4、悪役令嬢風邪を引く
あれから、家具の配置や荷物の整理に追われ3日ほどが過ぎ漸く、一息ついたと思い気が緩んだのだろうか?突然視界がぐらりと揺れ、そのまま倒れたようだ。
「グレイク…頭痛い…」
「あぁー、おでこも熱いし風邪かなぁ。メルの魔法だとできるのは体力回復程度だからなぁ。このまま大人しく寝てろ、治療できる奴を連れて来てやる」
「ごめんね」
「いろんな事が起こりすぎたんだ、ほらこれ飲めよ…少しは楽になるだろう。メルは何も気にせず眠れ、いいな、いい子にしてろよ」
グレイクから葉に包まれた薬を受け取り、広げると、そこには幼い頃から、体調を崩すといつも飲まされ、馴れ親しんだ物凄く、苦〜い薬。
本当によく効くのだが、物凄く!何度も言うが、顔がキュッとなるほどすご〜く苦い、覚悟を決め、沢山の水で流し込むと直ぐに、眠気が襲ってきた。
自分では冒険者としても活動していたし、ある程度体力には自信があったんだけど、たかが数日間のお片付けで熱を出すとは、なんとも情け無い。
元気になったら体力作りをしようと決め、今日はゆっくりと眠る事にした。
「………………だから………………で……………………………………また…………」
「イヤ………………めんど………………帰れ…………」
「はぁー」
「んー、グレイク⁈今、誰かと話してた?」
「あぁ、起こしちまったか、メルの治療を頼んだ奴が居たんだが、喧しいから追い出した所だ。気分はどうだ?まだどこか痛むか?」
「ううん。ゆっくり眠れたし、大丈夫だけど、少しお腹が空いたかも。」
「あぁ、それならほら、これ食え、病人には消化の良いものだって騒ぎながら、これも作ってたから」
「ありがとう。グレイクのお友達にご挨拶できなくてごめんね」
「あんな奴、友達じゃない。でも、まぁ今日は奴のおかげで助かったな。メルは疲れが溜まっていたんだろうって、夜もう一度、この薬を飲んで眠れば大丈夫だ。」
お礼を言ってリゾットを受け取ると、チーズのいい香りが漂い食欲をそそる。
グレイクに聞くと私は12時間以上も眠っていたらしく、もう夜の9時過ぎ、このリゾットを食べたら薬を飲んでそのまま眠るよう言われた。
小さい頃、風邪を引いた時もグレイクがこうやって看病してくれたっけ。
「ふふふ。なんだか懐かしい。いつもグレイクがこうやって看病してくれたわね。」
「お望みとあれば、寝かしつけて差し上げますよ、お姫様」
「もぉ!グレイクってば、私もう14歳よ!」
グレイクはそれこそ私が赤ちゃんの頃から側にいて、グズルと揺かごを揺らして、あやしてくれていたそうだ。
それは大きくなってからも、何か上手くいかなくて落ち込んでいる時、不安で眠れない時などは、いつも風のゆりかごで眠らせてくれる、私の大好きな風。
翌日、目覚めた時にはスッキリとして気持ちのいい朝を迎えた。
私は、森の中を散歩したい!と何とかグレイクを説得し、念願の森のお散歩へやって来た。
「おいおい、病み上がりなんだからそんなにはしゃぐなよ。この辺りに魔物は出ないが、向こうに見える湖までが行ってもいい場所だ。それ以上は一歩も踏み入れるなよ」
「森の奥に魔物がいるわけじゃないの?家のある場所は森の中心だって言ってたでしょ?森の入り口に魔物がいるって事?」
「いや、入り口から中心に向かって川向こうまでが魔物の巣くう場所だな。だが、此方が近づけば匂いに誘われ、やって来てしまう場合もある。だから湖の向こう側には絶対に行くなよ」
そう言えば所々に結界が張り巡らされているって言っていたっけ?
