030 講師
今年もあと二ヶ月で終わる。
十二月に向けて執筆活動・・・と言いたいが、本職も大詰め!!
土日で出来るだけ、書き溜めしないと来年早々にピンチに・・・。
さて、本編の方に移りますが、何の面白みもない日常のストーリです。
慌ただしいストーリーよりも日常のストーリーの方が内容を盛り込むのが難しい。
アシュテル孤児院の年長組の子供たち計十名へ狩りの仕方や戦闘の方法を指導することになって二日目。現在は徒歩にて、レカンテート村の近くにある狩猟できる場所へ移動している。
今日は、普段フェザーラビットやランドバード等を捕まえる場所から少し森の入口に近づいてみる事になっているため、そのことを知らされた子供たちの表情は少し不安そうにしていた。
日頃から森にあまり近づかない様にアンネローゼから言われている上、過去にレオンハルトたちが襲われたギガントボアの時に薬草採取に参加していた子供もいるのだから、あの時の事が少しばかり恐怖させている部分もあった。
「さて、森に付いたらまず、周囲に気配がないかを探る方法を教える。まあそう不安がらなくても良い。何かあれば俺たちが対応するから」
これが、普通の兵士やちょっと強さに自身のある冒険者であれば、強敵に襲われ全員が命を落とす場面になりやすいが、今回はレオンハルトたちがいるためそこまで心配する事もない。
何せ十一歳の子供が熟練の冒険者や兵士が束になって倒すような敵を単独で倒すほどの腕前はあるし、倒し切れなかったと言っても上級魔族と一戦交えて無事に生還できるだけの強さを持っているのだから。
森の入口にまでやってきた一行は、まず出発前に教えたハンドサインの再確認をする。基本的に止まれ、進め、目視、方向などに加えて、攻撃合図や隠れる合図、後退の合図なども教えている。子供たちは最低限のハンドサインを覚えているのを確認すると、同行していたシャルロット、ダーヴィト、エッダの三人は周囲の警戒に当たるためレオンハルトや子供たちの元を離れ、森の中へ消える。
それに続く様にレオンハルトとリーゼロッテは、子供たちを引き連れて森の中へ入る。まだ入ったばかりの為、木々から差し込む光が周囲を認識しやすい感じに明るさを保っていた。こういう場所にはゴブリンなどの魔物と遭遇するのは極めて低く、逆に森の中で生息しているフェザーラビットなどの大人しい動物を目にするのだ。
「今の間に、森の中での進み方を教える」
先頭を歩くレオンハルトが、振り返り子供たちに声をかける。そして、腰につけていたナイフを取り出し、進行方向で邪魔になる草や枝を斬り落とす。
今の所、ナイフの出番はないのだが、この先に何があるか教える時間やタイミングがあるか分からない為、本当は邪魔になっていない草でも見本として斬っていた。
本当は、こういう無意味な伐採などは冒険者の中では余り宜しくない行動だ。
自然を破壊すると言うだけでなく。生えている草や枝が無くなる事で、人間若しくはそれに近い知能を持つ生物がこの道を進んだと他の者に教える事になってしまう。
冒険者や兵士などが最も嫌うのは、突発的な遭遇戦ではなく、敵から奇襲を受ける事だろう。それを最小限にするために無暗に自然を破壊しない。ただし、戦闘時はその限りでもないし、逆にこれを逆手に奇襲をする者へ罠を仕掛ける何て猛者もいるが。
その他に、木で身を隠す方法も教えたり、瞬時に木に登る方法も教えたりもした。この辺りも冒険者や森で狩猟をする上では必須の技能となる。
半刻程、森の入口でレクチャーをした後、実際に森の奥へ進む事にする。
木々の葉の隙間から入り込む灯りも少しずつ少なくなり、周囲が薄暗くなり始めた頃、先頭を歩くレオンハルトから止まれの合図が入る。
直列になって進んでいたため、真ん中にいたアニータがレオンハルトのハンドサインを確認すると後方の子供たちに同じサインを出す。因みに先頭をレオンハルトが、殿をリーゼロッテが配置しており、真ん中に最年長のアニータ、先頭と真ん中、真ん中と殿の間にそれぞれ子供たちの中で実力の高い子供を配置している。
とは言っても、子供たちの戦闘能力はレオンハルトたちがいた頃に比べ、実力の差はほとんどないと言える。あるとすれば性格的に向くか向かないかと扱う武器の違い位である。
レオンハルトは、すぐ後ろを歩いていた子供二人をハンドサインで呼んで、歩みを止めた理由を小声で教える。
「あそこにゴブリンが居るのが分かるか?」
手で示す方向を呼ばれた子供二人が確認すると、そこにはゴブリンが二体木の棒と欠けた剣を持って森の中を彷徨っていた。
