第十一魔導
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「ねえねえ、貴方どこの村出身なの?」
「え、わたし?」
馬車に揺られ少しして。馬車は、森林に囲まれた道をゆっくりと徐行していた。心地いい振動が眠気を誘う中、向かいに座る少女がミルニィに声をかける。ぼーっとしていたため呆けた返事が口から洩れてしまった。
「そう、貴方。」
「えっとね…エルグラントの南の方にあるちっちゃい村だよ。」
「アルグランテには一般試験で受けたの?」
「ううん。わたしは支援制度ってやつで…」
支援制度という言葉と聞くと、少女はほっと息をつきながら胸を撫で下ろす。
「よかった~。私もそうなのよ。私の居た所も小さい村でね。魔導を真剣に習ってたのなんて同年代の子でも私くらいしかいなかったから、運良く支援制度を受けられたの。ほら、一般で受けている人達ってちょっと殺気立ってる人多いじゃない?私と同じような子がいるか不安だったのよね。私、ダイア。よろしく。」
ダイアは手を差し出して握手を求める。ミルニィはダイアの話から同じ境遇であることに仲間意識を持ち、表情を崩しながら手をやさしく握る。
「わたしはミルニィっていうんだ。よろしくね、ダイアちゃん。」
「うん。ところで、ミルニィはどうしてアルグランテに行こうと思ったの?」
「えっと…魔導士になりたくて…」
ミルニィは目を逸らしながら髪をいじる。未熟な自分が"魔導士"になりたいなんて言うことは恥だということは村での自分の扱いで分かっていた。だからこそ、ダイアの言葉に目を丸くしてしまった。
「どうして恥ずかしがってるの?立派な夢じゃない。」
「え?そ、そうかな。」
「そうよ。アルグランテに行く人達なんて、そう考えているのが大半じゃないかしら。」
「ダイアちゃんも魔導士に?」
「ううん。私は研究員になりたいの。子供の頃から部屋に籠って魔導の勉強ばっかやってたから、体動かす事よりじっと魔導の研究してる方が性に合ってるの。アルグランテからなら結構イイ所行けそうだしね。」
「え…アルグランテって魔導士じゃないお仕事もあるの?」
「あるわよ?まあ、単にブランドよね。アルグランテって魔導学校の中でも有名だし、そこら辺の雑貨屋でも案外アルグランテ出身の人が経営してるなんてよくある話よ。有名な学校出身なら信用も信頼もあるし、色々と融通が利きやすいのよね。」
「そうなんだ…知らなかった…」
「時間は沢山あるのよ、これから魔導士以外の道も考えてみたらどうかしら?」
「う~ん…でも、やっぱりわたしは魔導士になりたいんだ。」
「そ。貴方はどうして魔導士になりたいの?」
「それはね________」
ミルニィの言葉を、「キュアアアアアアアアアア」という不快な音がかき消す。あまりの音の大きさに咄嗟に耳を塞ぎ、蹲る。
「え、え?なに…今の…鳴き声?」
「うあああああああああああああ!!!!」
突然、馬車の先頭から叫び声が聞こえた。そこに視線を移すと、御者が目と口を大きく開き、真上を見上げている。どうしたのかと声をかけようと頭で考えた瞬間、上から飛来した黒い影に御者はドゴンと大きな音とともに馬ごと潰された。グシャっと不快な音を立てたと同時に、黒い影が地面に落下した衝撃で馬車が浮き、馬と連結しているハーネスに引っ張られて前転しながらひっくり返りミルニィ達は馬車から放り出される。ゴロゴロと道に転がされ、落下の衝撃で体の節々に痛みが発生する。思うように動けず、声が出せない。
「…う……うあ…」
「ミルニィ!大丈夫かしら!?」
「だい…あ……ちゃん…う…だいじょうぶ…なの?」
「少し体が痛むけれど…うまく受け身が取れたから貴方程ではないわ。」
ダイアに肩を貸されながら、なんとか立ち上がる。
「ダイアちゃん…ありがと…なにがおこって…」
転倒した馬車の方を見る。目を疑った。鳥だ。形状は鳥だが大きさが規格外だ。4~5Mはあるだろうか。馬車を止まり木に、馬と御者が混ざった肉塊をグチャグチャと音を立てながら食べている。全身を覆う毛の様なものは黒く、その全貌は景色から浮いている。空を飛ぶための翼とは別に、右側の背中にもう一枚翼がついており、時折「キュルル」と鳴き声を発しながら獲物を捕食するその姿は、禍々しく、恐怖そのものであった。
「え…?え…?な…なにあれ……え?」
