境界
私と華の間には、明確な溝があると信じていた。
それは交わることも共有することもないものであって欲しかった。
不快だ。
でも、認めなければ消化できないのかもしれない。
華の日記はそこで終わっていた。
それ以上は書かれていない。
風を失うことを恐れた女が、
何を考え、
最後に何を願ったのか。
綴られぬままそこで途絶えている。
でも、
少しだけわかる。
風が学校を辞めた日。
風が外へ出なくなった日。
風が私だけを見るようになった日。
私は安心した。
安心してしまった。
それは、
華が望んでいたこととどう違うのか。
私は、いい子であろうと務めていた。
華のような我儘な女ではない。
華のようになんでも手に入れてきた女が、最後に手に入れたかったのが風。
そして、何もない。唯一私が手に入れたかったのは風。
風はどちらの手にいたのだろうか。
それを考えると身の毛がよだつ。
ガラス玉の中に閉じ込めた私の風の中に、あの女は生きていた。
それを風は大事に抱えていた。
私を見ながら、私のかぶるあの女の皮を愛していた。
それが真実だ。
私が愛したあの風の指の傷を作ったのは華。
嫌いな女がつけた傷を私は愛していたなんて。
愛ってなんだろう。
こんなに気持ちの悪いものなのか。
ベッドで自分を抱き、震えているときだった。
おはよお。
はるは私にそう言った。
私は顔を上げる。
はるは笑っていない。
ただ、
毎朝のようにそこにいる。
寝癖のついた髪。
少し曲がったパジャマのボタン。
裸足の細い脚。
そのどれもが風に似ていた。
そのものだった。
でも、
風ではない。
華でもなかった。
私は、しばらくはるを見ていた。
ガラス玉越しにはるをみる。
ガラス玉の中に閉じ込めた風ではない。
日記の中に閉じ込められた華でもない。
今ここにいる、ガラス玉の中にいるのは、
はるだった。
私は、ただ、はると暮らす。
ただ、それだけを繰り返すことが、私自身なのだ。
永遠に繰り返す日々。
私だけのはる。
私だけの風。
私だけの風景。
窓の外で風が吹いた。
蒲の穂が揺れる。
私はガラス玉を机に置いた。
「おはよお」
「おはよう」
私はそう返した。
私だけのアポストロフィS。




