3
3
その日、出社した僕の顔を見るなり、上司は盛大にため息をついた。
「お前、今日は帰れ」
僕は顔をしかめて言い返そうとしたけれど、上司は僕に背を向けて自分のデスクを漁りだした。何を取り出すのかと見ていると、有給申請の用紙だった。
「なんですか、これ」
よくよく見てみると、ぼくが記入すべき項目は全て記入済みで、あとはぼくと会社のハンコを捺すだけの書類だ。
上司は受け取れとばかりに書類を揺らした。
「僕体調悪くないですよ」
「いい加減有給消費させておかないと、上に言われるんだよ」
「だからって出社してるし、これじゃ早退に」
僕が言い終える前に、上司は僕のデスクを漁ってハンコを引っ張り出した。そして書類にハンコを捺してしまう。
「それ文書偽造……」
「じゃあ、書類はもらっておく。お前今日は休みだから」
暇を出されたものの、いざ外へ出てみるとあまりの暑さに辟易としてしまった。まだ昼前だというのに、アスファルトからの熱も感じるほどだ。
家に帰って涼しくなろうかとも思ったが、すぐに彼女の笑顔を思い出してしまった。気を抜けば、あの鼻歌の幻聴がしてくる気がする。
家に帰る気が失せてしまった。かと言って、食欲もないし喫茶店に一人で入る勇気もない。当てもなく街中を歩いてみたものの、僕の体が暑さに音を上げるのはすぐだった。
コンビニで適当にビールを買い、適当な東屋に腰掛けた。辺りでは子連れの母親や犬の散歩中のおじさんなんかが歩いていて、たまに僕の方を一瞥してすぐに目を逸らしていく。
そりゃあ、客観視しなくても、今の僕はリストラされた中年感が出ているのはわかる。家に帰らず昼間の公園で酒を飲み、何をするわけでもなく公共の場を占拠している。通報されてもおかしくない。
さすがに居心地の悪さを感じたので、半分も飲んでいないビールを捨てて移動する事にした。
店に入るのもそこらへ休むのも憚られるなら、僕はどこにいたらいいんだ。
『まるでこの世界に居場所がないみたいだね』
妻の言葉を思い出して、フラシュバックした。
あの日も暑い夏の日だった。セミがうるさくて、太陽は焼き殺そうとしてくる。だけれど、部活で少し賑やかなだけの、何の変哲もない放課後。
「こんなところで弾いてるなんて珍しいね」
土曜夜の弾き語りをして以来、妻は僕の弾き語りを毎週聞きに来た。だから平日の音楽室で学校のギターを弾いている僕に驚いたのだろう。
「……どうやって見つけたのさ」
「帰ろうとしたらなんか聞こえて来たから、来ちゃった」
妻はにひひと笑って、僕の隣に座った。
「当ててあげよっか」
いたずらっぽく笑う妻に、僕はどうせ当てられる予感がしていた。
「この間の弾き語りで、私以外誰も立ち止まってくれなかったからでしょ。拗ねてるんだ? えへへ」
「なんだよ、別に。そんなんじゃないけどさ」
「大丈夫、私は下手っぴでも聞いてあげるよ」
「嬉しくないなあ」
「あ、ひどい。じゃあ私がいなかったらどうなると思ってるの」
「……誰もいなくなる」
「あはは。私がいないとまるで――」