「早く逃げるわよ…!あいつがこっちに気づく前に…!」
「…あ…あし……足に力が……」
「しっかりしなさい…!こんな所で死んでも良い訳…!?」
化け物に気づかれないようにするためか、小声で怒られてしまう。半ば無理やり引っ張られるような形でその場から離れようと歩みを進めた際、「う…」と馬車から道に投げ出された他の者たちがうめき声を漏らす。
「ダイアちゃん……皆が…助けないと…」
「…助けられないわ。」
予期せぬ返答に反射的にダイアの顔を見やる。眉をひそめ、「どうしようもない」というような、苦虫を嚙み潰したような顔をしている。
「今私が手を貸せるのは貴方だけ…これ以上はお荷物よ。」
「お荷物って…そんなひどい事____」
「うわ、ああああああああ!!」
突然の大声が耳を劈く。振り返ってみれば、馬車から投げ出された少年が目の前の化け物を見てワナワナと震えている。
「はやくこっちに…!」
ミルニィが手を差し伸ばそうとするより先に黒い影が視界を横切り、少年の頭が無くなった。首の無くなった少年の体が、首の千切り目から血を吹き出しながらバタリと行動を停止する。
「えあ…うそ…」
「ミルニィ…!」
ダイアの呼びかける声に、はっとする。思い出したかのように歩みを再開し、森の奥に進む。
「出来るだけ遠くに逃げましょう…あいつが他の子に夢中になってる内に…」
「しんだ…しんだ…助けられなかった…」
「貴方、その感じで魔導士になれるの?身内が死ぬなんて、珍しくない世界なんじゃないの?」
「でも…しんでほしく…ないよ…」
思いを反芻する程、何もできなかった無力感や倦怠感が募る。自分の実力と覚悟の無さに不甲斐なさを感じた。
「…優しいのね、貴方。今の時代じゃ珍しい。考えが甘いと言われればそれまでだけど。」
「さっきの…鳥みたいなやつって…」
「まあ、間違いなく"魔物"でしょうね。」
「で、でも魔物は…!」
「ええ、滅ぼされたはずよ。30年前の大戦でね。」
「ならどうして…」
「順当に考えれば残党かしらね。ここ最近目撃情報もなかったけれど。黒い魔力の残穢を纏い、魔力貯蔵庫である身体機能に含まれない翼。特徴は合ってるのよね。なんで今更出てきたって話ではあるのだけど。」
「…ありがと、ダイアちゃん。もう自分で歩けるよ。」
「そ。ならさっさとここから離れましょう。エルグラントに戻りさえすれば魔導士が何人かいるはず。後の事はその人たちに任せて____」
ふと後ろを振り返ると、ミルニィはその場に立ち尽くし、うつむいている。
「ミルニィ?」
「あの道って、エルグラントに繋がってる道だよね。」
「…ええ、そうね。エルグラントに通じる街道のひとつ。だったらどうしたっていうの?」
「つまり、他の人達もこの道を通るってことだよね。」
「ミルニィ…貴方。」
「あいつがあそこに居続けたら、他の人も被害にあうかもしれない…だから_____」
「私達であの魔物を倒そうって?」
ダイアはミルニィの方へ歩く。
「貴方、何を言っているか分かってるの?下級の魔物でさえ、一般の魔導士の手に余る。"魔導士見習い"にすらなれていない私達が討伐なんてできるはずないでしょ?」
ダイアはミルニィの目の前で歩みを止めると、右手の中指でミルニィの心臓の辺りを突き出す。
「すっごく運が良くても片方死ぬ。その時死ぬのは、貴方よ。」
「………………………」
「今は逃げてもいい。見境なく命を擲つ理由が、貴方にはまだないでしょう?」
「いつまで逃げていいの?」
「ん?」
「これから先、魔導士になるまで、逃げて逃げて逃げ続けて。…きっと、魔導士になれたとしても逃げ続けてしまう。自分を優先して、何もかも後回しにする癖がついたら、生きてて恥ずかしくなると思う。わたしのちっぽけな命を何度も天秤に掛けないと、魔導士になんてなれないんだよ。」
ダイアの目を真っすぐと見つめる。自分が不明瞭な事を口走った事は分かっている。けれど、ここからは逃げない意思を伝えたかった。
「…ダイアちゃんは先にエルグラントに戻って。研究員になるんだよね。こんな所で、わたしなんかの巻き添えをくらっちゃだめだ。」
ダイアは頭をポリポリと掻いた後、深く溜息をつく。
「私も一緒に戦うわよ。貴方一人だと心配だし。」
「ダイアちゃん…!」
「さ、作戦会議するわよ。」
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