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《人間地獄》  作者: 翔欸
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第十四話:飛竜の宣言

皆さん、お久しぶりです!


そして、長らくお待たせしてしまい、本当に申し訳ありません!


今回の第十四話は、これまで以上に内容が多く、キャラクターたちの想いや、これから始まる戦いに向けた展開をじっくり考えながら執筆していたため、更新まで少し時間がかかってしまいました。


それでも、物語をより良いものにするため、一つ一つの場面を大切にしながら書き上げました!


今回のエピソードでは、飛竜騎士団が決戦に向けて準備を進める姿と、彼らが何のために戦うのかという想いを描いています。


最後まで楽しんでいただけたら嬉しいです!


これからも『人間地獄』をよろしくお願いします!


皆さんの応援が、執筆を続ける大きな力になります。


いつも読んでくださって、本当にありがとうございます!

(エニルア国境――飛竜騎士団総本部)


(盤古城への進攻まで――あと三日)


⸻


(補給庫――弾薬保管区域)


マンディは、世界各地から呼び戻された隊員たちとともに、弾薬の運搬や箱詰め、物資の整理を行っていた。


全身に汗を浮かべ、息を切らしながら、マンディは力の限り荷物を運んでいる。


「はぁ――っ、はぁ――っ……お、重いよぉ――!」


「気をつけて! うっかり落としたら爆発するかもしれないんだから!」


隣では、マジェシーが注意を促しながら作業を見守っていた。


「危ない!」


「きゃあ――っ!」


マンディが足を踏み外した。


そのまま倒れそうになった瞬間――


「危ないっ!」


誰かが、彼女の身体をしっかりと抱きとめた。


「きゃっ!」


「大丈夫か!?」


彼女を受け止めたのは、南軍の隊員――シモンだった。


「う、うん……もう大丈夫……」


「そっか、よかった!」


シモンはマンディがしっかりと立っていることを確認してから、ゆっくりと腕を離した。


マンディは少し恥ずかしそうに俯く。


「あ、ありがとう……」


「ははっ! 気にするなって! これくらい、どうってことないさ!」


シモンは笑いながら手を振ると、すぐに振り返り、再び物資の運搬を始めた。


その後ろ姿を見つめながら、マンディは思わず微笑んだ。


そんな彼女を、マジェシーは腕を組みながら横目で見つめる。


「ちょっと、気をつけなさいよ! 爆発なんかしたら、私たち本当に終わりなんだからね!」


「ちょ、ちょっと! そんな怖いこと言わないでよ!」


二人が言い合っていた、その時――


「おい、お前ら!」


後方から、野太い声が響いた。


二人が振り返ると、そこには南軍隊長――ロードマンがいた。


彼は煙草をくわえながら、こちらへ歩いてくる。


「ロードマン隊長!」


「そんなにかしこまらなくていい!」


ロードマンは山のように積み上げられた物資に目を向け、それから忙しく働く隊員たちを見渡した。


「今回呼び戻された連中の中には、悪魔の力を持っていない者も結構いるんだろう?」


マンディは頷いた。


「はい……! だから、みんなできる限りのことを手伝っているんです!」


ロードマンは煙を吐き出し、ニヤリと笑った。


「それでいい!」


「よく聞け……」


『全員が最前線に立たなければ、戦士と呼ばれないわけじゃねえ』


「戦う者がいる。補給物資を運ぶ者がいる。そして、負傷者を治療する者もいる――」


「そのうち一つでも欠ければ、戦争そのものが崩壊する可能性だってあるんだ!」


彼は振り返り、今も作業を続けている隊員たちを見つめた。


「だから、自分にできることを決して軽く見るんじゃねえ!」


「三日後の大戦――全員に、それぞれの戦場があるんだ!」


そう言うと、ロードマンは口元から煙草を離し、傍らに積まれた箱を指差した。


「さて! まだおしゃべりする余裕があるなら、さっさとあの荷物を運び終えろ!」


「は、はい――!」


マンディとマジェシーは慌てて返事をした。


二人が再び作業に取りかかるのを見届けると、ロードマンは笑みを浮かべ、その場を後にした。


そして補給庫では――


物資を運ぶ足音が、途切れることなく響き続けていた。


⸻


(同時刻――訓練場)


ドォォォォン――!!


