プロローグ
「ゲームをやってみないかい?」
そんな言葉と共に僕の冒険は始まった。
「外は暑そうだ」
病室から外を眺めながらそう口にした。
僕はいま病室にいる。いわゆる患者だ。それも入院するほどの大きな怪我だ。そんなことを考えつつ、自分の足に目を向ける。
この足はもう動かない。そう医者に言われたときは嘘だと思った。何かの間違えだと。きっと悪い夢でも見ているのだと。だけど同時に僕は理解もしていた。あれだけの事故でそうならないはずはないと。そして、命があっただけ幸運だったということを。
コンコン
病室のドアをたたく音に、思考が現実に引き戻される。
「春?入っていいか?」
「仁か、入っていいよ」
僕が返事をすると、親友である月夜仁が入ってきた。
「よう!春、調子はどうだ?」
いつもの元気な声に僕は安心する。
「リハビリが結構きついかな。これはサッカーの練習よりもキツイかもよ?」
「へぇ、春が言うなら本当かもな、これ土産だ。」
「ありがとう、気にしなくてもいいのに」
「何言ってんだよ、俺たちの仲だろ?それより春は髪切れよ。それ暑いだろ。というか見てる俺が暑い。」
「いや、こっちのほうが落ち着くんだよね」
そう言いながら目を隠している前髪をいじる。確かに暑いし正直うざったいなと思う時もあるけど、やっぱり隠れてるほうが落ち着く。
「おまえのことを知ってるやつらのほとんどはお前の顔ちゃんと見たことないからな。こんなイケメンだったなんて驚くだろうな」
「いやいや、お前イケメンでモテモテだろ
」
「モテるのは否定しないけど、まあ別にどうでもいいかな」
今、さらっと多くの男を敵に回したな。だけど仁がイケメンなのは本当で、十人中十人は振り向くだろうイケメンな顔はどちらかというとワイルド系、中学時代にサッカーをやっていたその体は、やめた後でも衰えることはなく引き締まっている。身長も180センチという高身長。高校に入ってすでに何人にも告白されているらしいが、本人はあまり乗り気ではないらしい。
「そういえばさ、倉敷さんと泉さんの様子はどう?」
「あいつらか、友達もできてるみたいだけど、お前のことになると泣きそうになるな。まだ、会えてないんだろう?お前が怒ってないのは分かってても、会うのが怖いらしいな」
「うん、そうなんだよね。気にするなっていうのが難しいのは分かってるけど、できれば楽しい高校生活送って欲しいしね。それに、僕だって遅れてはいるけど頑張ってリハビリすれば、退院して学校行けるようになるし、頑張らないとね」
「その言葉、あいつらに聞いてほしいな。リハビリも程々にするんだぞ。おまえそういうのやりすぎるタイプだし」
「わかってるよ」
そう返事をしながら、僕がこうなった日のことを思い出す。
「いやー、今日の練習もきつかったよな」
「だね、でもその練習のおかげで最近は試合に勝てるようになってるから頑張れるけどね。よし、戸締りもしたし帰ろうか」
いつものようにサッカー部の練習を終えた仁と僕は、部室の戸締りをして帰宅しようといていた。その日の練習はいつもよりきつく足を動かすのも億劫になるほどだ。
「でさー、最近買ったゲームがさ・・・・・・」
「ん?あれは、」
「おい、春聞いてるのか?ん?あぁ、あれは加奈と静香だな。やっぱ、あの二人は目立つな。周りの視線を集めてる」
「そうだな……、いやおまえもだから」
「それは当たり前として、お前もその髪型何とかしたら、同じようなもんだろ」
そういえばこいつ自分のことを理解している系のやつだった。しかし、倉敷さんと泉さんは目立つよな。
倉敷加奈さんは、僕たちと同じ三年一組で、少し茶色がかった髪を肩の辺りで切りそろえていて、身長は百五十センチ前半。大きな目に健康そうな唇、その容姿からクラスのマスコットのような存在で、よく笑い、誰にでも分け隔てなく接することから、クラスだけでなく学校全体の男子から人気がある。
泉静香さんは、僕らの中学校の生徒会長で、艶やかな黒髪を腰まで伸ばし、少し垂れめがちな目と二つの泣きぼくろはとてもセクシーだ。スタイルは抜群で外を歩けばモデルに何回もスカウトされるほどだ。ちなみに、ほぼ満場一致で生徒会長になるほどだ。
「そんなことないと思うけどな。普通だろ、俺なんて」
「そんなことないんだけどなぁ、もったいない。まあそれがおまえだからいいんだけどな」
それにしてもあの二人って仲が良かったんだな。学校では俺もボーっとしてることが多いからあまり気にしたことなかったけど、やっぱり二人が揃うとそこの景色だけが輝いて見えるのは気のせいではないだろう。
「というか、おまえあの二人の名前すぐ出てこないとかうちの学校にいたらレアだぞ」
「ボーっとしてることが多いからねぇ、自覚はあるよ」
「そういえば、さっきのゲームの話で思ったんだけど、あの二人もゲームやったりするのかね?」
「うーん、どうだろう。でも今の時代やらない子なんていないんじゃない?」
そんな話をしながら、前を歩く二人を見るとちょうど開けた交差点を渡ろうとしているところだった。ふと視線を横に移すと、明らかに速度を出している車が目に入る。
「おい!仁!あの車スピード出しすぎじゃないか?!」
「春、あの運転手寝てるように見えるぞ!」
二人は話に夢中になっているのか車の存在に気が付いていない。
(このままいったら二人が危ない)
そう思った時には体が動いていた。いままでにないくらい速い反応速度で飛び出した僕は、無我夢中に走った。速く走っているはずなのに、僕の瞳に映る景色は嫌にゆっくりと流れていた。
「とぉどおぉけええぇぇ!!!!」
そう叫びながら僕は二人に突っ込んでいく。二人のところまであと少しのところで、急に足が沈む感覚がした。
(くそ!今日の練習で足を使いすぎた!間に合うか?いや、間に合わせる!)
車はもう二人のすぐそこに迫っている。二人も僕の叫びと共に車の存在に気付いたようだが、いきなりのことに足が止まっている。
僕は再び力を込める。
(抱えて飛ぶ余裕はない、なら!)
僕は二人に走った勢いのままぶつかって突き飛ばす形をとった。
(二人ともごめん、少し怪我しちゃうかも)
ゴシャッ
そんな音とともにいきなり視界が回った、頭を打ったのか意識が朦朧とする。
「……ぉ……い……ぉい!……は……」
(この声は仁かな)
「ぅ……ふt……」
「おい!春!返事しろ!目開けろって!」
「じ…じ、ん……ふた、ふたり…は?」
「あぁ大丈夫、大丈夫だったぞ!お前は間に合ったんだ、ほら二人ともここにいる!」
「ぁ……っ……」「ひっ……」
「あ、ぁ、ふ……ふたりとも、ぶじ…で、よか…た。ぼく、は…だい、ごふっ、だいじょ、ぶ…だから」
「おいもうしゃべるなって!いま救急車呼ぶから!」
(あぁ、よかった間に合って。でも、もうだめかもなぁ)
「じ、ん、ごめん…な、か…ぞくに」
「え、縁起でもないこと言うんじゃねえよ!」
(悪いな、仁)
「おい、春?嘘だろ?なあ、嘘だよな?春!ハル!」