3話/不釣合い
顔を上げると、そこには、彼の真剣な瞳があった。もう、切なそうではなかった。だが、無表情であった。彼の感情が、分からない。
私は、もう、どうにもできなくて、その場から、逃げ出した。サンダルが、私の足から脱げそうになるのも、お構いなしに。
「待てよ」
振り向くと、彼は、カウンターを飛び越えていた。
私は、驚きながら、疾走した。サンダルが走るのを邪魔する。
「来ないでよ」
私は、叫んだ。そして、走った。けれど、今度は、自分が走ったような感覚ではなかった。むしろ、重力に身を任せる感じだった。
「お嬢さん」
心地よい低音が、耳に響き渡る。それと同時に、私は暖かい何かに支えられた。そして、その何かに、収まっていた。
「逃げるな、って言わなかった?」
私は、見上げた。彼が、私に手を回している。
「好きでもないのに、追いかけないで」
「好きさ」
「私を見ると、辛いんでしょう」
私は、また、涙が溢れてきた。もう二度と、あんなに悲しそうな彼の顔を見たくない。
「大丈夫」
「嘘言わないで」
「俺はもう、大丈夫」
彼が、よりいっそう、私を抱きしめた。
「俺は、君と出会って、今さっき、思い知らされた。」
「・・・」
「ひとつ目は、逃げないこと」
彼は、歌を唄う様に、楽しそうに言った。
「ふたつ目は、好きと愛すは違うこと」
「そして、みっつ目は」
彼は、私を真剣に見つめた。
「君を愛していること」
私は、笑った。
そして、彼に向かって背伸びしようとした。けれど、彼はそれを食い止めた。そして、彼は腰をかがめて、私にキスをした。
「あー、なんか、エッチな事したくなってきた」
私は、大きく笑った。
「あー、なんて、不釣合いな言葉なんでしょう」




