馬力強化①
洞窟を進む足取りは自信に満ち溢れ、もはや10段目まで到達するのも時間の問題。
....そう思っていた時期がワシにもありました。
10匹前後の小鬼たちを何組も蹴散らし、ワシはついに1段目最後、階層の主へと辿り着いたのだ。
「これはまた変わった眺めだな。」
10間(約18m)ほどの広がりを持った、半球の逆さドンブリのような空間が広がっている。
そこにはやや下を向いてうつむいた、先ほどまでよりも大型の鬼が立ち尽くしている。
大きさは...まあワシと同じぐらいじゃろうか?
空間の手前には再び脇道が伸びており、これは先ほどと同じ結界であろう。
ワシは絶好調なので、今ここに入る選択肢はないけどね。
「それにしてもコイツ、生きとるんか?」
まあ死んでいてくれることは無かろう。
そう思って半球の空間へ一歩足を踏み入れると、鬼の眼が光った。
「ぐぅぅぅ...。」
低く唸り声を上げる鬼。ワシは金棒を持ちなおし、ジワリと間合いを詰める。
その瞬間。
鋭い咆哮を上げて鬼は飛び蹴りを仕掛けてくる。
その跳躍力が初見だったワシは、胸板へモロに蹴りを受けて半球の空間から蹴り出された。
「ぐぉっ!くっ!」
一回転するあいだに随分時間を与えてしまっている。
すぐさま横に転がり第二派を躱して立ち上がろうと...。
アレ?
鬼は半球の外へは出てこず、また先ほどの位置までスゴスゴ戻って俯いた。
「なんじゃコレ?」
どうやら鬼は半球の闘技場か出てこれぬらしい。結界と同じような仕組みだろう。
ワシはホッとした瞬間、ゴホゴホと思い切り咳き込んだ。
驚異的な跳躍力。何の動作もつけず、3間ほども飛んできただろうか。おまけに力も小鬼とは雲泥の開きがある。
「骨をやられたか...。やはり簡単にはいきそうにない。」
折れてはおらんがヒビくらい入ったかもしれん。スゴスゴと結界の小道に引き下がるワシ。
あの力に立ち向かうには、先ほど身に着けた眼の動きと体捌きでは追いつかない。
「どーすりゃいいんか?まあ少し休んで考えてみるか。」
結界内にはまたしても饅頭と水があった。
「ちょびっと...飽きてきたかな。」
食い物に贅沢を言うほどいい生活はしてこなかったが、これ程続けて同じものを喰らえば飽きてくるのも仕方がない。
「美味いんだけどなあ....。」
ワシはもしゃもしゃと饅頭を喰らって、水差しごと水をゴクゴク流し入れる。
「さて、どうしたものか。こちらも力を鍛えるしかないだろうな。」
洞窟の中は力を付けやすいとサクヤも言っていた。
ここは地味だが身体の鍛錬をじっくり行うべきだろう。
さっき派手に飛び蹴りを喰らった部分はまだ痛むが、鍛錬が出来ぬほどではない。
ワシは饅頭を食い終ると、素振りでもするかと立ち上がった。
すると....洞窟へ戻る小道の脇に、何やら大きな石板がはめ込まれているのを見つける。
その石板はうっすらと光を発し、薄暗い結界の中で浮き上がって見える。
「またしても怪しげなものが...。」
恐る恐る近寄って見てみると、そこには『肉体改造決定版♪筋力増強トレイニング!!』と書いてあった。当然何のことやらワシには分からん。
「何だこれは?」
そこには人の絵姿が書いてあり、動作をしているように見える。
「なになにうつ伏せに両手を地に着け体を支え、そのまま腕を曲げ伸ばす?100回やったらしばし休み、更に100回を繰り返すべし....。」
そこには更に腹・背・足の鍛錬方法が書き記されており、絵図面で分かりやすく説明されている。
「なるほど。あの鬼を倒すために、探索者は皆ここで鍛錬していったという事か....。」
ワシは早速その絵図面を頼りに、鍛錬を始めていった。
くっ...これは中々しんどいもんだ。
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ちっ、痛恨の極みとはこの事ね。
小鬼将軍にふっ飛ばされる弥助を見損ねたわ。
アタシがちょっと神社まで戻った隙に、もう闘技場の中に侵入したようだ。
