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さて、一服。  作者: ろうや
3/5

不便な身体

 目覚まし時計に頼らず起きる。なんとも心地の良い目覚めだ。朝日を浴びて目一杯に伸びてみくなる。


 俺はこの心地良さに任せて動き出した。カーテンを開けようとベッドから出る。


 その瞬間。時計が目に入り驚いた。

「マジかっ!」 

思わず声が出た。時刻は13時を過ぎていた。


 あれほど待ち望んだ給料日、こんなに寝過ごすとは。早く給料を引き出して、バイトにいかなくてはならない。ビタミン剤無しで働けるかっ。


 ふと、昨晩のことが思い出される。

 

 昨晩、俺の体は突然変異を起こした。突然世紀末救世主と化したのだ。さらにその体には、宮木武蔵と名乗る阿呆の魂が宿っていた。


 そういや驚きのあまり寝着けなかったんだ。ふと寝坊の原因を思い出す。


「おはよう。」

宮木の声がする。

「おはよう。ってかお前、タバコ吸ってないのにでてこれるの?」

「ついさっきからなのだがな、どうやらそうらしい」

どうやら俺のプライベートは奪われたらしい。

四六時中宮木と一緒とか。。。

「体の方はどうなってる?タバコ吸わなくてもお前の体になるのか?」

これは確認しとかねばならない。

あの筋骨粒々とした体に簡単になってしまうというのは、どうも都合が悪い。

街中で突然変身なんてなったらどんな目で見られるだろうか。

「試してみよう」

宮木がそう答えると、突然全身に力が入る。

変身!といってポーズをとれば良いのだろうか。


 しかし、なんの変化も起こらなかった。もしポーズをとっていたらとんでもなく恥ずかしかっただろう。

「ダメみたいだ」

少し残念そうに宮木が言う。

「良かった。」

俺は安心してベッドに腰をおろした。


 タバコを買いにコンビニへ向かう。家から10分ほど歩くと青い看板のコンビニに着いた。

「おう。いらっしゃい。」

声をかけてくれたのは店長の増田さん。今日も白髪混じりの髪をワックスでギンギンに立てている。それが似合っていて格好いい。

 たまに若作りしすぎだと思うけど、憧れる。

 

 このコンビニは俺の行き付け兼職場でもある。


 「仕事前にタバコ買いに来ました。」

 店長増田さんの挨拶に答える。

「はいよ」

増田さんは明るく答えてタバコを差し出してくれた。

仕事でも買い物でもくるので銘柄も覚えてくれている。

「このあと仕事だよな。」

「はい。それまで裏に居させてもらいますね。」

そう言ってタバコを受け取り、お金を払う。

「しかし、こんなに高くなったってのによく続けるねぇ。」

増田さんの言葉が耳に痛い。


 確かにタバコをやめればもう少し生活は楽になるだろう。しかし、タバコは俺の大事な栄養素だ。やめたら栄養失調になってしまう。


「なかなかやめられないですね。もはや病気です。」

笑って答えた。

「ほどほどにな」

そう言って増田さんはお釣をくれた。

「これもやるよ」

なんと缶コーヒーもくれた。増田さんはとても気前が良い人だ。

「ありがとうございます。」

一言お礼を言って俺は控え室へと向かった。


 待ち望んだ一本だ。何度かライターをカチカチとして、タバコに火をつける。

ゆっくりと吸い、プハーとはいた。


 体が熱くなる。全身に力が入り、筋肉が服を内側から破らんばかりに膨れ上がる。


「出てくんじゃねーよ」

こんな姿見られたらどん引きされるだろ。そう思って宮木に注意する。

「どうも俺には制御できぬらしい。許せ。」

許せるかっ。

「マジかよ。不便な体だな」

 なんて不完全なシステムだろうか。

 タバコを吸うのにこれからは回りに人が居ないか確認しなくてはならないようだ。

 

 俺はもう一度深くタバコを吸って、もらった缶コーヒーを一口飲んだ。

「俺の体がそんなに嫌いか?」

宮木がさみしそうに聞いてくる。

「嫌いもなにも、突然体が変わるところを人に見られたらイヤだろ。」

濁したが、この体は嫌いだ。偏見ではあるが、なんか頭悪そうだもの。

 

 しかしこの偏見はあながちまちがってはいないのではないだろうか。屈強な身体を自慢するような奴らはまず態度がでかい。態度によってその大きな体を自慢しているように思える。なんと言う虚栄心だろうか。

