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十四話目~手長のボランティアさん~

 翌日、俺とピティは近くの大学へと向かっていた。私立大学で、人外も積極的に受け入れていることに定評があるところだ。ここに、昨日来た人外たちも集められるらしい。

 俺は欠伸を噛み殺しながら隣を歩くピティに視線を送る。彼女は清潔感のある淡い色をしているワンピースを身に纏っていた。ドラゴニュート族は体に鱗が生えているせいで、あまり華美な服装はできないそうだ。なんでも、服が引っ掛かってしまうらしい。

 人外向けの服は少ないし、中々に難儀しそうである。

「ねぇ、夏樹」

 ふと、ピティが語りかけてくる。彼女は前方に見えている大学を指さしていた。

「あれが、私たちの通う大学なのよね?」

「あぁ、そうだよ。意外にいい所だろ?」

 だが、ピティは小難しそうな顔になって首を捻った。

「あんまり大きくないのね。私たちの大学とはずいぶん違うわ」

 まぁ、それはそうだろう。海外の大学と日本の大学はずいぶんと違う。俺も以前訪れたことがあるが、やはり根本から違うのだ。

 けど、だからこそ学べることもあると思う。彼女には是非ともここで色んなものを学んでほしいものだ。

 やがて校門をくぐったところで、ピティはその場でクルリと華麗なターンを披露してみせる。彼女はそのまま、ニッと口角を吊り上げた。

「へぇ……まぁ、面白そうじゃない。あれは、何?」

 彼女が指差しているのは、近くにあった自販機だ。だが、それはアイスを売っているものである。確か、欧米にはこういうのが少ないんだっけか……?

 俺は財布を取り出し、彼女に尋ねた。

「アイス、食べるか?」

「いいえ、遠慮しておくわ。冷たいものは、苦手なの」

 ピティは苦笑を浮かべながら肩を竦め、それからふっと息を吐いた。

「私たちドラゴニュート族は基本的に爬虫類と一緒なの。変温動物だから、寒いものを取りすぎると冬眠してしまうわ」

「それは大変だな。学校とか、ちゃんと通えているのか?」

「もちろんよ。防寒対策をすればある程度は進めるし、何より……この学校にはちゃんとした設備があるのでしょう?」

 その言葉に俺は笑みを返す。

 人外たちの中にはこういった特性を持つ者がいる。だからこそ、バリアフリーを学校で実施する必要性が出てきたのだ。この学校ではそれが特に顕著だと聞いている。それなら、大丈夫だろう。

「さて、そろそろ行きましょうか」

 ピティはチラリと校舎の方を見やった。確かに、そろそろ集合時間である。俺はスマホを取り出し、場所の確認を開始した。


 それからしばらくして、俺は大講堂の席に座っていた。すでに他の留学生たちもみんな来ている。ここに来たのは、普通の教室だと入れない人外もいるためだ。一応入口も改装してくれているので、巨人族の子も難儀はしなかったようである。

「ねぇ、夏樹。あなた、勉強は得意な方なの?」

 横に座るピティが語りかけてくる。彼女はわくわくした様子で俺の方に身を乗り出していた。

「まぁ、ぼちぼちだな。学生時代は、中の下だった」

「でも、こんな仕事に就けているんだから、馬鹿ではなかったんでしょう?」

 それは確かなことだ。コーディネーターはある程度の学力と行動力、そして体力がなければ勤まらない。俺は行動力と体力を買われたようなものだが、それでも学力は最低限は身に着けているつもりだ。

 ピティは微笑を浮かべながら椅子の背に体を預けた。

「謙虚なのは日本人の国民性かしら? 私たちとは違うのね」

 昨日から薄々思っていたけど、彼女はかなり真面目な性格をしている。話し方だけ見れば高慢そうにも思えるがキチンと気配りができる子だし、こちらを思いやってくれる。それに、このように勉学にも積極的な姿勢を見せている。理想的な大学生像だ。昔の俺に見せてやりたいくらいである。

「にしても、遅いわね……日本人は時間にうるさいと聞いていたのだけれど?」

 彼女は非難のまなざしをぶつけてくる……が、それは俺のあずかり知らぬところである。講師の人にも事情はあるのだろうし、そこは考慮してあげてほしい。

 と、そんなことを思っているといきなり後ろのドアが開いた。そちらを見れば――眼鏡をかけた若い女性が立っていた。教授と言う様には見えない……学生だろうか?

 彼女は俺たちの視線を受けながら行動を突き進み、前方の教壇へと昇る。そこで一度大きく息を吸ってから、手元のマイクに語りかけた。

「はじめまして。英語学科四年生の尾形千恵おがたちえです。今回、私が皆さんのアドバイザー兼案内役を務めさせていただきます」

「失礼」

 ふと、ピティが手を上げる。彼女は立ち上がり、尾形さんを軽く睨みつける。

「もしかして……あなたも、こちら側ですか?」

 静寂が辺りを包む。が、尾形さんはそれを払拭するようにマイクに向かって語りかけた。

「えぇ、そうです。これを見れば、信じていただけますか?」

 刹那、彼女の腕が勢いよくのびる。その様を見て、俺たちからは驚きの声が上がった。

 尾形さんは伸びていた腕を元に戻しつつ、ニッコリと笑みを浮かべる。

「私は『手長足長』族の一人です。相方は、今日は休みですが明日以降会えると思いますので、楽しみにしていてください」

 手長足長……うろ覚えだけど、確か二人組の妖怪だったはずだ。だとすれば、彼女たちが今回は俺たちの担当ということらしい。学生ボランティア、のようなものと考えた方がよさそうだ。

 ピティは満足げに腰かける。俺はタイミングを見計らって、彼女に囁きかけた。

「ずいぶん、積極的だね」

「疑問点があれば聞くべし。聞くは一時の恥。聞かぬは……」

「一生の恥」

「そう、それ」

 ピティはふふっと笑い、それからペンをとる。どうやら、これからは勉強モードに入るようだ。だとすれば、邪魔するのは忍びない。俺は黙って尾形さんの言葉に耳を傾けた。

 彼女は俺たちを見渡した後で、小さく頷く。

「まずは、皆さんにここを案内したいと思います。あ、荷物は置いたままでいいですよ」

 彼女に促されるまま、俺たちは席を立つ。それを受け、尾形さんは扉の方を指さした。

「コーディネーターの方は、できるだけ自分の担当の留学生の傍にいてください。これは、親睦を深める意味合いもあるので」

「だそうよ、夏樹」

 ピティは流し目でチラリとこちらを見つめてくる。まぁ、それは大体予想はできていた。

 俺は彼女に頷きを返し、ドアの方へと向かっていく。すでにほとんどの留学生たちは外に出ていた。遅れて、尾形さんもこちらに歩いてくる。まだ若いだろうに、中々度胸がある子だ。ここまでのプレゼン力を持っているのは、本当に見習いたいほどである。

 やがて全員が外に出てきたところで、尾形さんは大きく手を打ち合わせた。

「さて、それでは出発します。皆さんは、今回は試験的な短期留学ですよね? 本格的な授業はありませんが、雰囲気だけでも楽しんでいってください」

 彼女はどこからか、校章がついた旗を取り出してみせる。それからバスガイドのようにそれを掲げながら俺たちを先導していく。

 俺は隣にいるピティに視線をやった。彼女は期待に目を輝かせている。

 普段は大人ぶった言動をしているが、まだまだ子どもなのだろう。

 俺は彼女の横を歩きながら、そんなことを思った。


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