轟音とともに、訓練場の中央に大量の土煙が舞い上がった。


雷光と炎が交錯する。


レノとエンは、激しい実戦形式の訓練を繰り広げていた。


「おい、エン! 動きが遅すぎるぞ!」


レノは正面から飛んできた炎の拳を身をひねってかわすと、すぐさま右手を掲げた。


バチバチバチバチ――!!


幾筋もの雷が瞬時に鎖へと変わり、エンの四肢へと絡みつこうとする。


「うるせえ!!」


エンは怒号を上げ、全身から猛烈な炎を噴き上げた。


ドォォォン――!!


雷と炎が正面から激突し、激しい衝撃波が周囲へと広がる。


レノは後方へ跳び、地面にしっかりと着地した。


「おやおや……あと少しで捕まえられたのにな!」


「その余裕ぶった口調は何なんだよ!!」


エンは額に青筋を浮かべ、怒鳴り散らした。


「だったら正面から勝負しやがれ!!」


「俺、ずっとお前と戦ってるつもりなんだけど?」


「てめえ……!!」


エンは再び突進した。


一方のレノは軽々と攻撃をかわし、さらには余裕たっぷりにエンへ向かって舌を出してみせた。


「遅い遅い!」


「待ちやがれ!!」


またしても追いかけっこを始めた二人を見て、訓練場の周囲にいた隊員たちは思わずため息をついた。


「……あの二人、本当に元気だな……」


「そうだな……破壊力も相変わらずだけどな!」


ドォォォン――!!