確認した子供二人の表情が少し恐怖に襲われ始めた頃に、レオンハルトは冷静になるように指示を出す。
「落ち着け。まだ、此方には気が付いていない。それともし、こうやってゴブリンを目視したら後方に敵が居た事を知らせる。そうだな、まずは君が後ろにいる者へ合図を送るんだ。いいね?」
指名された子供は、声を出さない様頷き、後方に敵がいる事を知らせる。
その合図を確認した子供たちは、不安と恐怖に襲われそうになるが、そこはアニータとリーゼロッテがうまくフォローして、パニックだけは起こさなかった。
仮にパニック状態になってゴブリンが此方に襲って来ても直ぐに周囲で警戒に当たっている三人が助けに来るし、レオンハルトとリーゼロッテがゴブリンを瞬殺していただろうが。それでもパニックを起こさなかった事は褒められる行為だ。
続いて、先頭に立つ子供二人に目視できる範囲で他に魔物が居ないか指示を出す。
ゴブリンの生態状、単独で行動している事もない事は無いが、大体が数体で行動している事が多い。何せ魔物の個体数では、間違いなく上位に入り込むほどいるのだから。
地上には、先程いたゴブリンとは別の個体のゴブリンが二体、木の上に即席で作った様な出来の悪い弓を持ったゴブリンが三体存在している。
「あのゴブリンは、ゴブリンアーチャーとは違うから安心して攻撃をすると良い」
詳しくは、戦闘後に説明すると言って、取り敢えず発見したゴブリンを倒す所から始める。まずは、弓を使うアニータともう一人が、木の上にいる弓を持つゴブリンを打ち落とす。それと同時に二箇所にいる二体のゴブリンを他の子供たちが相手をする。二人で一体相手にすれば良いからそれぞれ四人ずつに分かれる。
手前にいる二体は、レオンハルトが補佐として、奥にいる二体はリーゼロッテが補佐として突く。また、木の上にいる三体のうち二体は子供たちで如何にかできるだろうが、もう一体は状況に合わせて対応。アニータともう一人のどちらが即座に第二射を射抜けるならそれで構わないし、間に合わなかったり外したりした場合は、レオンハルトが地上から投げナイフを投擲するか、隠れて子供たちの補佐をするシャルロットに射抜いてもらうかの予定で動く事にしている。
「私たちは移動を開始するから、ゴブリンの動きを監視して」
リーゼロッテが小声で、残る子供たちに指示を出して、奥に向かう子供四人と一緒に姿勢を低く保ったまま移動を開始。
「アニータは、あの木にいるゴブリンの監視。君はそっちのゴブリンだ。何か動きを見せたら射抜く前に必ず合図を確認するように」
レオンハルトは、もう一体の木の上にいるゴブリンと地上を徘徊している二体のゴブリンは監視しつつ、他の四人を引き連れて移動を開始。今の位置では、奇襲をかけるにしても距離が離れすぎている。アニータたちが射抜いたタイミングでゴブリンを襲わなくては、二対一とは言え、此方に分が悪いのは変わらない。
最下級に位置するゴブリンと言え、兵士より弱い程度で、子供や老人、なり立ての冒険者では脅威の存在なのは変わらない。
今の時刻は昼に差し掛かる程度だから視界もある程度確保できているが、夜であれば、また勝手が違ってくる。そのあたりはアンネローゼと相談して決めないと・・・・と考えながら進み、奇襲をかけやすい場所に陣取る事が出来た。
此処からは流石に声を出すのは不味いから、四人にじっとするようにハンドサインで指示を出し、そのまま木の後ろに隠れる様に立ち上がって、他の者たちの様子を伺う。
暫くするとリーゼロッテから位置に付いたと手で合図があり、その事をアニータたちに伝える。そして草木に隠れる様に屈んでいた四人にもハンドサインで伝え、それぞれに攻撃のタイミングを伝えた。
左手を上にあげて、振り下ろす。右手でないのは、単純に其方の手には投げナイフを三本何時でも投げられるように準備していたからである。
レオンハルトの攻撃の合図を見たアニータたちは、弓を引き指示されたゴブリンに向かって矢を射抜く。
シャルロットと違って威力こそないが、彼女が昨日基礎中の基礎を教えたかいもあり、二体のゴブリンの左目付近と喉に矢が突き刺さり、そのまま地面に落下。残る一体に的を絞りアニータが射抜くも此方は狙いがうまくつけられず、ゴブリンの肩をかすめる程度で終わってしまった。
しまったッ!!と表情を出すが、相手が反撃してくる前に別方向から飛来する矢が木の上にいる最後の一体のゴブリンの眉間を綺麗に射抜いていた。
流石はシャルロットと感心し、すぐさま四人攻撃の合図を出す。
「うわあああああああ」
