン様のはずなのに。


 一瞬だけ、燃え盛る焼却炉の前で泣いている金髪の少年が見えた。

 焼け焦げた本を抱きしめて、必死に何かを守ろうとしているようだった。


 (……え?)


 心臓が、警鐘を鳴らすように跳ねる。


 私は、彼を知っている。今のはディーン様?違うわ。ディーン様は銀髪だもの。では、いったい誰?


 遥かなる昔。どこか遠いところで、もっとずっと深く、痛々しい場所で。


 「……ディーン様?」


 「ああ、すまない。……変だな。君がそれを持っていると、胸の奥が熱くなる。……まるで、失くしてはならなかった一番大切なものを、ようやく見つけたような気分だ」


 彼はふっと自嘲気味に笑うと、私から視線を外した。


 その背中は、このルミナリア王国の広大な大地を、たった一人で背負い続けてきた者のように寂しげだった。


 「王都はいかがでしたか?」


 寝不足のせいかしら、さっき朝日と共に見えた幻を振り払うように聞いた。ディーン様は自嘲気味に口角を上げた。


 「相変わらず、といったところだな。ココがもう起きたなら、朝食は一緒にどうだろう」


 聞けば、アルゴ神殿を夜明け前に出て、馬を走らせてこちらに戻ってきたらしい。そんなに急ぐことがあったのかしら?


 不思議に思いながら一緒にダイニングへ向かった。窓から差し込む朝日はまだ低く、テーブルの上を照らしていた。


 私達がテーブルにつくと、しばらくしてクロード様がやってきた。おや?と言うように、一瞬私に視線を向けた。


 「バルドゥが言っていたが……新しい者を雇ったらしいな」

 「フェルっていうの。お花の手入れを手伝ってくれるの。すごく助かっています」


 勝手に雇ったからとクビにされては困るわ。私は慌てて、フェルがいかに優秀かを知ってもらおうと熱弁をふるってしまった。


 「バルドゥが騎士に向いている、みたいなことを言っていたが……」

 「へぇ、それは面白いね。クロード、一度手合わせしてみたらどうだ」


 ええっ!


 困るわ。私のお手伝いがいなくなっちゃう。それに、こっそりと外出もできなくなっちゃうじゃない。


 「わ、私が雇いました。きょ、許可なく他にお譲りできませんわ」

 「ココがお給金を払っているのかな?」


 面白そうに、ディーン様に聞かれて言葉に詰まった。


 「そ、それは、違います。でも……」


 私がうつむくと、ディーン様がポンと私の頭に手を置いた。


 「ココの事は信用している。君から取り上げたりはしないよ。腕を見たいだけだからね」


 そういってディーン様が優しく微笑んでくださった。ほんの一瞬だけ、彼の声がかすかに震えた気がした。

 やっぱり、ディーン様は優しいんだ。むきになって申し訳なかったわ。


 今日はディーン様にも安眠効果のあるポプリを差しあげよう。こっそりと心に決めた。


 「クロード、戻ったばかりだが、早い方が良いと思う。今日の午後はどうだ」

 「構いません」


 何気なくかわされるクロード様とディーン様の会話に、私はただ青くなるばかりだ。


 きっと、フェルは嫌がるに決まっている。お屋敷を辞めてしまうかもしれない。


 どうしよう。私はまだ約束も果たしていないのに……

 

 朝食が終わるや否や、私はフェルを探して庭に出ると、ちょうど厩に行くフェルを捕まえた。


 「フェル、聞いて。クロード様とディーン様が戻られたんだけど」


 フェルはにこやかに手を振っている。


 「お花でも摘んで持っていくのかい?」


 なんて能天気なのかしら。これから自分の身に振りかかることを知らないんだわ。クロード様なんかと手合わせしたらボコボコになっちゃう。泣いてお家に帰りますなんて事になりかねないわ。


 「クロード様がフェルと手合わせしたいっていうの。どうしよう」


 私がおろおろしているとフェルは腕を組んで考えこんだ。やっぱり、悩むわよね。ふと花壇の横にあるスコップに目がいく。


 そうよ、この手があったわ。フェルが怪我をすれば、手合わせは中止になるはず……!


 私はスコップを手にするとフェルに向かって振り上げた。


 「ココ!?な、なに?」


 フェルが焦った顔で私を見る。


 「一瞬だけ我慢して! クロード様にボコボコにされるよりは、きっと痛くないから!」

 「ココ、早まるな。大丈夫だから」


 そういってフェルは走っていく。


 「ちょっと~~待ちなさいフェル~~~!!」


 私がスコップを振り回して追いかけると、フェルは目を剥いて逃げ出した。


 「落ち着けココ! 話せばわかる! その物騒なものを置け!」


 フェルは必死の形相で、後ろを振り返りながら走っていく。その先には、昨日の雨でぬかるんだ、肥料用の大きな穴があるのに気づいていない。


 「あ、危ない!」


 私が叫んだ時には、もう遅かった。


 ズボッ!!


 鈍く、重たい音が響き渡り、フェルの姿が視界から消えた。


 「……フェル?」


 恐る恐る穴を覗き込むと、そこには頭のてっぺんから爪先まで、見事なまでに茶色い泥でコーティングされた謎の物体が横たわっていた。


 「……ぶはっ!」


 泥人形がむくりと起き上がり、目元だけを拭って私を見た。私は顔面蒼白でスコップを取り落とす。


 「ご、ごめんなさい! 大丈夫!?」


 駆け寄ろうとする私を、フェルは泥だらけの手で制した。


 「……待て」


 彼は自分の泥だらけの腕を見つめ、それからニヤリと――白い歯だけを光らせて笑った。


 「これだ。……これなら、いける」


 「え?」


 フェルは立ち上がると、まるでこれから舞踏会に向かう騎士のように、胸を張って宣言した。


 「ココ、スコップは置いておけ。危ないだろう。……最高の『正装』が整ったからな」


 泥まみれの背中は、なぜだかいつもより少しだけ大きく見えた。


 

 いつも読んでくださってありがとうございます。次回は水曜日に投稿します。


 少しお知らせです。

 3月20日から **「かぼちゃのパンツはもういらない~弱みを握ればこっちのもの!」** の連載を再開します。


 もしよろしければ、そちらも覗いていただけたら嬉しいです。


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