再び轟音が響いた。


今度は、近くにあった訓練用の木杭まで吹き飛ばされてしまった。


しかし、エンが再び攻撃を仕掛けようとした、その瞬間――


レノが突然、足を止めた。


「……待て!」


「あぁ? 今度は何だよ?」


エンはうんざりした顔を向けた。


レノは答えず、ただ自分の手のひらを見つめていた。


王都での戦いが終わって以来、彼はずっと自分の能力について考え続けていた。


「雷電……一体、ほかに何ができる?」


単なる攻撃手段として使うだけでは、あまりにももったいない。


ここ数日間、能力について研究を重ねる中で、レノはある可能性に気づき始めていた。


自分の能力を利用すれば、電磁波を通じて、意識の中にある情報を他者へ伝えられるのではないか。


ただし――


その方法が、どこまで通用するのかは、まだ分かっていなかった。


「……試してみるか!」


レノはゆっくりと目を閉じた。


頭部に微かな電光が瞬く。


彼は意識を集中させ、頭の中にあるメッセージを、特殊な波動へと変換しようと試みた。


「……聞こえるか?」


次の瞬間。


「……ん?」


エンが突然、動きを止めた。


左右を見回す。


「ん……? 誰だ!?」


返事はない。


「……今、誰かしゃべったか?」


周囲の隊員たちは、不思議そうにエンを見つめた。


「エン、何を言ってるんだ?」


「うるせえ! 今、誰かが耳元でしゃべったんだよ!」


その時――


「おい……エン!」


あの声が、再び彼の脳内に響いた。


「……っ!!」


エンはその場で飛び上がった。


「一体誰なんだよおおおお!!」


頭を抱えながら、狂ったように左右を見回す。


「誰がしゃべってんだ!!」


「さっさと出てきやがれ!!」


「俺の頭の中から出ていけええええ!!」


訓練場は、一瞬にして静まり返った。


誰もが、奇妙な生き物でも見るかのような目でエンを見つめている。


「……あいつ、訓練のしすぎで頭がおかしくなったんじゃないか?」


「俺もそう思う……」


「お前らの頭がおかしいんだろうが!!」


エンは怒りに任せて振り返り、大声で叫んだ。


「俺にははっきり聞こえてんだよ!! 誰かが俺の頭の中でしゃべってんだ!!」


しかし――


彼がそう叫んだ、その時。


今度は、ほかの隊員たちの脳内にも声が響いた。


『みんな……聞こえるか?』


「……えっ?」


一人の隊員が、突然動きを止めた。


隣にいた別の隊員も、呆然とした表情を浮かべる。


「今の……誰かが頭の中でしゃべったのか?」


「待て、俺にも聞こえたぞ!」


「俺もだ!」


「一体、何が起きてるんだ!?」


静かだった訓練場は、瞬く間に騒然となった。


誰もが周囲を見回し、声の正体を探そうとしている。


訓練場の入口付近に立っていた京騰栄次郎も、わずかに眉をひそめた。


「……これは一体、どういうことだ?」


彼は訓練場の中央へと目を向けた。


そこには、目を閉じたまま立っているレノの姿があった。


額には、うっすらと汗が浮かんでいる。


そして次の瞬間――


『おい! みんな、落ち着いてくれ!』


全員の動きが、一斉に止まった。


『俺だよ! レノだ!』


『みんな……聞こえてるんだろ?』


「……」


短い沈黙の後。


「レノォォォォォ!!」


エンの怒号が、訓練場全体に響き渡った。


「てめえ!!」


「やっぱりお前の仕業じゃねえかあああ!!」


レノはようやく目を開いた。


目の前の大混乱を見て、思わず笑い声を上げる。


「はははは! 成功したぞ!」


「成功したかどうかなんて知るかああ!!」


エンは怒りに任せて駆け寄った。


「誰が勝手に俺の頭の中に入り込んでいいって言ったんだ!!」


「おい! これはただメッセージを伝えてるだけだ! 本当に頭の中に入ったわけじゃないって!」


「それでもダメだ!!」


「何でだよ!?」


「とにかくダメなもんはダメなんだよ!!」


レノはエンの追撃をかわしながら、笑って両手を挙げた。


「分かった、分かった!」


「ちゃんと説明しやがれ!!」


エンは腰に両手を当て、鋭い目つきでレノを睨みつけた。


そこでようやく、レノは笑みを引っ込めた。


「簡単に言うと、新しい能力を開発してるんだ!」


「電磁波を利用して、自分が伝えたい情報を、ほかの人の脳内へ直接送る能力だ!」


「一定の範囲内にいる相手なら、メッセージを受信できる可能性がある!」


レノは周囲を見回した。


「それに、さっきはエンだけじゃなく……」


「みんなにも聞こえてたんだろ?」


「聞こえたぞ!」


「俺にも聞こえた!」


「まるで、頭の中で直接しゃべりかけられてるみたいだった……」