飛び出す時に子供たちが叫びながら向かって行ったので、これは後で注意が必要だと考えながら、子供たちがうまく立ち回れるように動く。
リーゼロッテの方も攻撃を開始したようで、鉄と鉄がぶつかり合う音が聞こえる。
「敵の攻撃をしっかり見てッ!!そっちはもっと攻めるんだッ!!」
二対一で挑み奇襲もしたのだが、流石に子供たちの技量不足と経験不足で、有利な環境を作っても倒し切れていない。
まあ叫びながら飛び出した段階で、奇襲の効果も薄れてしまっているが、それでも不意を付けたのは事実だ。
投げナイフで子供たちの邪魔にならない様に牽制し、様子を伺う。
「これならどうだ『ダブルスタブ』」
短剣の技を使ってゴブリンを斬り付けたようだが、攻撃が浅く皮膚を軽く切り裂いて程度で終わる。だが、ゴブリンはたったそれだけの傷で一旦子供たちから距離を取るために後方へバックステップするように離れる。
自分よりも格下の子供に傷付けられた事で警戒心が高くなった様だ。だが、知恵を使ってもゴブリンであることには変わらない。
目の前の子供に注意を向けすぎたため、後方から飛来してきた矢に気が付かずに後頭部を射抜かれ絶命する。
「グギャ?ギギッグガゲ!!」
仲間が殺されたのを目撃してしまった残りの一体がそちらに油断した瞬間に槍を使う少年が、一気に槍でゴブリンの身体目がけて突く。槍の矛先はゴブリンの左鎖骨辺りを穿つが、倒し切れず、ゴブリンは仲間の死と自身の現状から、最後の力と言わんばかりの抵抗をし始める。
「敵も生きていて、命がかかっているんだ。こうなったら無作為に暴れまわるから注意するように」
レオンハルトがすかさず暴れまわるゴブリンの武器を持つ手を斬り飛ばした。
無くなった腕から血が出て、痛々しい感じになってしまったが、先程の少年がもう一度槍で、今度は胸の中心目がけて突き、ゴブリンの心臓を穿った。
此方の戦闘はこれで終了するも、未だにリーゼロッテたちの方は戦闘が続いている。と言ってもそのすぐ後に戦闘音が聞こえなくなり、ゴブリンの死骸を引きずりながら、子供たちとリーゼロッテが姿を見せる。
「終わったみたいね」
「ああ、そっちも問題なかったようだな」
お互いの状況を確認した後、姿を隠しているシャルロットたち三人に周囲を警戒するように指示を出した。
「さて、皆集まってくれ。まずは、ゴブリン討伐おめでとう。幾つか注意しなければならない部分もあったが、それは孤児院に戻ってからだな」
レオンハルトは、うつ伏せに息絶えたゴブリンの死骸の一体をひっくり返す。子供たちから悲鳴が聞こえるが、これは慣れてもらうしかないので、そのまま進める。
「まずは、倒した時、一番に気を付けないといけない事があるが、何かわかるか?」
この問いかけに誰も答えようとはしなかったが、それでは時間の無駄になるので、右から順に答えてもらう事にする。
子供たちは順にレオンハルトの問いに答え始めた。
初めの女の子は、魔物の討伐した証を手にする事。次の男の子も同じような感じで、その後出た答えが、仲間の怪我の治療だったり、ゴブリンの使用していた武器等の回収と言ったものがほとんどだった。
そんな中でアニータは、まず手始めにゴブリンが本当に死んでいるか確認する事が重要と答え、その答えに正解か分からないにもかかわらず、先に答えた子供たちは、それが正解のように騒いだ。
「アニータの答えも正解に近いが、それよりも先にしなければならないのが、油断しない事だ」
そして、レオンハルトはすかさず、腰に身に着けていた投げナイフを子供たちの隙間を縫う様に投げる。
子供たちは、急にレオンハルトに襲われたと錯覚して身構えるが、そのすぐ後に獣の悲鳴が後方から聞こえ後ろ御振り向く。
そこには、眉間に投げナイフが突き刺さった三匹のツインテールウルフの死体が横たわっている。周囲を探索していたシャルロットたちの見落としと思うかもしれないが、これはレオンハルトたちからすれば、想定内の出来事。
初めから、数匹の獣を此方に招き入れるつもりでいたのだ。現にゴブリンの血の臭いに誘われて周辺に数十匹の獣が来ていたが、其方はシャルロットたちが素早く倒している。
「いいか?このように人は勝利したと思った時が一番油断しやすいんだ。そして、冒険者になった者が死亡する率が高いのもこの油断が上位を占める」
先程自分自身が体験したと言う事もあって、子供たちはレオンハルトの言葉を真剣に耳を傾けていた。
「今は、周りをシャルたちが警戒してくれているから、もう襲われることはない。けど、だからと言って油断はしない様に。では次に倒したゴブリンが本当に死んでいるか確認する。よくわからない場合は、この様に短剣を喉目掛けて突き刺すと言い」
