参
そんな日が続き、夏休みも終わりに近づいた頃、圭子は突然部活の練習に来なくなった。
一日やそこらなら風邪で済ませられるが、何の連絡もつかないまま一週間が過ぎた。さすがに心配した部長や、私が連絡しても、電話に出ないどころか、返信さえも一切なし。
この日も私は、なんとなく不安な気持ちを感じながらも、汗ばんだ体を引きずり家への帰り道を歩いていた。もちろん横に圭子の姿はない。
きっと明日にはケロっとした顔で部活にやってきて、また私にくだらない心霊写真を見せてくるのだろう、そう何度考えただろう。
私はスマートフォンを取り出すと、画像フォルダを開くと、ある一枚の写真を画面に表示した。それは、夏休みに入ったばかりの頃、まだ圭子が自撮りさんに夢中になる前に撮った写真。
小さな画面の中で、いつも仏頂面の少女は笑顔を浮かべ、その横ではそばかすが可愛らしい少女が、さらに満面の笑みで写っていた。
「………圭子」
圭子は高校に入って、初めての友達だった。
「智子ちゃん。私とおんなじところにほくろあるね! お揃いだ!」
それが圭子と私の出会い。
同じクラスで、同じ部活で、さらに家も近所だった私たちは、すぐに仲良くなった。正確には、圭子が私に何度も話しかけてきてくれたからなのだけど。いつも不機嫌そうな顔と人見知りな性格が相まって友達が少なかった私にとって、圭子は、初めて親友と呼べるような友人だった。
画面の中の圭子は、とても可愛らしかった。
もし横に圭子がいたら、私のスマートフォンを奪って一緒に自撮りしようと言うだろう。
私はスマートフォンのカメラ機能を起動すると、カメラを切り替えて、自撮りモードへと変更する。
先ほどの写真に写っていた少女の笑顔は、どこにもない。そこに写っていたのは見慣れた顔に見慣れた通学路。そして、空中に浮かぶ黒い靄。
「………っ!?」
―――カシャッ
思わずシャッターボタンを押していた。
直ぐに振り返るが、さっきまで黒い靄があった場所には、何も見当たらず、ただ猫よけのペットボトルが置かれているだけ。
その後も何度かペットボトルにカメラを向けて写真をとっても、黒い靄は写らなかった。やはり気のせいだったのと諦め、帰ろうとしたとき、ふとひとつのことが頭をよぎった。
「………自撮り」
そう、私は最初の一枚以外、全て外カメラで黒い靄があった場所だけを写していた。
私はもう一度カメラを内側に切り替えると、自分の顔が入るよう、スマートフォンを自分の顔の前に持ってくる。
そこに、彼女はいた。
画面の端、私の顔の右側には、奇妙に浮かんでいる黒い靄その中から、確実に誰かが覗いている。
靄に覆われ、その顔を見ることはできないが、目元だけはうっすらと確認することができた。その目元には、うっすらと、しかし見覚えのある特徴があった。
右目尻の下にある泣きぼくろは、私と圭子のおそろい。見間違えるはずもない、そのほくろは圭子のものだった。
「圭子? 圭子なの?」
画面の中の黒い靄に話しかけるが、靄の中の目は、こちらを睨んだまま動かない。
そして靄に包まれた圭子は、次第に薄くなり、やがて消えてしまった。
「どういうことなの? 圭子が、自撮りさん…?」
その晩、私は部屋で何度も自撮りをしたが、圭子が現れることはなかった。