隊員たちの返答を聞きながら、レノは顎に手を当て、考え込んだ。


「やっぱり、そうか……」


彼は当初、この能力は自分が指定した一人にしかメッセージを送れないものだと考えていた。


しかし、試しに伝達範囲を広げてみたところ、その範囲内にいる複数の人間へ、同時にメッセージを届けられることが分かったのだ。


つまり――


この能力の使い道は、彼が当初考えていた以上に幅広い可能性を秘めている。


「……この能力をもっと使いこなせるようになれば……」


レノは小さく呟いた。


「戦場で、かなり役に立つはずだ!」


彼は顔を上げ、真剣な表情を浮かべた。


「ただ……」


「まだ、分からないことが多すぎる……」


レノは一つずつ問題点を考え始めた。


「どこまで遠くに伝えられるのか?」


「敵にまでメッセージが届いてしまう可能性は?」


少し間を置き、さらに考えを巡らせる。


「この能力は、どれくらいの時間、維持できる?」


「精神的な負担が大きすぎれば、肝心な場面で戦えなくなるかもしれない!」


彼はゆっくりと拳を握り締めた。


「こういう問題は……実際に戦場へ出る前に、きちんと確認しておかないと!」


隣で聞いていたエンは、さっぱり理解できないといった顔をしていた。


「……おい!」


「ん?」


「お前、考えすぎじゃねえか?」


「……は?」


「ただ人の頭に声を送れるってだけだろ?」


エンは腕を組んだ。


「使えるなら使う! 使えねえなら諦める! 何でそんなに考えることがあるんだよ!」


レノは二秒ほど黙り込んだ。


「……お前、頭でもぶつけたことがあるのか?」


「何だと!?」


周囲の隊員たちは、思わず笑い声を漏らした。


しかし、その時――


「お前たち二人!」


低い声が、隊員たちの笑い声を遮った。


全員が一斉に振り返る。


そこには、西軍隊長――京騰栄次郎が立っていた。


その表情は、相変わらず厳しい。


「先ほどの出来事は、見ていた……そして、聞いてもいた……」


レノはわずかに驚いた。


「京騰隊長……」


京騰はゆっくりと二人のもとへ歩み寄った。


「お前の能力には、確かに開発する価値がある!」


「戦場でリアルタイムに情報を伝達できるようになれば、無用な混乱を大幅に減らせるはずだ!」


彼は少し間を置いた。


「だが、それもお前が能力の信頼性を確認できていることが前提だ!」


レノは真剣な表情で頷いた。


「分かっています……」


京騰は訓練場にいる隊員たちを見渡した。


「それから、お前たちもだ!」


「新しい能力を見たからといって、いつまでも大騒ぎしているんじゃない!」


「本当の戦場でお前たちの命を救うのは、珍しい能力そのものじゃない!」


「必要なのは、お前たち自身がどれだけ準備を整えているかだ!」


隊員たちは、すぐさま姿勢を正した。


「はい!」


次の瞬間――


京騰の眼差しが、鋭く変わった。


「全員、よく聞け!」


「俺たちの目標は一つ――帝牙の計画を打ち砕き、この世界でこれ以上の犠牲が生まれるのを食い止めることだ!」


「全員が無事に帰ってこられる、などという都合のいいことを言うつもりはない!」


「これは戦争だ! 命を落とす者もいる! 二度と戻ってこられない者だっているかもしれない!」


彼は、その場にいる一人一人の顔を見つめた。


「だが、飛竜騎士団に加わり、俺たちとともに戦うと決めた以上、戦う覚悟を持て!」


「無理をするな! 勝手な判断で動くな!」


「そして、自分の愚かな行動で、自分を信じてくれた仲間を死なせるような真似だけは、絶対にするな!」


「俺たちは災厄を食い止めに行くんだ! 死にに行くわけじゃない!」


「分かったか!?」


「はい!!」


全員が声を揃えて答えた。


京騰は鼻を鳴らした。


「よし! お前たちのような馬鹿どもが、ちょっとした油断であんな場所で死ぬ姿なんて、俺は見たくないからな!」


そう言い残すと、彼は背を向け、その場を去っていった。


訓練場は、再び静かになった。


「……軍隊長クラスの人間って……」


「怖すぎるだろ……!」


「ダム団長や黒龍副団長にも負けない迫力だな……」


エンが小声で呟いた。


レノは苦笑した。


「でも、言ってることは間違ってないな!」


その時――


「ふふっ……京騰さんは、相変わらず厳しいですね!」


背後から、優しい女性の声が聞こえてきた。


全員が振り返る。


そこには、北軍隊長――ルアが、微笑みながら歩いてくる姿があった。


彼女は隊員たちを見渡すと、近くにいた若い隊員の肩をそっと叩いた。


「ほらほら、そんなに緊張した顔をしないの!」


「みんなが一生懸命頑張っていることくらい、私にはちゃんと分かっているわ!」