足元に仰向けの状態で絶命したゴブリンの喉元に短剣を突き刺す。虫の息の状態であってもこの様に止めを刺す時は多少なりと暴れるが、今突き刺したゴブリンは身動き一つしなかったところを見ると完全に息絶えているのが分かる。
「後は、素早く素材になる部分や討伐証明部位を切り取ったりする事。ここでちまちましていたら、血の臭いに誘われて魔物や猛獣が近づいて来るから注意するように」
その後は、その場でゴブリンの解体方法を教える。素材にならない部位はまとめて一箇所に置き特殊な液体を振り掛けて、土壌へ還した。
途中で襲ってきたツインテールウルフは、ダーヴィトとエッダが素早く処理し、魔法の袋に納め同じように不要な部分は、土壌に返していたが、流石に子供たちの処理とは異なり、不要な部分が少なかった。
「さてと、今日はこのあたりで戻るとするけど、さっきも伝えたように油断はしない様に気を付けてくれ」
二日目の訓練も無事終え、アシュテル孤児院に戻った。
当然、到着してすぐに反省会を開き、レオンハルトたちは子供たちの行動を指摘する。その中には、奇襲にも拘らず叫んで飛び出すという行動やハンドサインや合図の見落とし、周囲への警戒の薄さなど様々で、子供たちはかなり落ち込んでしまった。
しかし、ただ落ち込ませるだけでは指導者として意味がない。褒めるべき所はきちんと褒める。アニータの戦闘のサポートに処理の仕方を積極的に学ぶ者、戦い方をおさらいしていた者。褒める内容は此処によって違うが、参加した全員をレオンハルトたちは褒めるのであった。
子供たちは、反省会の後夕食を食べて直ぐに眠りについた。初めての経験や戦闘、魔物との遭遇や襲われないかの不安など様々な物が子供たちの疲労は生きてきた中で一番精神的にも身体的にも堪えたのであろう。
寝静まったアシュテル孤児院で、アンネローゼとレオンハルトたち五人は明日の行動について話し合いを始める。予定では、今日同様に森へ行く事にしているが、子供たちの疲労を考えると中止した方が良いと言う結論に至った。
十人中三人程度なら参加できそうではあるが、他の者が付いて来られないのでは意味がない。そこで森への演習ではなく、魔法の使い方や武器の手入れの方法を教える事になった。
とは言っても武器の手入れは鍛冶師などがする様な本格的な作業ではなく、簡単なメンテナンスと行った所だろう。剣や槍先に付いた血油や脂肪の油などを取り除いたり、刃が欠けていないか。弓のしなり具合などチェックする程度の事。
レオンハルトたちも簡単なメンテナンスは日頃から行うが、強敵との戦闘やかなりの数を相手にした時などは、トルベンにお願いしたりしている。
明日の日程を決め終えた五人はそれぞれ部屋へ戻ろうとする。しかし、レオンハルトとシャルロット、リーゼロッテの三人はアンネローゼにそのまま残るように言われ、ダーヴィトとエッダが部屋を退出したのち、再び椅子へ座った。
「どうかしましたか?」
「実は、アニータの事で少し相談なのだけど」
アニータに何かあったのかと三人は少しばかり表情を硬くしたが、アンネローゼが続けて発する言葉を聞いて、少しばかり安心する。
アンネローゼの話では、アニータはもう少ししたら孤児院を離れる時期にあるが、未だに自分自身が何になりたいのか決まっていない様子。アニータと同年代の子は、既に巣立ちする準備をしている子もいれば、既に孤児院を離れた者も入るとの事で、下手をすると一個下の子供が十歳になる前に進路を決めて孤児院を離れる状態にもなっている。
別にずっといてはいけない事は無いが、年々孤児院の子供の数が増えてきている現状、旅立てる子供が残っている事は、孤児院の経営を圧迫しかねない現状でもある。子供が増えればその分世話をする人間も必要にはなってくるが、まだ数年は年長組や修道女たちで対応できる。
アンネローゼの相談は、アニータにそれとなく将来について尋ねてほしいとの事だ。
アニータの実の姉であるシャルロットやシャルロットの親友のリーゼロッテ、そして兄のように慕っているレオンハルトたちであれば、もしかしたら今後どうしていきたいのか聞き出す事が出来るかもしれないと踏んでの事。
「わかりました。明日、時間を作って話を聞いてみようと思います」
最初に答えたのは、当然姉であるシャルロットだ。妹の進路で困っているのであれば助けてあげたい。力を貸してほしいと言われれば最大限力を貸すつもりでいるシャルロット。その意見は他の二人も同様であり、たとえ血が繋がっていなくても二人にとっても義妹である事には変わりはない。
