十五話目~鎌鼬のコックさん~
「さぁ、皆さん。しっかりついてきてくださいね! ここは広くて迷う人もいるくらいですから!」
尾形さんは意気揚々と歩いている。こんな炎天下の中で元気でいられるだけすごいと思う。人外の中にはすでにダウンしている奴もいたし、コーディネーターのみんなも顔面を蒼白にしている。まぁ、スーツを着ていればそうなるだろうが。
だが、ピティはそうではないみたいだ。彼女は平然と歩いている。その姿からは気品すら感じられた。
「だらしがないわね。日本男児は強いんではなくて?」
ピティは周囲を見渡しながらそう呟く。俺は苦笑をしながらそっと肩を竦めた。
「まぁ、そう言わないでくれよ。むしろ、ピティの方が異常だよ」
「まぁ、ドラゴニュートは暑さに強いものね」
ピティは花の咲くような笑みを浮かべてみせる。彼女はたまにこういう笑い方をするのだ。普段は大人のような対応をしているが、やはりまだ子どもなのだ。あどけない笑みは男を殺すだけの威力があると思う。
と、そこでいきなり尾形さんがこちらに向きなおる。
「皆さん。お腹は空いていませんか? 食堂に参りましょう!」
彼女が指差す先には、巨大な建物。そこの一階に、食堂のようなものが見えた。休日だというのに、人で賑わっている。おそらく、サークルなどで来ていた人たちだろう。
俺たちは尾形さんに先導されるまま中へ入っていく。と同時、中にいた人々の視線が一気にこちらに集まった。それを受け、ピティはわずかに眉をひそめる。
「……注目を集めるのは好きだけど、これには慣れないわね」
彼女の言いたいことはわかる。人外というのは世間に溶け込めるようにはなってきたが、それでもまだ人は彼女たちを異質なものとして見てしまう。だから、奇異の視線をぶつけられることも少なくないのだ。
リリィのように人間に近い姿ならば問題ないのだが、この留学生たちの中には人間離れした容姿をしている者たちもいる。そういった者たちは、露骨に嫌そうな顔をしていた。
だが、そこは流石と言ったところかコーディネーターが彼女たちを庇うように割って入る。それで彼女たちも少しばかり気が紛れたようだ。
ピティはわずかに目を細めて口角を吊り上げる。
「前言撤回ね。中々やるじゃない、日本の殿方たちも」
「だろう?」
「さぁ、皆さん。しっかりついてきてくださいね。席はすでに取ってありますから!」
見れば、食堂の一角に特等席が作られている。椅子も机も特注サイズ。結構気が利くじゃないか。
「ねぇ、夏樹。ここはバイキングじゃないの?」
ピティが不思議そうに尋ねてくる。そう。海外ではほとんどがバイキング形式という大学が多い。他の留学生たちも戸惑いを見せていた。が、俺は安心させるように柔らかな笑みを浮かべてみせる。
「大丈夫。ちゃんと食べられるさ。まぁ、お金は俺が持つからね」
人外の食費をまかなうことは俺の安月給では難しいが、経費でいくらでも落ちるのだ。なら、いくらでもおごってやれる。それがわかっているのか、ピティも悪そうな笑顔を湛えていた。
俺はまず彼女を学食の券売機のところまで案内してやる。彼女はそこで悩ましげに首を捻っていた。
「どれにしようかしら……オススメはあるの?」
「そうだな……好き嫌いはあるかい?」
「ないわよ。強いて言えば、お肉が好き」
「じゃあ、肉類を制覇するのもいいんじゃないか?」
「それもそうね」
彼女に言われるまま、俺は食堂の肉メニューの食券を購入する。大体十枚くらいだろうか? 定食なども含めれば、かなりの量だ。
だが、ピティは見かけによらずかなりの大食漢だ。昨日家に帰ってきてリリィがご馳走を大量に用意してくれていたのだが、ほとんど彼女が平らげてしまった。ターミナルでは一応遠慮していたらしい。事情を話したら、こうなったわけだが。
俺は食堂のおばちゃんに食券を渡す。他の留学生たちも思い思いの食券を買っていた。まぁ、楽しそうで何よりである。
「皆さん。お食事を受け取ったらあちらまでお願いします。席には自由に座ってください」
尾形さんに頷きを返し、俺はもらった料理を借りた台車に乗せて向かっていく。リリィはその様子を楽しそうに眺めていた。
「ふふ、実家のウエイターみたいね」
やはり彼女は名家の出身だから、そういったものを見慣れているのだろう。俺は少しだけウエイターを気取って料理をテーブルに配膳していく。普通のテーブルなら埋め尽くされていただろうが、これは特大サイズ。ようやく一角が埋まった程度だ。
続々と他の留学生たちもこちらに向かってくる。
と、そこで一人の少女が俺の横に腰掛けてきた。赤い鱗を持った小柄な女の子だ。尾てい骨の辺りからはピティと同様の尻尾が生えている。だが、翼はない。種族は、なんだろう?