彼女の笑顔は、まるで人の心を溶かすように温かかった。


「これからの戦いで何が起こるのか……誰にも分からないわ」


「だから、今からあれこれ考えすぎないの!」


「きちんと食べて、きちんと休むこと。怪我をしたら、ちゃんと治療を受けること……戦場に出る前から、自分の身体を壊しちゃダメよ!」


それを聞いた数人の隊員が、思わず笑みをこぼした。


ルアも、それを見て微笑んだ。


「それからね……」


彼女は隣にいた若い隊員の頭を、優しく撫でた。


「何があっても、忘れないでね。あなたたちは、一人ぼっちじゃないのよ!」


「そばにいる仲間を信じること。そして、自分自身のことも、ちゃんと大切にすること!」


「みんなで力を合わせて……できる限り、みんな一緒に帰ってこようね?」


「……はい!」


今度の返事には、先ほどよりも緊張が薄れ、代わりに確かな決意が込められていた。


ルアは満足そうに頷いた。


「よし! それじゃあ、今日も忘れずに、ちゃんとご飯を食べるのよ!」


「はーい!」


再び元気を取り戻した隊員たちを見て、ルアは嬉しそうに微笑んだ。


その様子を見ていたレノとエンは、互いに顔を見合わせた。


「……あと三日か……」


「ふん! 心配するな!」


エンはニヤリと笑った。


「俺はまだ、お前に勝ってねえからな!」


レノも笑みを浮かべる。


「だったら、もっと頑張らないとな!」


「てめえ……!!」


⸻


(同時刻――総本部内)


(武器庫――改造区域)


アイヴェルは作業台の前に立ち、目の前に広げられた武器の改造設計図を見つめていた。


図面に記された数値を確認しながら、彼女はわずかに眉をひそめる。


「……まだ足りない……」


次の瞬間――


バチバチバチバチ――!!


電磁エネルギーの光が、瞬く間に彼女の機械腕を包み込んだ。


大量の金属部品が能力によって操られ、素早く組み替えられていく。


そして徐々に、以前よりもはるかに大型の電磁砲へと姿を変えていった。


ドォォォン――!!


重々しい金属音とともに、改造が完了した。


「これなら……火力をもう一段階、引き上げられるはず!」


「おお! こいつはすごいな!」


ヨギが歩み寄り、目の前の改造兵器を見て、思わず口笛を吹いた。


「武器の規格そのものを変えちまったのか?」


アイヴェルは機械腕を軽く叩き、口元に小さな笑みを浮かべた。


「これから起こり得る、あらゆる戦況を考えたら、今までの火力だけじゃ足りないの!」


「やるからには――」


彼女は顔を上げ、鋭い眼差しを向けた。


「敵の防衛線を、一気にぶち抜く!」


(アイヴェルの脳裏に、王都での戦いの光景がよぎる。)


アイヴェルは歯を食いしばり、自分の機械腕を強く握り締めた。


「絶対に……もう二度と……」


短い沈黙が流れた。


「……」


ヨギは彼女を一瞥すると、ニヤリと笑った。


「ははは! いいじゃねえか!」


彼は新たな電磁砲を見つめ、満足そうに笑った。


「これからは――お前に任せたぜ!」


アイヴェルは答えず、再び設計図へと目を落とし、改造した武器の数値を確認した。


「……私は、まだまだやれる!」


⸻


(深夜――盤古城の一角)


薄暗い部屋の中――帝牙は一人、机の前に座っていた。


机の上には、まだ決着のついていないチェス盤が置かれている。


彼は指先で黒い駒を一つつまみ、ゆっくりと盤面の中央へ置いた。


コトッ――。


『以上が、現在俺の把握している戦術と情報のすべてだ……』


通信装置の向こうから、落ち着いた声が聞こえてきた。


帝牙はチェス盤を見つめたまま、淡々と答える。


「そうか……分かった……」


彼はもう一つ黒い駒を手に取り、盤面の端へと置いた。


「それにしても、幻夜の奴……無事に飛竜騎士団へ潜り込めたようだな……」


「これで、あいつらが自分から罠に飛び込んでくるのを待つだけだ……」


通信の向こう側が、しばらく沈黙した。


やがて、ゆっくりとした口調で声が返ってくる。


『まさか……いつかお前と手を組む日が来るとはな……』


それを聞いた帝牙は、口元をわずかに吊り上げた。


「ふふ……俺も、まさかこんなことになるとは思わなかった……」


彼は手にしていた駒を、相手側の陣地へとゆっくり押し進めた。


「だが、目的が同じなら、協力するのも悪くない――」


通信の向こう側の人物は、それ以上何も言わず、静かに耳を傾けていた。


帝牙は顔を上げ、次第に冷たい眼差しを浮かべる。


「何しろ……」


「俺たちの目的は、同じなんだからな!」


彼は最後の駒を手に取り、盤面の中央へと置いた。


『――飛竜騎士団を消し去ることだ!』


コトッ――!