そう心に誓い明日の為に動き始めた。
翌朝、日が昇る少し前から孤児院の朝は始まる。ある者は、朝食の為の水汲みに出かけ、またある者は、汚れた衣類の洗濯の為に井戸の傍へ行き洗い始める。
このあたりの仕事は主にアンネローゼを含む大人たちと年長組の役割でもある。当然その中には、昨晩遅くまでアニータの事で話し合っていた三人の姿もあった。
「服を洗う時は、生地が傷まない様にする事が大切よ。だから、力を入れ過ぎず優しく洗う様に」
こういう所でも指導をするのは、長年経験してきた者の定めだろうか。リーゼロッテが洗濯物の洗い方について指導をしている傍で、シャルロットもまた、朝食作りのお手伝いをしていた。此方は教えるではなく補助と言う感じに近い。大きい野菜を一生懸命運んでくる六歳ぐらいの女の子の傍で、転倒しない様見守りをしているのだ。
エッダは、家事全般が不得意ではないが得意でもない為、教える技量を持ち合わせておらず、借りた布団を外に出して天日干しの準備をしていた。
うっすらと暗い時間だが、もう間もなく朝日が顔を覗かせるので、この位の時間から干しても問題にはならないし、雲も少ないので雨が降ると言う事もない。
ダーヴィトは、当番のない冒険者希望の年長組を始めとした子供たちと朝稽古をして、レオンハルトは、幼子のおしめを交換したり、衣服の着替えの手伝いなどに勤しんでいた。本来であれば、こういう事はシャルロットたちの役目なのだが、彼女たちは既にほかの作業をしていたため、起こしたりする方を手伝う事になった。
と言うのも、現在アニータが洗濯物当番の為リーゼロッテと共に井戸の近くで衣服を洗う作業をしていた。その時に昨日の夜に聞いたアニータの進路について尋ねると言い始めたので、その作業を一緒にしていると言える。
結局、朝の作業を一通り終え、朝食を済ませた後に四半刻後に集まるよう指示を出し、レオンハルトたちも準備に入る。
「ごめん。聞き出せなかった」
開口一番の謝罪。話しかける前は私に任せなさいと意気込んでいたが、あえなく撃沈したようで、少しばかり落ち込み気味。
ただ、何も収穫がなかったわけでもなく。きちんと情報は聞き出していた。
聞けばアニータは現在、悩みを抱えているとの事。これはリーゼロッテの推測も半分近く混ざっているため信用性に欠ける部分もあるが、それでも何も無いよりは良い。
その根拠となったのが、アシュテル孤児院を出たらどうするのか尋ねたとの事。
ド直球すぎて、一瞬驚くが、遠回しに聞くよりも効果はあるかもしれないと思い直し話を聞く。
「・・・・・・今は・・・これと言ってなりたいものは無いかな・・・でも・・・・」
「でもどうしたの?」
不思議に思ったリーゼロッテが更に訪ね返したが、結局そこから先は何も教えてはもらえず、アニータからも何でもなかったと言う始末で終わったのだ。
そこから、リーゼロッテは自分若しくは自分に関連する者たちに打ち明けれない何かがあるのではないかと推測したとの事。
「確かに何か悩み事がありそうな件だな」
次にどうするか話合おうとしたところで、子供たちが集まり始めてきたので、一旦打ち切りにして、魔法の事についての講習を始めた。
アニータにダーヴィト、エッダはこの講習には参加せず、魔道具の使い方の説明の講習を開き魔力を持たない者は其方へ。レオンハルトは魔法が使えるが、魔道具制作も行えるために此方の講習で講師をしていた。
と言うより今度はレオンハルトが聞き出す番でもあったのだ。
ただ、講習中にどう考えても聞き出す事は不可能なので、レオンハルトは彼女の行動を要観察して、変化がないかを確認する。その後昼食時に話しかけると言う算段だ。
「魔道具について教えていきます」
そう言って一つの棒を取り出し、実演する。
「火を灯せ『火』」
発動するための詠唱を唱える。普通に発動するのと同じだが、この初歩中の初歩の魔法を詠唱する者は少ない。基本この程度の魔法であれば、『火』か、無詠唱のどちらかで、火を灯せ何て言葉は発したりしない。
初心者や魔力量が少ない者、魔力制御が苦手な者は別であるが。
棒の先に突如赤い炎が発生した。俗に言う魔道具で着火口棒と言うもので、簡単に説明すれば現世のチャッカマンみたいな感じの道具だ。
「この様に魔力を持たない者でも魔道具を使えば、魔法が使用できます。まあ、この内容は既にアンネローゼ先生から伺っていると思うので、この講習では、更にどう使うと良いのかと言う事を教えていきたいと思います」
