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セレニア王国物語  作者: みの
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プロローグ

プロローグ


 彼はサラリーマンとして、日々を同じパターンで繰り返す生活に疲れ果てていた。オフィスの灰色な壁、無機質なコンピューター、同僚たちの無表情な姿勢。それらが彼を包み込み、現実世界がどこか遠くに感じられた。


 飾られた華やかなオフィスライフを期待して新卒で入社し2年目のITベンチャー企業。そのフロントSEとして営業よろしく日々顧客の要望を叶える仕事は、最初の期待とは裏腹で、ありていに言えば非常にブラックな職場だった。

自身で直接顧客と会話して得る案件もあれば、営業から得る案件もある。その大半が厳しい納期を要求されれば必然と業務時間は増え、帰宅時間は遅くなっていく。

 彼がそうだけかと周りを見渡してみれば、総じて同じ状況である。定時で帰る人もいるにはいるが、事務作業で雇った派遣社員さんくらいか。

 取り扱う商材が会社規模に比べて多く、それそのものは大変優秀な商品、サービスであるからより引き合いもあり、結果としてうれしい(声にならない)悲鳴を多くの社員があげることになる。

 そんな会社において入社2年目とはいえ、彼は主力中の主力である。大学で学んだ情報処理の技術と、プライベートで培ったサービスの構築運用経験は、他の同期社員と比べても出色であった。

 彼の責任感の強さ、真面目さもあって、彼の社会人人生は日々色あせていっていた。


 その日も相変わらず長時間残業であった。

 ようやく一息ついて、ぐっと背伸びをして時計を見上げると、ちょうど終電が出発する時間であった。


「今日もこんな時間か…」


 げんなりする気持ちに蓋をするように目を閉じると


「晴太おつかれー。お前も終わり?」


 上司から声をかけられた。立ち上がり上司に向き直る。

入社以来ずっと育成でお世話になってる先輩社員だ。文句ひとつ言わずにいつも仕事に没頭している。

 そんな上司の元で働いているから自分も感覚が麻痺してるんだろうなと自嘲する。

 その上司に限らず、同僚みんなが比較的そんな感じだ。

 しかしこの会社。実は退職率はそれほど高くはない。会社を大きくした社長とその仲間(今は幹部)がホワイト企業に憧れ立ち上げた企業であるため待遇面は悪くないし、ハラスメントの噂も聞いたことがない。

 唯一仕事量の過酷さだけが問題である。その過酷さからダウンしてしまう社員もいるが彼についていえば、精神的にタフなのか、深く考えすぎない性格が幸いしてか、この2年間何事もなく乗り越えてきた。


「ようやく一区切りついたんで、そろそろ帰ろうかなと」


「こんな時間まですまんないつも。タクシーチケットでも使うか?」


「いえ、明日は久しぶりにゆっくり休めそうなんで、気分転換に歩いて帰りますよ。どうせ2駅くらいです」


 明日が土曜日でなければタクシーを使って少しでも早く帰り睡眠時間を確保したいところだが、今はそれよりもこの1週間で凝り固まった身体をほぐしてリフレッシュしたい。


「了解。じゃあ気を付けて帰れよ。俺はガソリン補給に行ってくるわ。おつかれー」


 そう言い残し、上司は事務所を出て行った。間違いなくこの後は朝まで居酒屋コースであろう。一人で。上司は一人飲みが大変好きなのである。40歳バツイチ独身。


「さ、俺も帰ろう」


 見回すと、まだチラホラ働いている方々がいるから恐ろしい。労働基準法とはいったい何なんだろう。


 帰り道、リフレッシュと言えば森林浴だろうと思い、道中にある緑地公園の林の中を歩いていた。林の中には季節の変わり目に相応しく紅葉が広がり、満月の明かりに照らされたその美しさは、彼の心に少しの安らぎをもたらしてくれた。

