第三十三話 検問所と魔女
「ようこそ、ライザーノ王都へ。お待たせしちゃってすいませんね」
男は、本当に申し訳なさそうに目を伏せる。
「今ちょっと、王都では面倒なことが起こってましてね。そのためにこうして検問を少し厳重にしてるんですよ」
面倒なこと、その言葉の響きに三人が三人かすかに反応を見せる。最も大きな反応を見せたのはカイノだった。
「それは、どういう?」
張り付いた真顔のまま顔は動かさなかったラニが口を開く。社交を好まない彼女だが、情報の有用性を最も理解しているのも同時に彼女だった。
しかしそこで、思わぬ単語が彼の口から飛び出した。
「魔女狩りギルドって、聞いたことあります?」
流石にそれにはラニも顔をかすかに歪ませる。二人は、ラニほど驚いたわけではなかったが、それぞれに思うところがあって、それぞれが反応を見せる。そして流石にそれは検問所の彼にも伝わった。
「どうやらご存じのようで。それのまあ後継組織みたいなものが今活動を活発化させてまして、それに関係する人が入ってこないように、私たち治安官までここに駆り出されるわけです。ああ、申し遅れましたね、私は王都治安局所属のアナ、と言います」
アナは軽くお辞儀をする。それを不思議そうに見つめていると、ああ、これは自分の地方の慣習みたいなものです、と言った。それから、三人に身分証がないことを確認すると、それぞれの情報を紙に記していく。
この世界において、身分証なるものを持っている人は半分にも満たない。王侯貴族、組織所属の商人などはある種の身分証明証を持つが、それも照会することは容易ではない。だから慣れているようで、三人の名前、出身地、身体的特徴をスラスラと記入していく。その間、隣にいた衛兵が、三人の荷物の中を確認する。
ラニに続いて、偽名を名乗る二人もアナの特に問題ないと言った表情を見て三人は安堵の息を漏らす。
「今は何かと物騒ですからね」
アナは三人分の書類に不備がないかを確認しながら、話を再開する。よほど慣れているのだろうと見て取れる。
「昨日かな、一昨日だったかパウルアで鉱山事故もあったらしいですからね。検問しないといけないことがたくさんで困ったもんですよ」
彼は暗にその犯人を探していると言った。
しかし同時に彼は書類の確認を終えて同僚に手渡したから、三人は見逃されたということであった。
それじゃあ、とアナは身を引いて道を開けようとした時、ぴたりと動きを止める。
その動きを三人は目で捉える。
「あ、念のための確認がありまして」
と彼は言った。何をするのか、彼の影から現れた軽装鎧を身につけた青年が、半透明の薄桃色の石が真ん中に嵌められた、銀色の装飾がなされたペンダントを手にカイノ、メーベルとそれをあてがっていく。
特に反応はなかったが、ラニに近づけた時、その石の真ん中が微かに輝く。
それに青年は目を見開く。そしてアナに何か口添えすると、そのまま駆け足で検問側に待機しているその他の衛兵にも知らせに向かう。
アナは、ラニをもう一度足元から顔まで見回して口を開く。
「あなた、もしかして魔女、ですか?」
周りにいた行商人が静まるのを感じた。
カイノが素早くこちらを見るのをラニは目尻で捉える。メーベルは反対に、そっぽを向いた。その目は、カイノ、そういうところだ、と言っている。
ラニの脳内にパウルアの一件がよぎる。安易にシラを切ることができなくなった今、慎重に言葉を選ぶ。
「どうしてそう思ったの? その石?」
銀の何か植物の蔓を模した装飾の真ん中で徐々に光を強める石。ラニに近づけたと時は石の核と思しきところが、ぼんやりと光る程度だったが、石はもう布で覆ってもわかるほどに強く光っている。
「ええ、誘導石、ご存じないですか?」
まあ、実際には少し違うのですが、と付け加えるアナの表情は、ラニの怪訝な顔とは対照に明るかった。
「いやあ、まさか魔女の方でしたか。ようこそライザーノへ!」
ラニはメーベルから聞いた話を思い出していた。
『別に詳しく知ってるわけじゃないけど、戦争に駆り出されてるって話よ』
後ろの兵士が色めき立っているのは、きっとそういうことだ。
ラニの顔が一層険しくなる。アナはそれを気遣って、しかし至って気さくに言った。
「大丈夫ですよ、この王都は今大陸で最も魔女が住みやすいところと言っても過言じゃないですから!」
「どこが住みやすいかは、私が決める」
「でもきっと気に入ってくれると思いますよ。それでですね、お手数おかけしますが私たちと一緒に役所まで来てもらってもいいですか?」
そのためだろう、アナの後ろには先ほど報告を受けていた衛兵が旅客用の馬車を用意していた。いいですか、というこちらに選択権のあるような言い方をしていたが、そこに自由はなかった。
「行かないとダメなの?」
「規則でして」
「じゃあ後で行くよ」
「すいません、勅令でして」
ラニに選択肢はなかった。彼らの動きは、この国が魔法との繋がりがどれほど強固であるかを垣間見させる。
カイノが口を開く。
「俺たちは別についていく必要はないのか?」
「はい、大丈夫です。ついてきてもらっても構いませんが」
カイノは少し考えて、
「じゃあ、出国手続きとかしとく、それでいいか?」
「そうだね、頼もうかな」
伏し目の彼女は、どれくらいで解放されるかわかったものじゃないから、とでも言いたげだった。
二人は、ラニが黒塗りで、側面に王国旗の紋章である双頭の獅子が描かれた馬車に乗るのを見送る。王国の馬車は馬まで黒く、力強い歩みであっという間に彼方まで行ってしまった。
「いやあ、魔女とは初めてみましたよ」
アナは興奮冷めやらぬといった様子であった。
二人になってしまっては、メーベルは口を開かないから自然とカイノが会話をする空気が流れる。
「魔女いるって聞いてたが」
「いるみたいですけど、数が少ないですからね。こうやって目の前にするのは初めてですよ」
いやあ、やっぱり魔女は少し雰囲気が違うんだな、と何か分かったような口ぶりで感嘆を表現していた。
あとがき
二人は検問を通過する。しかし、呼吸は合わないままだった。
次回更新タイトル
第三十四話 わからないままで