小鬼にあれほどビビっていたから、闘技場に入るのにかなり時間がかかると思っていたのだが。
アタシが洞窟脇の池に水を満たし中の様子を映し出すと、そこには結界内で軽やかに腹筋運動を繰り返す弥助の姿があった。
たかが1階層の主と侮るなかれ、小鬼将軍の膂力は野生動物を軽く上回る。
そしてこの層で探索者に求められるのは、ひたすら馬力向上することのみ。
「ここに来るまで多少は馬力も上がったみたいだけど、小鬼将軍にはまだまだ届かないでしょう。」
それでも直ぐに鍛錬指南に気付いて、自主的に鍛錬しているのは大したもんね。ほとんどの奴らは素振りするだけで何とかなると考えちゃうから、ここでもの凄い時間を取られちゃうのよ。
「アイツどれくらいで再挑戦するつもりかしら....次にふっ飛ばされる所は見逃したくないわ~。」
アタシは誘惑に負けて、弥助に向かって話しかける。
「ちょいと!弥助!訓練はどんな調子?」
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女神モドキの声がどこぞから響いて来る。
『なにキョロキョロしてんのよ?アタシは段状窟の外から話しかけてんの。』
「なるほど、やはりバケモノか。それでもこの鍛錬指南書は素晴らしい。例を言うぞ。」
『チッ、それで感謝のツモリかしら.....それにアンタなんか喋り方変わってない?』
サクヤはつまらぬことに反応する。
「多少膂力は付いたように思うが、それで喋り方まで変わるわけなかろう?」
ワシは構わず鍛錬を続けている。
これを始めてもう数日たったと思うが、ますます日付の感覚が無くなっているため、一体何日経ったのかは最早分かるはずもない。
「そんな事よりサクヤ、ワシが洞窟に入ってから何日過ぎたんじゃ?」
話が出来たを幸い、ワシは気になっていたことを尋ねた。
『まだ半月ほどしか経ってないわ。もうお外が恋しくなった?』
「なに!もう半月経った?....早いな、信じられん。」
感覚的にはまだ3,4日過ぎた程度だ。既にそれほど時間が過ぎていたとは。
「こうしちゃおれん。早いところあの鬼野郎をぶっ飛ばしに行かなければ。」
『まあそれ見に来たわけだから止めはしないけど、でも今のアンタじゃまだまだ小鬼将軍には敵わないと思うわよ。』
あのデカめの鬼はごぶりんじぇねりんと呼ぶらしい。
「まあ見ておけ。そのなんたらじぇねりんゴトキで足踏みしてしまっては、いつまでたっても地上に戻れんじゃないか。おかげでかなり力もついたし、サッサと片付けてくる。」
ワシはそう言って跳ね起きた。こんな芸当も鍛錬をするまでは出来もしなかった事だ。
床に転がっていた大刀と金棒を拾い上げると、左右の手に1つずつ持って振ってみる。空気を切り裂く音がこれまでとは違う事を確認し、ワシはかなり満足する。
「これくらいやれれば良かろう。よし、行ってくる。」
ワシは大刀を背中に背負い、金棒を片手に持って鬼の闘技場へと向かった。
『ふーん、思いのほか鍛えたけど....今の様子じゃあどーかね?』
サクヤの冷やかしが耳に届くが、ワシにも少なからず自信がある。
先だっては初見の動きでやられただけだ。武器を持っての戦いとなれば、1対1で遅れは取らん。
「さあ待たせたな、この鬼野郎め。とっとと目を覚まして飛んできやがれ。」
ワシは金棒を正眼に構え、またもジリジリと間合いを詰める。
鬼は目を覚まし、今度は不敵にニヤリと笑った。
飛び蹴りを出してくる様子はなく、足元から金棒を.....ナンじゃあれは?
「ヴラアアアアア!!!!」
その手に握られているのは、成人の足ほどもある巨大な金棒だった。
ご丁寧に御伽草子のトゲトゲも添えられている。
「ゔっわー!!コエエー!」
その一撃を食い止めようと細い金棒を立てると、ヤツの打撃で自分の金棒が額にめり込む。
「グラァアアアアアアアア!!」
ワシはそのまま3間むこうの場外までふっ飛ばされ、気を失った。
遠くなる意識の中で、何故かサクヤの笑い声が響いたような気がしたが...。