第十魔導
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ミルニィとレイドの決闘から二か月程。あれだけもちきりだった決闘の話題も口にするものが少なくなり、いつもの村へと戻りつつある。崩壊した《崇拝の祭壇》の後始末は最近は祭壇として使われる事がなかったため、行われることはなかったが、神聖な場所を壊したとしてディールが非難された。当の本人達は湖のほとりで今日も魔導の鍛錬に励んでいた。
「ど…どう?」
「もう少しゆっくり描け。魔導陣を雑にすると魔導はまともに発動しない。」
「ん~…こう?」
「線がガタガタしてる。もう少し丁寧に…」
「う~ん…」
「…まず円を綺麗に描けないと…駄目…ああもう!!」
レイドは急に叫んだかと思えば、手に持つ魔導書を地面に叩きつける。
「ど、どうしたの。」
「どうしただと!?どうにかなっちまいそうだ!教え始めた日から何も進展してない!魔導陣の描き方なんて九つの奴ならだれでもできる!この二月はなんの時間だったんだ!もう明日だぞ!入学!なにしてんだ!」
「ご、ごめん!覚え悪くって…でもレイド優しいよね。半刻だけって言ってたのに、ずっと一日中教えてくれて…」
「…元々半刻だけのつもりだったんだ。応用とコツだけ教えようと…まさか基礎すら知らないなんて…ディールさんの気が知れない…」
「だ、だいじょうぶだよ!レイドは魔力量を褒めてくれたでしょ?おかげで自信が付いたんだ!なんとかなるよ!」
「なんで本人がそんな楽観的なんだ。…ミル。普段ディールさんと何の修行をしてるんだ?あんな膨大な魔力量、生まれ持っての才能では説明がつかない。」
「魔導器具を使わないで魔導を発動させるやつだよ。レイドもやったことあるでしょ?」
「…は?」
「え?」
レイドは身を固まらせ、目を見開く。信じられない物を見たような。ミルニィはなぜレイドが驚愕しているのか理解できず、困惑する。
「魔導器具を使わずに…だと?確かにそう言ったか?」
「え…う、うん。そう言ったけど…なんでそんなびっくりしてるの?」
「…それ、ディールさんが教えたのか?」
「うん、魔導陣とか詠唱の練習よりこっちの練習をしろって。」
「いつからだ?」
「え…六つの時からかな、あんまり覚えてないけど…」
「そんな事を七年間も…ありえない…いや、ありえなくないけど…」
レイドは指で唇を触りながら下を向き、ブツブツと独り言を言っている。
「ねえねえ、なんなの?なにがそんなにおかしいの?」
「…知らないのか?それやってる間は苦痛が伴ったはずだ。耐えたのか?」
「うん、早く皆に追いつきたかったから…」
「…魔導は元々魔物の物だって知ってるか?」
「う、うん。あんまり詳しくないけど…」
「魔物の使う魔法や魔術を人間が使えるようにグレードダウンさせたのが魔導だ。魔物に元来備わっている魔力貯蔵庫が人間には付いていない。だからこそのグレードダウンと魔導器具だ。魔力が少ない人間のために使用魔力が少ない魔導。魔導が発動した際の代償を肩代わりさせるための魔導器具が開発された。」
「代償って?」
「…それがお前の感じていた苦痛だ。魔物は魂を犠牲に魔法や魔術を使う。そのために魔物は人間を喰い、魂を補充する。魔法も魔術も魔導もいわば儀式に近い。何かを代償に何かを得る。魔導はその代償を魔導器具に肩代わりさせることが前提だ。」
「じゃ、じゃあ、私は何を犠牲にしてたの?」
「…自分の魂だよ。いくら発動するのに何人もの魂を犠牲にする魔法や魔術より簡略化しているからと言って、自分の魂を削り続けるなんて…正気の沙汰じゃない…」
「初めて知った…そんな危ない事してたんだ…え?私だいじょうぶだよね!?しなない…?」
「今生きているなら大丈夫、とはいかない。魂を削っているんだ。なにかしら体に影響が出ているはずだが…」
「魂を削るかぁ…それでどうして魔力量が増えるの?」
「おそらくだが…体の慣れだ。魔導器具を使って魔導を扱い続けても魔力は増える。これは魔導という儀式を何度も行う事によって体に慣れが出て、さらに大規模に、効率的に儀式を行えるように体が進化するからだ。…魂を削ることによって強制的にその進化を促したのだろう。…危険すぎるんだ、その方法は。それをやる度に天秤に自分の命を乗せてるようなものだぞ。…ディールさんの考えは知らないが、俺は推奨しない。」
「…そうなんだ…ディールさん、何も言ってくれなかったな。…やっぱり大切にされてないのかな…」
話を一通り聞いたミルニィは俯き悲しそうに笑う。辛い時に笑って自分を誤魔化そうとする。レイドはミルニィのそんな顔が大嫌いだった。
「もう日が落ちそうだ。今日はここまでにしよう。」
「あ…う、うん…!今日までありがとう、レイド。学校行ってもレイドの教えてくれたこと思い出しながらがんばるよ!」
「お~い、二人とも~。」
ポッケに突っ込んでいる手に籠を引っ掛け、こちらに手を振りながらディールが歩いてくる。
「こんな時間まで魔導の練習なんて精が出るな~。」
「どうしたのディールさん、ここに来るの珍しいね。」
「なぁに、可愛い娘の門出を祝って祝杯でもあげようと思ってな。」
ディールはそう言うと、その場にどさっと座り、籠から薪を取り出し器用に組み立てる。
「ほら、いっちょ頼みますよ"魔導士"さん。」
レイドは自分の事かと思いながら、ミルニィに目配せする。察したミルニィは薪の前に座り、両手をかざして目を閉じる。ゆっくりであるが、確実に魔法陣が完成していく。数分かかったが、なんとか薪を半分爆散させつつ火をつけることに成功した。
「はーはっは!!随分な腕前じゃあねえかぁ!」
「二月でようやく"火炎"魔導の一章…先が思いやられるな…」
「ディールさん、酔ってるよねー?お酒くさいぞー。」
「大正解!ほら二人も飲め!」
「せっかくですが、俺は酒は飲まない事にしてるんです。」
「私もお酒飲めないから…」
二人はディールから受け取った瓶を押し返す。ディールは怪訝な顔をしながらも、籠から焼き菓子を取り出し、二人に渡す。
「ガキにはこっちの方が好みだったかな?エルグラントの高級品だ。ありがたく食えよ~。」
「これ、確か入り口にある店の…全然高級品じゃないじゃん。でもありがと、ディールさん。」
「…なんでミルがそんな事知ってるんだ?」
「え…?…あ!いや、ち、ちがくて!前ディールさんがお土産で買ってきてくれてさ!その時に安いんだよって言ってて!」
_____祝杯は夜明けまで続いた。何故ディールが危険な修行をミルニィに課したのか。無粋な事は聞かずに当分の別れを告げる宴を終え、翌日の昼過ぎ、ミルニィは旅立ちの馬車に乗る。一度エルグラントを経由して行く必要があるため、ディールとレイド、その他の村人とともにエルグラントに同行してもらい、見送ってもらう。数人が涙を浮かべる中、ミルニィだけがワンワンと泣いていた。エルグラントからの馬車には、自分と同じようにローブを身にまとい、とんがり帽子を被る者しかいなかった。おそらく全員アルグランテに向かう生徒だろう。端の席に座り、まもなくすると馬車は移動を開始する。離れていくエルグラントの景色を見つめながら、新境地に向かう事に心を躍らせていた。
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