1 セシリアからの『お願い』
王都の目抜き通りから一本入った静謐な貴族街の入り口にあるアンティークショップ『星屑の天球儀』。
公爵令嬢セシリア・ド・ローランは、気持ちを落ち着かせるために大きく息を吐いた。
重厚な扉の向こうから、一級品に興奮する貴族たちの熱気を感じる。
「これがエレオノーラ様のお店…」
緊張するセシリアの前で、その扉がゆっくりと開かれた。
「ようこそお越しくださいました、セシリア様」
洗練された、モノクルの男が優雅に一礼する。セシリアは恭しく差し出された手に、自らの手を重ねた。
「ありがとう、オスカー。今日は無理を言ってごめんなさい」
「いえ、お話はリリアーヌお嬢様から伺っておりますので」
エスコートされたロビーには、美術館のように美しく並べられたアンティークの数々。
「はぁ…、素敵ね。今日は展示会の日だったわね?」
「ええ。よろしければ、お帰りの前にご案内いたしますよ?」
「そうね、ぜひお願い」
普段は店の奥に眠っている名品・珍品を手に、訪れた貴族たちが思い思いに、談笑していた。
「それにしても、この招待状。手に入れるのは本当に大変だったわ」
「セシリア様でしたら、お声がけいただければ、すぐご用意いたしましたのに」
セシリアから、招待状を受け取ったオスカーが、モノクルを押し上げ、封蝋の色を確認した。
ひとつ頷くと、控えていた青年に声をかける。
「レヴィン、特別なお客様です。奥にご案内を」
「承知しました。セシリア様、どうぞこちらへ」
「まぁ…」
思わず、声をあげてしまうほどの麗人が、オスカーからセシリアの手を受け取り一礼した。
「あなたのような、美しい人にエスコートしてもらえるなんて…。エレオノーラ様はさすがね」
うっとりと頬を染めるセシリアにレヴィンは「恐れ入ります」と、卒のない動きで長い廊下を案内する。
「こちらが特別来賓室になります」
レヴィンの美しさに惚けていたセシリアが我に返る。
「そ、そう。ありがとう」
熱のあるセシリアの視線を優雅な一礼で受け流し、レヴィンはその扉を叩いた。
「エレオノーラ様、セシリア様をお連れしました」
「…、お入り頂いてちょうだい」
開かれた扉の向こうで、この店の主、ヴァランシェール侯爵令嬢エレオノーラがセシリアに微笑みかけた。
「セシリア様、いらっしゃいませ。どうぞこちらにお掛けになって?」
テーブルには上品なティーセットが置かれ、見た目にも可愛らしいお菓子が添えられている。
セシリアは目を輝かせた。
「とっても、可愛いわ!」
「ふふ。セシリア様もこのバラのチョコレートがお好きだと伺っていたので」
二人はティーセットを挟み、向かい合って腰を下ろす。
「そういえば、『お願い』があると言う話でしたわね?」
「ええ…」
セシリアの白い手がドレスを握りしめた。
ほんの少しの沈黙。
それがこの後の話の重さを現していた。
「ローラン公爵家の、呪われたネックレスが盗まれたことかしら?」
「…っ!!なぜ、それを」
セシリアが息を飲んだ。
「あら、セシリア様が私の可愛いリリアーヌに相談なさったのでしょう?」
学園で仲の良いリリアーヌに相談したのは、悩みがあると言うことだけだった。
「と、盗難のことまでは…」
「リリアーヌに、セシリア様を助けてほしいと頼まれたのよ」
セシリアの背中に冷たい汗が滑り落ちた。それだけの理由で、公爵家の秘匿情報を暴き出した手際のよさに。
「詳しくは存じませんけど」
セシリアの喉が鳴る。高級なお茶で潤したはずの喉がカラカラだった。
「…ギルドに依頼を…させていただきたいのです」
「当ギルドの趣旨はリリアーヌの保護のみです」
先ほどまでの親しさが嘘のようなそっけなさで、エレオノーラが切り捨てた。
きっぱりと告げられたセシリアは、蒼白な顔で唇を震わせる。
「ですが、そのリリアーヌの頼みですからね」
エレオノーラは洗練された手付きで静かにカップに口をつける。
すがるようなセシリアを横目に、つまらなそうに扇子を開き口許に当てた。
「リンとガイを呼びなさい」
「既に、執務室の方に待機させております」
レヴィンの優雅な一礼に、エレオノーラは「そう」と頷き、セシリアに向き直った。
「ギルドへご案内いたしますわ」
倒れそうなほどの緊張を圧し殺し、セシリアはなんとか頷いた。




