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皆でほのぼのと微笑み合っていると、腕に何かがポワンと当たった。伊織が視線をやると、その正体の主はタジアムの長い尻尾だった。
タジアムがそんなことするのは初めてだったので少し、少し驚いて瞳を見開いていたが、その理由がわかった。
タジアムの両手はホットドッグで塞がれていたのだ。これでは尻尾でしなければならないだろう。まあ、ホットドッグを離せばことはすむことなのだが。
『いぼり、いいのが? あやじゅのぼころにいくのじぇは、げはっ』
口に一杯入っているから、何を言っているのかわからない。しかも最後は咽た。
「…………ふ」
小さな背中をトントンしてやっている内に笑いが込み上げる。
いつの間にか口の中のものを嚥下していたタジアムは復活して、失笑した伊織を睨みつけた。
そのじと目加減に、伊織はこれは謝った方がいいと判断した。
「ご、ごめん。でも、面白かったのよ。何を言ってるのかわからないし、しかも……ふっ」
またも笑ってしまった伊織に、タジアムはそっぽを向きながらも台詞を言い直した。
『今夜はあやつの……何といったか、そうだ。セルジオだったか、あやつの所に泊まるのではなかったのか? それともやはりあやつが来る前に逃げるのか?』
「あ……、そうだった。どうしよう」
「何? 何かあった?」
カリーヌが顔を覗き込みながら尋ねてくる。
「今朝ここまで送ってくれた時にギルド長に言われて……」
隠すことでもないので素直に話す伊織だったが、タジアムは深いため息を吐いた。
(また厄介事に発展しそうなことを、素直に話すか?)
などと心中でも深いため息を吐いた。
「ギルド長? 何か言われた?」
「今晩自分の所に泊まれって」
「「「「………………」」」」
一瞬場が静まった。四人の目は驚かんばかりに見開かれている。
そこでようやくしまったと伊織は思ったが、すでに遅かった。
「……」
伊織も居た堪れない気持ちで言葉を発せずにいた。これは完全に誤解されている。そう思ったのだ。
「もしかして、ギルド長。お子様趣味……」
「馬鹿そんな事あるか。この間、飲み屋の女のケツ触ってただろ」
「うん。俺も見た」
「えっ!? そうなの? その女どんな顔だったっ? 美人っ!?」
冒険者の一人は思い出すように顔を少し斜めに上げる。
「えーと、顔は覚えてないけど……尻と胸はでかかった」
「尻と胸……」
ショックを受けているカリーヌは、自分のお尻と胸を見ている。
伊織にとってはとても羨ましいカリーヌの肢体だったが、カリーヌはどうやらそう思っていないらしい。
「もうちょっと頑張らないと……」
さて、何を頑張るのか。
「でも今確かギルド長の所にはオーレリアン様もいるんだろう?」
「ああ、多分ね」
「そう言えば、いつも街にくる時は泊まってた……かな?」
冒険者たちは結構無頓着に情報を与えてくれる。
今後のためにも情報は必要だと伊織は聞きいる。しかし続いた台詞に伊織は慄いた。
「エ、エフルさんも……。タジアム、やっぱり逃げよう」
『うむ、それがいい』
二人で大きく頷き合っていると、急にカリーヌがこちらに顔を向けた。瞳が真剣過ぎて、ちょっと怖い。
「イオリちゃん、他に何か言ってなかった?」
「えーと……」
これ以上何か言うとぼろが出そうである。自分はどうやら他の魔女とは何もかも大いに違うと今朝自覚したばかりだ。話すうちに何かが口からぼろっとでそうで怖い。
でも何か言わないとこの場は収まらないだろう。
「何か言いたいことがあるって……言ってたかな?」
『伊織、何か言いたいではなく聞きたいではなかったか?』
「あ……、そうだった」
しかし少し気付くのに遅かった。これでは誤解してくれと言っているようではないか。
「やっぱり愛の告白じゃねぇかっ!?」
「まさか……ギルド長にもようやく春がっ」
「いやでもやっぱり少女趣味だろう。イオリちゃんが相手じゃ」
カリーヌの方にちらりと視線を送ると、わなわなと身体を震わせている。
そういえば前に渡したお守りの効果はどうなのだ。しっかり持っていたら、効き目があったはずだ。効果があれば、こんなに誤解されることもなかったはず。
まだお守りの効果のほどは、聞いていなかった。だが今がそのチャンスだと思う。今を逃すと少し拙い事態になりそうだ。早く確かめないと。
伊織は気が急いたようにカリーヌに尋ねる。
「カリーヌさん、お守りは? 持ってないの?」
だがカリーヌの耳には伊織の言葉は聞こえていないようだった。
腕に触れて気をこちらに向けさせようとしたが、先にカリーヌが伊織の両腕をガシリと掴んだ。
「イオリちゃん、私も今夜ギルド長の所に泊まるっ!!」
「……え、えぇ~……」
斜め上の言葉が返って来て、情けない声が伊織の口から洩れた。
「うわ……面白そう。俺もギルド長の所に泊まりてぇ」
(うるさい外野っ! 黙っててくれっ)
そう思いながら、伊織は何とかカリーヌの腕から逃れようともがく。
しかしカリーヌの腕は伊織の抵抗にも動じない。真剣な顔がズイっと前へ突き出る。鼻がくっつきそうな距離でこう告げられた。
「イオリちゃん、逃がさないわよ。そしてギルド長は渡さないんだからっ!」
(いや……別に私ギルド長、好きでもないし……)
そう思う伊織だった。
そして思い出す。彼女が今も現役の冒険者で、A級だったことを。
情けない顔をタジアムに向けると、呆れた顔で大きなため息を零しているところだった。




