馬力強化⓶
気が付くとワシは結界の中で横になっていた。
確か闘技場の脇で倒れたはずだが、自力でここまで這いずって来たものだろうか?
『アタシが運んだのよ!』
嬉しそうなサクヤの声が響く。
「そうかい、そらアリガトウな。」
ワシはよっこらせと体を起こした。
顔面がまだ少し痛むが、目や口は動かせぬほどでもない。
『ほら~、親切なアタシが助言した通りでしょ?そこそこ鍛えたのは分かるけど、あの程度じゃまだ小鬼将軍の打撃は受けきれないわよ。』
やはり嬉しそうだ。この性悪思念体め。
「まともに打撃は受けぬのが正解か。それならそれでやりようはある。」
ワシが言うのにサクヤはふんっと鼻笑いを響かせる。
『アタシの作った段状窟を舐めないでもらえるかしら?ここを小手先で躱せたとしても、10階層まで行く間にもっとヤバいのが出てくるのよ。』
笑顔で喋っている性悪の顔が目に浮かぶ。
この世にどれほどの功績があったか知らんが、こんな女が神などと納得いかん。
「そんなら更に鍛えるしか術はないが、時間がかかって仕方がない。」
『アッタリマエよ。アンタそんな簡単に出られると思わないでちょうだい。長いヤツだと10年かかる事もあんのよ。』
「じゅっ......。」
強くなる目的が出来た。ここから出たらコイツはタダじゃおかん。
「キサマそれを先に言っとかんか。どこの世界にそんな常識はずれな修行があるか!」
『おやおや?常識の範囲内で強くなりたかったの?あーら残念、何ならそこで終了して出てきてもいいのよ?』
むうう...ナゼ過去において、探索者の誰かがコイツを始末しておかんかったか...。
ワシは黙って再び鍛錬を始めた。今度はあのクソ鬼の打撃を受け止めはじき返す。
そこまで身体を作ってみせる。
『まあ感心!アタシの助言に従うのなんて賢いわ~。』
ワシは怒りをこらえて鍛錬を続ける。精神も同時に鍛えられそうだ。
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弥助の鍛錬は既に2カ月近くに及んでいる。
案外気が長い男のなのね。普通はここまで鍛える前に、何度か小鬼将軍に挑んでぶっ飛ばされるパターンが多いんだけど。
次で必ず仕留めるっていう気合を感じるわね。
それにしてもこの男、本当に見違えるほど頭が働くようになってきている。
喋り方も明らかに変化しているし、最近は鍛錬目録を自分で考案したり。
こんな変化をしたヤツいたかしら?理論上は頭も良くなるってのは分かるけど、過去においてこんな変化は見た記憶がない。やはり元々頭は悪くなかったけど、単に勉強する機会が無くて頭脳の発達が遅れていたとか?
『サクヤ、そこにいるのか?』
....偶然よね?アタシが見ているのを察知できる?そんなハズないわ。
「いるわよ!なかなか熱心にやってるみたいね。」
今弥助は岩壁を指だけで登り、横へ伝って降りてくるという訓練中。
背筋の盛り上がりがハンパじゃない。
『メシの中身を替えれんのか?贅沢言うつもりは無いが、饅頭はこの後一生食いたくもない。』
随分余裕あんじゃないの。
「2段目へ進めば食料も替えてあるわよ。頑張んなさい。」
『げっ!ホントけえ!』
弥助は驚きの余り壁から落ちてきた。ヤモリかっつーの。
床には屈脚運動と打撃に使う大岩が転がっている。落下した弥助はそこに直撃したが、全く意に介さない様子で立ち上がった。
体が色々おかしく強化されているようだが、本人は食い物の話に夢中だ。
『2段目に行けば!違うメシが食えるんか!』
いやホントだけど....興奮した弥助は食べ飽きたと言う饅頭を掴んで、ガツガツと頬張りはじめた。
別にそのままでもいいんじゃねーの、そこまで食えるならさあ.....。
この男の才能の開花が楽しみでもあり、出来上がりが若干不安にもなってくる。
「それよりねえアンタ、さっきアタシに話しかけたのはどういう事?アタシの気配でも察知したの?」
そんな筈はない。人間にアタシの気配が、しかもこれだけ離れたところから察知できるはずなど....。
『あれ?』
弥助は饅頭を頬張ったまま、意外そうな声を出す。
「なによ?」
『オマエそこでずっとワシを見てんじゃないんか?』
「誰がそこまで手間かけるか!アタシャこれでも忙しいんじゃ!」
女神を何だと思っているのか?こう見えてアタシは人類の信仰対象なのよ!
