25話 嬉しいって言ってもらえた
「相生さん……」
女神か何かかと思った。
振り返った先。そこには、どん底にいる俺を救ってくれるんじゃないかと思わせてくれるほどに綺麗な女の子がいた。
――相生秋奈子。
彼女だ。
「やっぱりハル君。なんでこんなところにいるの? ていうか、今日は体調が悪かったんじゃ?」
言いながら、心配そうに俺の元へと駆け寄って来てくれる。
「あ、あぁ……。えっと、体調自体はもう良くなったから……散歩にと思って……」
「散歩? でも、ここ私の家の近くだよ? 散歩で来れるような距離じゃないよね?」
「………………」
その問いに俺は返すことができない。
閉口していると、しばらくの沈黙の後、相生さんは俺の手を取ってきた。
「とりあえず、うちに来て? 病み上がりだし、夜はまだ体も冷えるよ」
拒否することなく、俺は彼女に手を引かれて歩き出した。
〇
「はい、どうぞ。あったかいお茶」
「ごめん。ありがとう」
相生さん宅にて、俺はまたしてもお茶をもらっていた。
今回は冷たいものじゃなく、暖かいものだ。
四人用のファミリーテーブルの椅子に座り、コップに急須でそれを注いでくれた。湯気が立ち上る。
「それで、はい。これも」
「え? スマホ?」
「うん。たぶんもう家出てから割と時間経ってるよね? お父さんでもお母さんでもどっちでもいいけど、電話してあげて」
言われ、ハッとした。
確かにそうだ。適当に散歩してくるとだけ一言お袋に告げて、俺は家を出た。
スマホも持ってきてないし、オヤジはまだしもお袋は絶対に心配してくれてる。
「ごめん。ありがとう。ちょっと借りる」
「うん」
お言葉に甘え、俺は相生さんからスマホを借り、すぐさま電話。
どんな言い訳をしようか一瞬迷ったけど、散歩してたらたまたま友達と会って公園で話し込んでる、みたいな感じで適当に誤魔化すことにした。
連絡を終え、彼女にスマホを返す。
その瞬間に手がわずかに触れ、少しばかりビクッとなった。
俺だけじゃない。相生さんもだった。
「……お、お母さん大丈夫だった? 心配してた?」
「……うん。まあ、心配はしてくれてたけど、何とか大丈夫そう」
「そっか」
そして、流れる沈黙。
暗い夜道を歩き、どん底の精神状態だった俺と、夜道で俺を見つけ、心配してくれてた相生さん。
緊迫した状況から一転、落ち着いたマンションの室内へ入り、それまで忘れていた昨日までのことが一気によみがえってきた。
昨日、俺たちはここで色々やり合った関係だ。
やり合ったといっても、肉体関係を結んだとかそういうわけじゃない。
告白したり、告白されたりをし合った仲だということ。
しかも、相生さんは昔よく遊んだ久木秋本人だということも暴露してくれたわけだし、そういうことを諸々含め、ここでやり取りするのは何というか、緊張するものがある。
結局俺も俺で告白されたけど、返事はあいまいなものしか残さなかったし、今からそのことについて改めて聞かれるんじゃないかとドギマギし始めていた。
「ね、ねえハル君」
「は、はい」
どうやらハル君呼びはもう定着事項らしい。
「……昨日のこと、なんだけどさ」
「……っ。うん」
やっぱりそこか。
そう思ったのだが――
「……その、私が急に色々暴露しすぎて……引いちゃったり……してる?」
「え?」
疑問符を浮かべ、相生さんの顔を見やると、彼女は顔を赤くしながらわたわたし始めた。
「だ、だっていきなりハル君にノロノロケのゲームやらせて匂わせみたいなことしたし、押し倒したりもしたし、久木ですってこと言っちゃったし、……そ、そのっ……す……好きとか……言っちゃったし……」
心底恥ずかしそうだった。
最後の方は顔を持っていたお盆で隠し、もにょもにょ言うから上手く聞き取れない。
けど、相生さんがめちゃくちゃ昨日のことを意識しているということだけは伝わって来た。
それにつられて俺も恥ずかしさを覚えたわけなんだけど、なんとか返す。
「いや、別に驚きはしたけど引きはしないって」
「……ほんと……?」
「ほんと」
「わ、私の言ったことのせいで今日休んだりとかは……」
「ない。普通に体調不良」
「ほ、ほんと?」
「ほんとほんと」
俺がしっかりと否定してやると、相生さんはまたお盆で顔を隠した。
「ならよかったぁ。今日一日、ずっとそれが不安だった。私のせいで休んだんじゃないかって」
「そんなわけないよ。その……まあ、普通になんか嬉しかったし」
「……え?」
「いや、もう会えないと思ってたから。だから……普通にこうしてまた会えてうれしかった」
「………………………………」
「………………………………」
「………………………………」
「………………………………?」
なんだ?
いきなり無言になる相生さん。
視線を彼女の方へやると、お盆で顔を隠したまま体を硬直させ、銅像みたいになってしまっていた。
「あ、あの……相生さん……?」
「……ごめん」
「え?」
「ご……ごめん……。ちょ、ちょっと待ってね……」
言って、ぴゅーっとキッチンの見えないところへ駆けていった。
なんだってんだろう? お茶が飲みたくなったとかか? それとも体調悪くなった?
心配になり、立ち上がってこっそりとキッチンの奥を見やった。
「へへ……えへへ……ハル君が嬉しいって……嬉しいって……」
そこには、めちゃくちゃニヤニヤして嬉しそうにしている相生さんの姿があった。