 次に、すぐに「しばく」とか「殴る」とか言う。

ホントにそんなことしてみろ。刑事事件になってお前の人生終わるぞ。

 最後に、いつもぴったりサイズのTシャツを着ている。むしろサイズ間違ってるように見える。寒い季節でもそうだ。

 「風邪引きますよ」と注意してあげたい。いや、奴らは風邪引かないか。あれだから。


 なんてくだらないことを考えていると、戸をたたく音が聞こえた。

「はーい。どうぞ。」

なにも考えずにノックに答えた。開く戸の方に視線を移す。

 入ってきた女の子と目が合って、はっとする。

 そういえば今のからだ。

 俺は自分の腕を見渡して体の状態を確認する。


 血管が浮き出て太くなった腕。ボタンがちぎれそうなまで膨らんだ胸筋。


やばいっ。


そう思ったがもう遅い。


入ってきた女の子はこちらをじろじろと見ながら、狭い部屋を壁づたいに進み、机を挟んで斜め向かいに座った。


彼女は多野春海。バイトの後輩だ。


「こんにちは」

「うぃっす」


その後沈黙が流れる。


うわぁ。見られてる。。。


「おい!宮木、お前のせいだぞ」

心の中で叫ぶと

「ん?なにがだ?」

宮木の呑気な返事がする。

「この状況どうしてくれるんだ!」

おれは宮木を責めた。しかし、のれんに腕押し。10点差にソロホームラン。

「どういうことだ?」

おれの焦りと怒りは宮木に伝わっていない。


親しい人間が突然ムキムキに!3日前はひょろひょろだったのに!


こんなことあるだろうか?


これからどうしよう。。。


何て考えていると、女の子の方から声をかけてきた。


「あれ。意外と筋肉質だったんですね?」


「いやぁ。そういう訳でもないんだけど。」

おれはなんとか言い訳を考える。しかし焦りのあまり頭が働かない。汗がじわっと、身体中の毛穴から出てくるのがわかる。


「初めて知りました。」


笑顔の春海ちゃん。


「ははは。今日は間違えてサイズ小さい服着てきちゃったんだ。」


なんとか言い訳したが訳の分からない言い訳になってしまった。


「ははは。何ですかそれ。そんなことあります?」


ねーよ。

おれは心のなかで突っ込んだ。そして


「ちょっとトイレいってくるわ」


そういってなんとかその場から逃れた。




有言実行。おれは部屋を出てトイレに向かった。段ボールがつまれた狭く短い通路を通り、従業員用のトイレにたどり着いた。



「馬鹿やろう!いきなりこんな体になってたらおかしいだろっ」

トイレに入るなりおれは宮木に怒鳴る。


「そうなのか。すまない」


はぁなんかこいつに怒っても仕方ない気がしてきた。


おれはあきらめてしまった。


「まぁいいよ。どうせお前には制御できないんだろ」


「すまぬ。そうだ。許せ。」


諦めたつもりだか子の返事にイラッときたのは内緒だ。


ひとつこらえてふとさっきの危機一髪場面をおもいだす。


てか、一年近く一緒に働いてきて、この筋肉見て

「意外と筋肉だったんだんですね」

ってなんだよ?おかしくない。アホの子でよかった。



 春海ちゃんはアホというより、すこし天然である。パッケージが変わった商品をどの棚にいれるか考えて、1時間ほど狭い店内を歩いていたことがあるほどだ。


おかしいな。よく考えて見ると、これは天然というよりやっぱりアホだ。


何てことを考えてるうちに体がしぼんできた。今回はボタンが弾け飛ばずにすんだ。


 一安心して休憩室にもどると、春海ちゃんはぶつぶつ独り言を言いながらスマホでゲームをしていた。


「あれ着替ました?」


おれに気が付いたのかゲームに諦めたのか話しかけてくる。


しかも、ここでさっきの下手な言い訳が効いてくるとは、アホの癖になかなかやりやがる。


「まあね。やっぱり変だったし。びっくりした?」


「びっくりしました。すごいマッチョに見えたので。」


「ははは。そう?」

マッチョに見えたんじゃなくてマッチョなんだよ。宮木の野郎が!ってか服まったかわりないのに着替えたってどこのしんのすけ5才だよ。


適当に返事しながら心のなかで突っ込んでいると、ノックの音と同時にドアが開く。これはきっと増田さんだ。



「お~い。出番だぞ」


「はい」

「了解で~す」


春海ちゃんは可愛くはっきりとおれはおれらしくだらりと返事をした。



さて今日も頑張るか。


 

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