駒が盤面に落ちる音が響いた。


帝牙は目の前の盤面を見つめ、意味深な笑みを浮かべた。


一方、通信の向こう側にいる人物も、ただ微かに笑みを浮かべるだけで、それ以上何も語らなかった。


通信が終了する。


部屋は再び静寂に包まれた。


⸻


時が流れ――


盤古城への進攻まで、残すところあと二日となった。


その後の二日間、飛竜騎士団の全員が最後の準備に取りかかった。


弾薬の補給、武器の整備、各部隊の作戦準備――。


誰一人として、気を緩める者はいなかった。


そして出発前日――


飛竜騎士団は正式に総本部を出発し、盤古城へ向けて進軍を開始した。


長い行軍の末、決戦当日。


全部隊がついに盤古城の外周へと到着し、夜の闇に紛れて最後の集結を完了させた。


正式な進攻開始まで――


残された時間は、あと数分。


この先に待ち受けているのは、簡単には引き返せない戦争だ。


そのことを、誰もが理解していた。


そして今――


「ついに、決戦の夜が訪れた!」


⸻


(深夜――作戦開始の数分前)


(盤古城外周――山林地帯)


漆黒の夜空の下、雲間から差し込む月明かりが、遠くにそびえ立つ巨大な城を照らしていた。


城壁の外側に広がる山林――


そこには、巨大な軍勢が整然と隊列を組んでいた。


全員が装備を整え、肩には飛竜騎士団の象徴であるマントを羽織っている。


夜風が吹き抜ける。


闇の中で、無数のマントが激しくはためいた。


誰一人として、口を開く者はいない。


全員の視線は、隊列の最前列に立つ一人の男へと注がれていた。


飛竜騎士団団長――ダム。


彼はゆっくりと振り返り、集結した軍勢を見渡した。


しばらく沈黙した後――


「……みんな……」


低く重々しい声が、山林全体に響き渡った。


「作戦を開始する前に、どうしても伝えておきたいことがある……」


彼は、その場にいる全員を見渡した。


「お前たちの中には、復讐のために加入した者もいるだろう」


「大切な人を守るために来た者もいる」


「この世界の腐敗を、これ以上放置できないと思った者もいる」


「そして……ただ純粋に、罪のない人々が苦しむ姿を、もう見たくないと思った者もいるはずだ……」


ダムは少し間を置いた。


「最初の理由が何であれ――」


「今日、ここに立っているということは、お前たち自身が自分の道を選んだということだ!」


彼はゆっくりと顔を上げた。


「だが、一つだけ理解しておいてほしいことがある……」


「今夜の戦争では……」


「全員が生きて帰れるとは限らない!」


その瞬間。


山林全体が静寂に包まれた。


ダムは誰一人として目をそらさず、まっすぐに見つめ返した。


「俺は、お前たちを騙すつもりはない……」


「敵は、俺たちの信念を理由に手加減してくれるわけじゃない」


「剣は、俺たちの勇気を理由に止まってくれるわけじゃない」


「そして死神は――飛竜騎士団だからという理由で、俺たちを見逃してくれるわけでもない!」


彼の声は、次第に重みを増していった。


「最初の攻撃で倒れる者がいるかもしれない」


「仲間を守ろうとして、命を落とす者がいるかもしれない」


「それどころか……最期の言葉さえ残せずに、逝ってしまう者もいるかもしれない……」


彼はゆっくりと拳を握り締めた。


「これが戦争だ!」


「残酷で、無慈悲で、そして誰にも選び直す機会など与えてはくれない!」


短い沈黙が流れた。


ダムは深く息を吸い込んだ。


「だからこそ、俺はお前たちに一つ聞きたい……」


彼の視線が、その場にいる一人一人へと向けられた。


「お前たちは……一体何のために飛竜騎士団へ入った?」


誰も答えなかった。


「力を手に入れるためか?」


「名声を得るためか?」


「それとも、自分こそが世界を救う英雄になれると思ったからか?」