ここの空気はとっても綺麗だし、精霊の姿も多い。
今も私達の周りには、拳ほどの大きのキラキラ輝くタンポポの綿毛のような最下位の精霊達が沢山漂っており、どうやら湖まで一緒にお散歩してくれるようだ。
「おはよう。朝からみんな元気ね。今日は向こうに見える湖までお散歩なの。ふふ一緒に行く?」
私の声に応えるよう、上下に揺れ、周りを漂いながらついてくる姿はとても可愛い。
次第に綿毛に混じり、バレーボールサイズの動物や虫、人魚など、様々な姿をした下位精霊達が現れ、木の実や薬草を手渡してくれる。
ふと隣を見ると、グレイクの肩には子グマ姿の地の精霊が座っていて、それはもう、か、可愛いのだ!
私にも抱っこさせてくれないかしら?
などと思っていると、精霊達から手渡されたものの中に、大葉のような葉と生姜が!
「うわぁ。もしかして!これって味も生姜と大葉だったりするのかしら?グレイクこれは食べられる ?」
「ん?どれどれ?あぁ何方も食べても問題ないが、量は控えた方がいい。こっちは風邪薬にも使用される根で、こっちの葉っぱはとても体に良いらしいんだが、食べ過ぎると腹が痛くなるから、加減が必要らしい。」
「そっか、じゃー薬味程度に様子を見ながらだね。青紫蘇大好きなのに、そうかーちょっと残念。」
「ほら、そんな顔するな、あーこの赤い葉ならたくさん食べても問題ないってけど、これもいるか?」
「うわ!赤紫蘇だぁ〜ありがとう。大事に使わせてもらうね。」
「この場所はほとんど人が立ち入る事もない場所だからな、今までと違って、珍しいものがたくさん手に入るぞ。」
グレイクの言葉に期待が膨らむが、こんな高価な薬草や木の実を私はいつも皆んなから簡単に分けてもらえる事が申し訳ない。
それを言うとそう思うなら、その余りある魔力を皆に沢山分けてやれと言われるだけなので、何か物を貰ったりする度に魔力を放出する。
まぁ、放出すると喜んで貢物が増えるだけなのだが、既に取ってしまった物は勿体ないので、有り難く頂いている。
いつも「森や動物、他の人が困らない程度でね」とお願いしているから大丈夫だと思いたいんだけど、こんなに貰って魔力だけというのは本当に申し訳ない。
「ははは、えらい貢物だなぁ。考えてる事は想像できるが、精霊の取るものは森に悪影響を与える事はあり得ないんだから、問題無いさ、それにこの泉の内側には人も動物も立ち入る事は無いって教えたろ、遠慮なくギルドに下ろすでも、メルの腹に入れるでも構わなさ」
「うぅーん。分かってはいるんだけど、どうも申し訳無くって、特に今は皆んなに養ってもらってるだけだし、余計にね。」
「メルは小さい頃から変わらねぇなぁ。貴族なんて楽ができりゃ、それが当たり前になっていくし、金があれば我儘し放題だろ?でも、いつまでも変わらないでいてくれて嬉しいよ。」
私はグレイクが思っているようないい子ではなく、十分に我儘だと思う。
だが、「これからどんどん強欲で我儘になるかも知れないよ?」と言ってみてもグレイクは「どーぞ、どーぞ、お姫様のお心のままに」と笑われるだけだ。
それから綺麗な湖のほとりで、精霊達とピクニックを楽しみ、出てはいけない境界線についてグレイクから教えてもらった。
私達の住む、森の中心を囲む森には湖が3箇所あり、その湖をつなぐ川が強力な結界になっている為、川の内側であれば何処でも自由に動き回っていいようだ。
その後、「今日の散歩はここまでだ!」という事で、グレイクの風の魔法で家路に着いた。
過保護だ、片道1時間だよ?帰りだって皆んなとゆっくり歩きたかったのに!とは思うものの倒れた私は大人しく従うしか無い。