そこで、取り出したのは何の変哲もない二つの棒を取り出す。この魔道具も着火口棒同様に出回っている魔道具で火を出す代わりに光を出す物だ。
だが、同じ棒状の魔道具を二本取り出したのには理由があり、一つは販売されているそのままの状態の物で、もう一方はレオンハルトが少し細工をしている物だ。
「この発光棒は、二つとも孤児院にも置いてある代物だが、片方はこの講習を始める前に少し手を加えている物だ」
見た目は二本とも特に変わった事がないが、光る部分の箇所と光らない部分の箇所との間に若干模様に変化があるぐらいだろう。
その後、レオンハルトが魔道具について淡々と説明する。
一般的な発光棒の使い方と使用する意味。そして実際に光らせたりして子供たちに認識させる。そして本題の手を加えた方の発光棒を取り出した。
子供たちは、同じように光を灯す物だと思い魔道具に注目すると、ほんの一瞬、強烈な眩い光が子供たちを襲い、一時的に視覚を奪った。
「わっ!!めっ・・・目が・・・・」
凝視していた余り講習に参加していた子供全員が、目を瞑り、手で押さえたり、崩れ落ちたりする。
放つ閃光は、視力を一時的に奪うが時として視力を永久的に奪う失明もあり得る。今回は、そこまで強力な閃光にしていないが、初めて体験する者には、その効果は絶大だ。
失明はないが、一時的に奪われた視力がいつ回復するかは個々によって異なるし、そんな時間を待つのも勿体無いと言う事で、レオンハルトは素早く『範囲治癒』を使い子供たちの視力を元に戻した。
「今、治したから目を開けても大丈夫だよ」
レオンハルトの言葉で、子供たちは恐る恐る目を開ける。
先程までの視力麻痺が嘘のように消え失せていて、子供たちは各々驚きを隠せずにいた。
そのまま、先程の光属性魔法『閃光』に似た効果を齎した魔道具の説明を行った。
「一定量の魔力を持続させるのではなく、一瞬で使用した結果がさっきの強い光になる。ただ、どの様に手を加えたのかは教えられないが、理屈は教えてあげられる」
手の入れ方は、乱用されれば忽ち周囲へ被害が出る恐れがあるからだ。これが、アンネローゼの様な実力もある大人であれば教える事も吝かではないが、子供に教えれば、その効果を悪用する大人などに目を付けられ、強盗や凶漢の手段にされかねない。
では、教えなければ良いと考える所でもあるが、それは押し付けになるし、子供たちの中に魔道具の制作等の才能があるものにそのチャンスを与えない事になる。
前世であれば、チャンスは幾度か訪れるが、この世界でチャンスを取り逃がせば人生が大きく変動してしまう事も多い。それ程厳しい世界とも言える。逆を言えばチャンスを掴めれば前世よりも生き生き出来る部分もある。
どの世界にも善し悪しがあると言う事だろう。
それはさておき、そのまま魔道具の考え方を説明していった。先程のように一般家庭でも入手可能な魔道具を戦いの道具にする事も可能なのだから、正しい認識と危険性についてきちんと説明した。
「使い方を間違えれば、先程の強い光の時のように目が見えなくなることもできる。君たちは面白半分で使用しない様、あらかじめ体験してもらったと言う事だ。目が見えなくなってどう感じた?」
後方にいた元気な男の子に先程の感想を尋ねる。彼は、目が見えなくなった瞬間一番混乱していたのだから、そう言った人物程素直な感想を述べてくれるだろう。
「ボ、ボクは、いきなり目が見えなくなって、すごく、すごく怖かったです」
その感想を共感するように周りの子供も頷いたりしていた。
「そうだね。一つ間違えると恐ろしい事になる。これは魔道具に限った話ではないが、覚えておいてほしい」
その後は、少し落ち込んだ雰囲気を無くすため簡単な実験や作成時にどのようにすれば良いか、また既存の魔道具にどのように手を入れてどの様な結果を望むのか。魔力の在り方などを簡単に説明する」
特にこの講習に参加できる年齢ギリギリの七歳ぐらいは、実験と言う名のデモンストレーションを楽しんでいたし、年長組は作成が出来るかとか分からない点を質問してきていた。アニータもレオンハルトに質問を投げかける。
「レオン兄さん、私からも質問が、最初の時に使用した魔道具。使用回数の制限とかは一般の物と違ったりするの?」
そのあたりの説明を行ったのだが、いまいち理解できなかった様で、これはアニータだけでなく他の年長組も同様の表情をしていた。
「ああ。答えは違うだ。根本的に魔力消費量が異なるのだから、貯蔵できる魔力量によって自ずと変わってくる」
レオンハルトの答えに他の子供が更に質問を加えてきた。内容は使用量が同じ場合、なぜあれ程威力に変化が出来るのかと。