ダムは首を横に振った。


「もしそうなら……今ここで、もう一度よく考えてほしい!」


「なぜなら、俺たちは決して英雄なんかじゃないからだ!」


「俺たちだって傷つく。恐怖も感じる。そして、決して死なない怪物なんかでもない!」


彼は突然、声を張り上げた。


「俺たちは、ただ――」


『この世界の苦しみを、もう見て見ぬふりできなくなった人間の集まりだ!!』


轟音のような声が、山林の中に響き渡った。


「俺たちは、戦争がもたらす破壊を見てきた!」


「罪のない人々が、住む場所を失う姿を見てきた!」


「力を持たない人々が、まるでゴミのように踏みにじられる姿を見てきた!」


「そして今――」


ダムは手を掲げ、遠くにそびえる盤古城を指差した。


「あいつらは、とうとう人の命まで実験材料にしやがった!」


「他人の苦痛を、自分たちの力に変えようとしている!」


「無数の人々の絶望を、自分たちの野望を叶えるための道具にしているんだ!!」


彼の眼差しが、鋭く研ぎ澄まされていく。


「もし、俺たちまで黙り込んでしまったら!」


「もし、俺たちまで恐怖に負けて退いてしまったら!」


「ならば……一体誰が立ち上がるんだ!?」


誰も答えなかった。


しかし、その場にいる全員の拳が、いつの間にか固く握り締められていた。


ダムは目の前の仲間たちを見つめ、深く息を吸い込んだ。


「よく聞け!」


「飛竜騎士団の存在意義は――」


「決して、俺たちがほかの人間より上に立つためじゃない!」


「どれだけの栄光を手に入れるためでもない!」


「ましてや、俺たちがこの世界の新たな支配者になるためでもない!」


彼は勢いよく武器を抜き放った。


月明かりを受けた刃が、冷たい光を放つ。


「俺たちが存在する意味――」


『それは、戦う力を持たない者たちが、二度と武器を持つことを強いられない世界を作るためだ!』


『希望を失った者たちが、それでも明日を信じられるようにするためだ!』


『すべてを奪われた者たちが、もう一度、自分の人生を選ぶ権利を取り戻せるようにするためだ!!』


『そして、この世界に苦しんでいる人間がいる限り――』


『力を持たないというだけで、誰かに踏みにじられる人間がいる限り――』


ダムの声が、夜の静寂を完全に切り裂いた。


『飛竜騎士団は、決して戦いをやめない!!』


轟音が響き渡った。


その場にいる全員の感情が、一気に沸き上がる。


しかし、ダムはまだ言葉を止めなかった。


「俺は、お前たちに恐怖を感じるなとは言わない!」


「死を忘れろとも言わない!」


「死ぬことを恐れるのは、決して臆病なことじゃないからだ!」


「本当の臆病者というのは――」


彼は手にした武器を、強く握り締めた。


『助けを待っている人間がいると分かっていながら、自分が失われることを恐れて、見殺しにすることを選ぶ人間のことだ!!』


『俺たちは、死ぬために戦うんじゃない!』


『生きている人間が、これからも前へ進めるように戦うんだ!!』


その瞬間。


無数の眼差しが、揺るぎない決意に満ちていった。


ダムは彼らを見つめた。


「だから、今夜どれだけの仲間が倒れようとも――」


「これだけは覚えておいてほしい!」


『お前たちは、何の意味もない犠牲を払うために、ここに立っているんじゃない!』


『自分が信じるものを守るために、この道を選んだんだ!!』


『誰かが倒れたなら、生き残った者がその場所を引き継げ!』


『誰かが傷ついたなら、隣にいる仲間がそいつを守れ!』


『そして、誰かが恐怖に襲われたなら――』


ダムは、腹の底から叫んだ。


『その恐怖を抱えたまま、前へ進め!!』


『仲間の犠牲を無駄にするな!』


『敵の野望を、決して成就させるな!』


『そして、今日の俺たちが、明日の新たな悲劇の始まりになることだけは、絶対に許すな!!』