 紅葉を眺めながら公園の道から外れて林の中を歩いていくと、頭の中が少しずつクリアになっていく。


「いつまでこんな生活続けてくんだろうな」


 今の仕事が嫌だと思ったことはないが、かといってまだ20代前半でプライベートを犠牲にした社会人生活を有り無しで考えれば、やはり無しではないか。

 そう思ってプライベートに思いをはせると、学生時代に趣味で作っていたWEBアプリもこの2年近く放置しっぱなしだ。

 ずっと続けていたネットゲームも落ち着いたら再開するとギルドメンバーに言い残し一時休止して音沙汰無しである。そのゲームも2年も経てばすっかり変わり果てていることだろう。もしかしたらギルドも解散しているかもしれない。


「こんなに仕事だけの生活になるとは思わなかったもんな…。みんな元気してるかなぁ」


 ため息が漏れる。

 実家にも帰っていないが、思い返してみると両親も仕事人間で、そこまで家族らしい交流もなかったから、思ったより寂しさは感じていない。

 恋人は学生時代に一時期いたが、WEBアプリ制作とネットゲームに時間を取られて自然消滅してしまった。今になって思えばお互いにそこまで確かな恋愛感情をもっていなかったのではないかとすら思う。


「仕事…やめようかな」


 深く考えたわけではなく口から出た言葉だったが、やけに心にはしっくり来た。もう少し充実した、彩りのある生活を送りたい。そのためには仕事とプライベートのバランスを整える必要があるが、今の職場ではそれが難しい。心のどこかでわかってはいたが、精いっぱいの毎日の中で考えなかった事実ではあるが、一度心にハマったその想いはどんどん膨らんでいく。


「来週上司に相談してみるかな」


 きっと、上司なら真剣に受け止めてくれるだろう。それだけの信頼出来るだけの関係があるだけに、その関係が途切れることは惜しい。

 ただ、膨らんだ想いを抑え込むのは難しそうだ。


「うん、そうしよう」


 まずは相談だ。無理だとは思うが、業務の調整とかで状況が変わるかもしれない。…無理だとは思うが。


 そんな物思いにふけつつ、公園内の道から外れて歩いていると、


 少しひらけた空間に出た。その空間の中央に大きく立派な樟が鎮座していた。しめ縄のまかれた厳かな雰囲気を持った樟である。

 傍に立て看板があり、この樟についての説明が書かれていた。


『聖樟』


「せいくすのき? わからないな」


 どうやらこの樟はこの地域において奉られたご神木なようだ。

 年に数回お祭りを含めた儀式がこの広い空間でされているようだ。


「願い事を叶えるご神木か。こっちにきて2年、こんなところがあるなんて初めて知った」


 よく見ると聖樟(せいく)の脇に小さなお社が建っていた。せっかくなので賽銭箱に100円玉(!)を入れ、お祈りをする。来週からの自分に祈念して。


 お祈りが終わり、樟に改めて視線を移す。

満月に照らされて薄白く光っている。


「いや、月明かりでこんなに光るか?」


 月の光が照らされたわけではなく、その聖樟そのものが光っているように見える。


「どういう仕組みで光ってるんだろう?」


 好奇心に駆られ、樟に触れた。すると――



『君がここに来るのを長い間待っていた』



 声が響いた。驚いて周囲を見回すも誰もいない。というか周囲から声をかけられたというより、頭に響いたように感じる。怖い。


『私はアルゴス。君の認識する言葉に合わせるなら異世界の精霊である』


「精霊? アルゴス? え?何?」


 光る樟(聖樟)と頭に響く自称精霊の声。理解が追い付かない。


『こちらの世界で暮らす君には申し訳ないが、”アルデリア”のため、君にとっての異世界に転移してもらう』


「異世界に転移!?」


 聖樟の光が強まり、視界を覆っていく。


 そうして彼、佐藤 晴太は異世界へと引き寄せられた。

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