これは、魔法が使える者は感覚的に理解できるが、此処に集まっている者は、魔力を若干ではあるが持つ者と全くない者たちである。そのため、なぜそこまで変化が出てくるのか理解しにくいようだった。
であるなら、彼らにも分かるように説明しなおす必要が出てくる。
そこで、急遽同じ大きさのコップに水を均一の量入れる。
「このコップに入っている水が魔力だと思ってくれ、それでコップ自体が魔道具の保有できる魔力量だとすれば、一般的な発光棒は、こんな感じに魔力を消費する」
そう言うと地面に水をゆっくりかける。全部使い終わるまでに約三十秒、水によって濡れた地面は少しずつ土と混ざり色が濃くなり、泥のようになっていた。
そして、もう一つのコップを持つと、強い光を発した魔道具の方をコップで表現し始める。あの光は一瞬の輝きだったことから、このコップに入っている水も同じように一瞬で空にする必要がある。レオンハルトのとった行動は、コップの水を一気に地面にぶちまけると言う行動だ。しかも、ただぶちまけるのではなく、地面に叩きつけるように勢いよくぶちまけた。
ぶちまけられた水は、地面に衝突するなり、表面を少しえぐり、衝突の反動で水は広範囲に広がった。
「これが、さっきの閃光を水で例えた現象だ。ゆっくり流した時は、地面はただ濡れただけだったが、こっちは地面が抉れているだろう?この様に同じ水で同じ量でもやり方ひとつで結果が変わる」
レオンハルトの実演によって、子供たちは感心した表情を示した。知能が低いとかではなく単純に彼ら彼女らの年齢が年相応だったと言う事。逆にユリアーヌとクルトに関してはある程度似た様な説明で理解していたから、彼らの方が少し異質だったのかもしれない。
リーゼロッテやヨハンは、魔法が使えたから感覚的に理解していた事を考えれば、もしかしたら理解力が魔法を使えるようになる鍵なのかもしれないと考えたが、その考えは一瞬でやめる。
どちらかと言うと魔法が使えるから理解力が早いのだ。魔法と言う経験が、理解力を助けているのかもしれない。
もう少し見せてあげたいと思ったが、魔法を教えていた組が此方に向かって来ているのを見つけると、結構良い時間になっていた。
「では、魔道具の講習はこれでおしまいにします。みんなそれぞれ片付けて昼食にしようか」
レオンハルトはそのまま子供たちに指示を出し解散させる。その時、アニータに声をかけて、魔道具の片づけを手伝ってもらった。
「アニータ魔道具の講習はどうだった?」
講習中は、彼女の悩みを聞く事が出来なかったので、こういった時にさりげない会話から何かを探ろうとする。
アニータは、レオンハルトの問いに楽しかったし、知らなかった事をいろいろ知る事が出来て良かったと素直に感想を述べる。
講習に食い入るように見ていたから、もしかしたら魔道具関連の仕事にでも就きたいのだろうかと考えたが、感想を聞く限りではそう言った印象は感じ取れない。もし、魔道具関連の仕事に就きたかったらあれやこれやこのタイミングで色々聞いてきたはずだから。
「そうか。ところでアニータは、魔道具に興味あったのか?講習中真剣に聞いていたし質問もしてきていただろう?」
魔道具関連ではないと踏んではいるが、一応確認の為に尋ねる。興味がないわけではなくだが、その職には就くつもりがない。となれば、考えられるのは作る側ではなく売る側、若しくは使用する側に携わると言う事だろう。
「・・・・うん。あると言えばあるけど、作りたいかと言われれば・・・違う・・・かな」
何とも歯切れの悪い回答。逆に言えば、リーゼロッテが会話から感じ取った悩みの部分でもあるのかもしれない。
しかし、これはチャンスでもあった。歯切れの悪い回答は即ち何か悩み事があるか後ろめたい事があるなどの時に出やすい。
「・・・・何か悩みでもあるのか?」
だから、敢えて変化球ではなくド直球に尋ねる。
暫く沈黙が続いたが、漸くアニータの口が動いた。
「私とお姉ちゃん、どうしてこんなにも違うのかな?」
ん?人はそれぞれ違うのだから、比べても仕方がない気がするが、恐らく彼女はそんな答えを求めていないのだろう。と言う事だけは理解できた。
何と答えればいいのか。何と比べているのか。そこが分からなければ答えようがない。
「その質問の答えは俺には答えられない。それは自分で見つけないといけないだろうから。ただ、アドバイスはできる。アニータは、シャルと比べて劣等感を感じていたんだろう?」
振り絞って出した答えが、これだ。後からシャルロットやリーゼロッテに何か言われるかもしれないが、それでもこれが最善だと思い述べる。
