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八十九話目~ユニコーンとバイコーンの学生さん~

「……で? 何がどうなったんだ?」

 俺はとある交差点に立ち、そんなことを呟いた。俺の眼前には二人の人外が正座した状態で控えている。その二人は下半身は馬のものだが、ケンタウロス族ではない。

 銀髪の方は『ユニコーン』族の少女だ。彼女はふてくされた様子で隣に座っている黒髪の少女――彼女は『バイコーン』族である――を睨んでいた。当の少女は退屈そうに欠伸をしていたが。

 この二人は似た種族に見えるが、本質はまるで違う。ユニコーン族は角が一つであるのに対して、バイコーン族は角が二つだ。さらに、趣味嗜好も異なっている。ユニコーンは処女を好むのに対して、バイコーンは老若男女が守備範囲だ。近類種であるのに、こうも差異があるとは今さらながら驚かされる。

 俺はポリポリと頭を掻き、二人を交互に見渡した。見た感じ怪我はないものの、全身ボロボロになっている。服はところどころ破れているし、髪もぐしゃぐしゃだ。俺も通報を受けてきただけなので何があったのかまでは知らないが、確実に一悶着あったのだろう。

「まず、状況を説明してもらおうかな? 二人は公道を全力疾走していて、転倒した。これでいいかな?」

 二人は小さく首を縦に振った。俺は続けざまに言葉を投げかける。

「で? どっちが先にやろうって言い始めたんだ?」

『こいつ』

 二人は同時に相手を指さした。その有様に、俺は嘆息する。それは、彼女たちも同様だった。銀髪の少女が顔を真っ赤にして黒髪の少女にすり寄る。

「何よ! カロがやろうって言ったんじゃない!」

「はぁ!? ルスが言い始めたんでしょう!?」

「やろうっての!?」

「それはこっちのセリフよ!」

「はいはい! それまで!」

 取っ組み合いを始める二人の間に割って入る。これまでは人間の身体だったので怪我をする可能性があったが、今は人外化して多少丈夫になっているのでこのように無茶をすることもできるようになった。

 俺は二人を無理矢理引きはがして、両手で制した。

「落ち着いて。状況確認が先だよ。一体どうして、こんなことをやろうって話になったんだい?」

「決まってるわ。カロが言ったのよ! 処女なんて排水溝のゴミよりも価値がないって!」

「ルスも言ったでしょ! 処女以外は腐ったミカンの皮以上につまらないって!」

 二人はバチバチと火花を散らし合う。その様相に、俺頭を抱えた。

「別にいいじゃないか。好みの問題だろう?」

『よくない!』

 二人は息もぴったりに否定してきたかと思うと、またしても互いににらみ合って角をぶつけあう。

「やるの?」

「上等よ。やったろうじゃない。表に出なさいよ」

「ここはもう表よ。このビッチ。頭沸いてるんじゃないの?」

「はぁ? 言ってくれるじゃない、この処女厨。決まり文句って知らないの?」

「あ?」

「あぁ?」

 こ、こええよ、この二人。

 基本、草食系の人外は気性が穏やかだと知られているのだが、この二人は別のようだ。

 いや、言われてみればこの二人の種族は人外の中でも特に頭が固く、喧嘩っ早い。特にユニコーンなどは聖書にもその悪行が描かれている。確か、ノアの方舟に乗せられた際、他の動物たちが交尾をしているとその角で片っ端から殺していったという。どれだけ処女が好きなんだ。

「このくそビッチ。近類種として恥ずかしいわ」

「るっさいわね、この処女厨。あんたのお母さんだって処女破っているじゃない」

「それを言ったらしょうがないでしょうが!」

 一触即発の空気が二人の間に流れていく。周囲の視線もだんだん集まってきている。仕方なしに、俺はスマホを取り出した。それを見て、二人はぎくりと身を強張らせる。

「わかるな? 俺はコーディネーターだ。あまりやりすぎると、警察沙汰になるぞ?」

「……わかったわよ」

「仕方ないわね」

 二人は舌打ちしながらも不承不承と言った感じで頷いた。その際、互いに肩パンし合うのも忘れていない。もはや仲が悪いとかそう言うのを通り越して、仲いいんじゃなかろうか?

「さて、まずは落ち着いて話をする準備を整えてくれ。その間、俺は言いたいことを言わせてもらうから。まず、一つ目。公道を全力疾走してはいけません。君たちケンタウロス系の人外は確かに早いけれど、車とぶつかったらどうなるか、わかるよね?」

 二人は俯きながら黙って聞いていた。見た感じまだ学生っぽいし、短絡的な行動をとってしまったのだろう。まぁ、それはしょうがないとも言えるが、ここは心を鬼にしなくては。

「二つ目。君たちが転倒した時、幸いにも人がいなかったからよかったけど、もしいたらどうなっていたと思う? それが老人や子どもだったら? もちろん、君たちだって怪我をしているんだから、今回したことがどれだけ危険かはわかってるかな?」

『……はい』

 まぁ、性根は悪い子たちじゃないんだろう。ただちょっと……過激になってしまっただけで。

「とりあえず、今回は器物破損にも傷害罪にもなっていないからよかったけど、気をつけようね? もしそんなことになっていたら、君たちの種族は日本に来れなくなるかもしれないんだから」

 ……さて、言っていて思ったが、ちょっとやりすぎたかもしれない。二人は先ほどまでの様子はどこへやら、しょんぼりと肩を落としている。今回のことがどれだけ周りに迷惑をかけることだったかは理解できたのだろう。ならば、ここら辺で切り上げるか。

「とりあえず、俺からのアドバイスだけどさ、どうせ決着をつけるなら正々堂々周りに迷惑をかけないようにしな。もし君たちが周りに迷惑をかけてしまったら『あの種族はこんな奴ら』っていうイメージがついてしまうんだからね。と、お説教はこれまでにして。二人とも。決着をつけたいでしょ? なら、いい場所を教えてあげるからそこに行ってみな」

 俺は胸元からメモを取り出し、そこにある住所を書いてみせる。それを見て、二人はハッと目を見開いた。

「人外用のグラウンドさ。今はオフシーズンだからそこまで人の入りもないし、予約をすればいつでも入れるから、そこで好きなだけ走って勝負するといい。幸いにも俺はそのグラウンドの持ち主と知りあいだから、話は通してあげるさ」

「あ、ありがとうございます」

「どうも」

 二人は立ち上がり、律儀に頭を下げてきた。やはり、悪い子たちじゃないな。

「さ、長々と悪かったね。俺はもう帰るから、気をつけて行くんだよ」

『はい!』

 二人は顔を見合わせた後で、ニッと口角を吊り上げた。

「見てなさい。バイコーンごときに負けるような私じゃないわ」

「その言葉そっくりそのままリボンつけて返してやるわ」

「あ?」

「あぁ?」

「ごほん!」

 またしても喧嘩腰になる二人に向かって、わざとらしく咳払いをする。

 この二人、実は打ち合わせとかしているんじゃなかろうか?

 いや、喧嘩するほど仲がいい、という奴か。

 仲よきことは美しきかな、とは言うけれど今回のは度が過ぎていると思う。

 俺は二人してグラウンドへと駆けだしていく二人を見つめながらそんなことを考えていた。


 ――そしてこの数か月後。人外の陸上競技において突如現れた二人の選手が世界に革新をもたらすのはまた別の話。


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