彼の声が、山林全体に響き渡った。


「飛竜騎士団に、まだ一人でも立っている者がいる限り!」


「この世界を踏みにじることなど、誰にも許さない!!」


ダムは武器を盤古城へと向けた。


『飛竜騎士団!!』


『俺たちの翼は――守るために広げる!』


『俺たちの武器は――絶望を断ち切るために振るう!』


そして彼は、全身全霊を込めて、飛竜騎士団に受け継がれる誓いの言葉を叫んだ。


『竜翼不墜――!!!』


次の瞬間――


数千人の声が、一斉に夜空を震わせた。


『意志不滅――!!!』


その叫びが山林を揺るがす。


無数の武器が高々と掲げられ、マントが強風の中で激しくはためいた。


その瞬間――


誰もが理解していた。


自分たちが生きて帰れる保証など、どこにもない。


それでも今夜だけは――


自分たちが信じるすべてのもののために、最後まで戦い抜くのだと!


ダムはゆっくりと武器を下ろした。


彼の視線は、背後にそびえる盤古城へと向けられていた。


「……よし!」


次の瞬間――


「全軍、命令を聞け!!」


「目標――盤古城!!」


「作戦開始!!」


「「「はい――――!!!」」」


ゴゴゴゴゴゴ――!!


軍勢が、ついに動き始めた。


無数の足音が山林に響き渡る。


飛竜騎士団のマントが、漆黒の夜風を受けてはためいていた。


レノは顔を上げ、遠くにそびえる巨大な城を見つめた。


「……ついに来たか……」


隣では、エンがニヤリと笑っていた。


「ふん! 足を引っ張るんじゃねえぞ!」


レノは横目で彼を見た。


「それはこっちの台詞だろ?」


「何だと!?」


「いや、ただお前はうるさいなと思っただけだ!」


「てめえ……!!」


二人は、いつものように言い争いを続けていた。


しかし、今回ばかりは――


二人の足が止まることはなかった。


なぜなら、彼らの前に待ち受けているのは――


無数の人々の運命を左右する戦場なのだから。


そして、盤古城の奥深くでは――


すでに仕組まれていたあの盤上の計画も、いよいよ本当の始まりを迎えようとしていた。


その頃、盤古城の一角。


薄暗い空間の中で、帝牙はゆっくりと椅子の背もたれに身体を預け、チェス盤を見つめていた。


『ゲーム……正式に開始だ!』

第十四話を最後まで読んでくださり、本当にありがとうございます!


今回は、ついに盤古城での決戦が目前に迫るエピソードとなりました。


それぞれが自分にできることを考え、戦いに備える中、飛竜騎士団の団長・ダムが仲間たちに向けて語った言葉。


それは、ただ敵を倒すための宣言ではありません。


力を持たない人々を守るため。

絶望の中にいる人々に、再び希望を届けるため。

そして、これ以上悲劇を繰り返させないため。


彼らが何を信じ、何のために戦うのか――。


それを改めて示す、飛竜騎士団の誓いです。


「竜翼不墜――!!」

「意志不滅――!!」


この言葉に込められているのは、決して折れることのない意志。


たとえ恐怖を感じても、たとえ仲間を失うかもしれなくても、それでも前へ進む。


それが、彼らの選んだ道です。


しかし――。


彼らを待ち受けている盤古城では、すでにある計画が動き始めています。


帝牙の思惑。

謎の協力者。

そして、飛竜騎士団に潜入した幻夜。


果たして、彼らは無事に目的を果たすことができるのか。


次回から、いよいよ盤古城を舞台とした大規模な戦いが本格的に始まります!


これまで積み重ねてきた物語が、どのような展開を迎えるのか。


ぜひ、次回も楽しみにしていてください!


最後まで読んでくださり、本当にありがとうございました!


これからも『人間地獄』をよろしくお願いします!

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