そして、アニータは静かにその答えを聞いた。
「アニータはアニータで、シャルに持っていない良い部分もたくさんあるから、そんなに自分を無碍にしないほうが良い。なに、もしアニータが困るような事があれば、俺が力を貸してやる。だから胸を張れッ」
うん。全然、答えになっていないどころかアドバイスにもなっていないな。
予想以上にうまく伝えられなかったことに、レオンハルトは心の中で悔やむ。
「うん。ありがとうー。私がどうしたいのか、考えてみる」
アニータは、少しだけ表情を明るくして、その場を立ち去った。
昼食後にそんな事があった事をシャルロットとリーゼロッテに話をした所、シャルロットが少し落ち込んでいた。
彼の対応ではなく、アニータが自分と比べて、落ち込んでいる事を知ったためだ。
「私、夕方に妹と話をしてみる。二人とも妹の事を気にかけてくれてありがとう」
結局、三人もそれぞれその場を解散した。レオンハルトは、シャルロットが何とかすると言っていたが、そもそも何がシャルロットより劣っているのか分からないため、解決できるのだろうかと言う疑問が残る。
あまり、上った事がない孤児院の屋根の上に跳躍で昇るとその場を魔法で綺麗にしてから空を眺めるように横になる。子供たちへ教えるのは半刻近く後になるので、準備をするか此処で休むぐらいしかないレオンハルトは、考えろ纏めるため休み選択を取った。
考えている時点で休んでいるのかと思うかもしれないが、身体を休めると言う意味で捉えてもらうのが良いだろう。
(アニータが抱えている劣等感・・・・それが何なのか。前世の知識や経験がある分シャルの方がどうしても、ずば抜けた才能がある。それに恩恵もあるから魔法や弓などの才能もどうしてもアニータより上だ)
シャルロットとアニータでは、明らかに差が出てしまうのは当然だと考える。だが、前世の記憶や経験、恩恵などはレオンハルトとシャルロットしか知らない情報だ。
普通に見れば一つ違いでここまでの差があればどうしても、姉に劣っていると感じてしまうのも無理はない。
シャルロットよりアニータが優れている点、明るさや活発的な点、それとシャルロットとは違う瞬間的な判断能力。特に最後の判断能力は大きく異なる。
シャルロットは、どちらかと言うと保守的な思考になりやすく、ここぞと言う時の判断は最悪な事態を避けようと行動してしまう。その反面アニータは、活発な事もあってか行動力ある。特にここ一年の間は、自分たちが居る時よりもそれが表に出ている感じすらあるのだ。
最悪の事態を考えていないと言えば聞こえが悪いが、それよりもまず、最大のダメージを与える方を優先するあたり、シャルロットとは違う良さがあるのだ。
(魔道具に興味があるが、作る方ではない・・・・姉に劣っていると感じている部分・・・若しくは実際に劣っている部分。導き出される答えはあれしかないのか?嫌でもそれだと、幾らシャルでも解決させるのは難しい)
ならば、少しでもシャルロットとアニータの手助けになるのであれば、あれがどうしても必要だな。
考えが纏まったのか。レオンハルトは、寝そべっていた身体を起こし、そのまま下へ跳び降りる。そして、その作業を行うための準備と自身の魔法の袋を装着すると、仲間の元へ向かった。
「シャル居るか?」
「どうしたの?まだ講習するには早いと思うけど」
次の準備をしていたシャルロットに声をかけて、この後の講習を自分抜きで行ってほしいと頼む。そして、もう一つ確認しておかなければならない事を尋ねた。
「アニータと話すのは夕方か夜ぐらいの時間か?」
「ええ。夕食後の片付けの時間に呼び出して話すつもりよ。片付けはリーゼちゃんたちが代わりにしてくれるみたいだから」
そうすれば、三刻から三刻半の時間しかない。急ぎ作業を進めるためにも、具体的な説明を省き端的に伝える。
「アニータの抱える問題の一つを俺が何とかする。その為の時間が欲しい。だからここを任せても良いか?」
四人が少し考えこむ。何せこの後の講習はシャルロットとレオンハルトが主となり行う予定だった。リーゼロッテでも代役は出来るが少し心許ないと考えていたその時、五人とは別の人物が姿を見せる。
「ええ。言って良いわよ。代わりに私が講習を行うから」
姿を見せたアンネローゼが許可を出した所で、レオンハルトは素早くその場を後にした。
今は少しでも時間が欲しい為だ。
次回は、十一月上旬から中旬にかけて投稿予定です。
読んで下さった方々、ありがとうございます。
引き続き、読んで頂けますよう頑張ってまいります。