『けどオマエ覗きが趣味じゃん。』
外れてはいない、外れては....でも殺すわよ?
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時間の感覚が無くなるというのも、気持ち的にはかなり堪えるものだ。
サクヤとの無駄話はいい気分転換になる。ワシは四六時中サクヤに話しかけるようになった。
無論ヤツもそこまで暇ではなく不在の方が多いのだが、ワシはお構いなく話しかけ軽口をたたく。
ヤツは不機嫌にもなり、楽しく笑いもする。神という存在がこれほど人間っぽいものとは知らなかった。
「さてどんなモノだろうな。そろそろ一度ぶつかってみようかい。」
小鬼の金棒を三本まとめて素振りを終える。最近はこれでも軽く感じることが多い。
先だってほど無様にやられる事は無いだろうが....何分一人で鍛錬していると、どれだけ進歩があったものか見当が付かん。
「おーい、サクヤ!いるか?」
....居らんらしい。アイツがいないと万が一の際に、助けが期待できんが...。
「まあそん時はそん時よ。無理と思ったら潔く退場しよう。」
ワシはふと顔を上にやる。
錯覚に決まっているが、なぜか故郷の青空が見えた気がした。
クスリと笑って上段から大岩へ撃ちこんでみる。小鬼から拝借したこの太刀は、不思議と刃こぼれする事もなく、岩への打撃に歪み一つ起こさない。
「ふんっ!!」
全力を乗せた打撃が大岩を撃ち抜く。いつもと違う手ごたえを感じた。
「これは....?」
力が無理なく太刀に乗った。手だけで撃った打撃ではなかった。
ピシリという音と共に、大岩はグズリと揺れて真っ二つに裂け地面を揺るがす。
「....まあ何度も撃ちこんでいたから、亀裂でも入っていたのだろうが。」
両断したわけじゃない。満足いく結果ではないが、それでも以前よりもはるかにマシになっている。
あのクソ鬼の打撃を受け止めることが出来るか?
ワシは新しい松明を掲げ結界を出ると、片手に太刀を持ってそのまま鬼の闘技場へ向かう。
鬼はいつもの位置でいつもの恰好。
「顔を上げろ。撃ちこんで来い。」
ワシは鬼に向かって言い放った。ヤツはワシを見据えると、毛むくじゃらな顔でニヤリと笑う。
と思った次の瞬間、例の金棒を振りかぶって殺到する。
「おおおおおっ!」
ワシは下段から太刀を擦り上げ、金棒のトゲに引っ掛けるようにして止める。
凄まじい圧力と共に、ワシの後ろ脚が闘技場を滑るが、後退はほとんどせずに受け止め切った。
「止めたぜ鬼野郎、どうだ驚いたか。」
ワシもちょっと驚いたけどね。完全に止め切れるとは思ってなかった。
鬼の眼に焦りの色が見える。
しばらくウゴウゴ言っていたが、押し切れないとみるや足で蹴りを入れてきた。
「ウガアアア!!」
腹が鍛えられていたのは幸いだ。
「ふん、効かんぞ?」
ちょっとビビったのは内緒だ。
鬼は重心を崩し切っている。ワシが金棒をカチあげると、ヤツはさらに崩れてよろめいた。
「お面ちょうだい!」
大岩に撃ちこんだ感覚を思い出す。
踏み込みから打撃まで、実にかつて無いほどの快心の打撃。
自分の中から気迫がほとばしり、その全てが剣先から噴出したような感覚。
しかし手ごたえが....少々違った。
太刀は全く抵抗もなくするりと鬼の頭蓋を切り裂き、地面まで一気に振りぬけてしまったのだ。
ワシは勢い余って鬼のいた場所を通り抜けてしまう。
「なんじゃこりゃ?」
正に真っ二つになった鬼が左右に分かれて崩れ落ちる。
鬼の緑色の体液が飛び散り、闘技場を不可思議な色に染めた。
「これはまた...どうしたことか...。」
闘技場は静まり返り、物音ひとつ起こす者はいない。
鬼の残骸はやがていつものように消え去り、後にはワシのみが残った。
「今の感覚が『鬼斬り』というものか。まさかにあの防具ごと真っ二つになるとは。」
鍛錬の成果が出たと素直に喜ぶべきだろう。
それでも見た目の凄まじさに、喜びよりも先に驚きが勝ってしまう。
すると鬼の背後にあった岩の一部が動き、暗く下へ伸びる通路が現れた。
「どうやら2段目に進めそうだ。」
ワシは太刀を収めると、松明を拾い上げて下の階を目指した。
なんかやりすぎちゃった感があるんじゃが....まあいっか。