「失礼。君の種族と名前を教えてくれないかい?」
彼女はコクリと頷き、ゆっくりと口を開いた。
「私は『リザードマン』族のテレシア。学年は二年生。ピティの一年下よ」
二年生か……ピティに敬語を使わないのは、外国由来だからだろうか?
などと思っていると、ピティがテレシアの方を見てふっと口元を緩めた。
「あら、テリーじゃない。あなたのところは上手くやれてる?」
「うん。すっごくいい人だよ。優しいし、面白いし、それに逞しいし」
俺はピティの隣に座る男性に目をやる。彼はオーガも顔負けの巨体を持っていた。顔には無精ひげを生やしており、いかにも無骨な漢といったタイプである。ただし、彼が抱えているトレイにはサラダのボウルが乗っていた。
俺は彼に会釈を返した後で、ピティとテレシアを交互に見やる。
「二人は、知り合い?」
「幼馴染よ。リザードマンとドラゴニュートは近隣種だから」
「そう。ピティは私のお姉さんみたいなもの」
あぁ、なるほど。そういうわけか。
にしても、顔見知りがいたのは彼女にとってもいいことだろう。相談もしやすいだろうしな。
まぁ、いいや。俺は手を打ち合わせ、目の前のソバに手を付ける。所詮は学食レベルだと思っていたのだが、意外にも美味い。ちゃんと出汁が効いているし、麺の茹で加減もバッチリだ。これは職人の技が知れる。
「あら、美味しいわね」
ピティも目の前の料理に舌鼓を打っていた。彼女はハンバーグをモリモリと頬張っている。いい食べっぷりだ。
「本当。美味しい」
テレシアもがつがつとカレーを貪っている。その横で、コーディネーターの男性はサラダをもしゃもしゃ食べていたが。
「皆さん。ちょっとよろしいですか?」
ふと、そんな声が辺りに響く。が、尾形さんのものではない。周囲に視線を巡らせると……いた。
俺たちのちょうど正面に一人の女性が立っている。割烹着を着た、若い人だ。だが、二の腕の辺りに巨大な鎌を生やしている。とすれば、彼女も人外だろう。
こちらの考えを読んだかのように、彼女は頭を下げた。
「はじめまして。ここの食堂で働いている千川幽と申します。種族は『鎌鼬』。こちらも合わせてよろしくお願いします」
彼女は自前の巨大な鎌を掲げてみせる。その後で、俺たちを見渡した。
「こちらの食事は人外の方々にも楽しんでいただけるよう私が考案したものです。できれば、ご自宅に帰ってからでも感想を頂きたいのですが、よろしいですか?」
それを否定する理由はない。俺たちが黙って頷くと、幽さんはにんまりと笑った。
「ありがとうございます。それでは、どうぞお食事をお楽しみください。皆さんがこちらにまた来てくださるのをお待ちしておりますよ」
完璧ともいえる対応をし、彼女は去っていく。その後ろ姿を見送った後で、ピティは意味深に頷いた。
「彼女……ひょっとして『侍』じゃないかしら? あの鎌、見覚えがあるわ」
「いやいや『忍者』じゃない? ああいうの見たことあるよ」
ピティとテレシアがそんなことを呟く。
どうやら、彼女たちは典型的な勘違いをしているらしい。
俺はテレシアのコーディネーターと視線を交わし、互いに苦笑を浮かべた。




