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なんとか和葉をお姫様抱っこで抱えた瑞樹がラウンジから出ていくと、それを見ていたパティシエに一人の男が近づいた。
「よー、なんか楽しそうなことしてるじゃないか。」
長身の男は、パティシエに後ろから抱きついて顎を肩に乗せる。黄金色に輝く長いウェーブのかかった髪はツヤツヤで、腰まで伸びている。野生の動物を思わせるしなやかな体をしている。
周りの女性客がきゃーっと頬を染めて二人を見た。その視線を意識した男は、ニヤリと笑ってパティシエの耳に口を寄せた。
さらに周りの女性客の熱が上った。それをおかしそうに見て、
「お前あのチョコになんか混ぜただろう。」
とパティシエの耳元で囁いた。
「チョコレートに混ぜるわけがないだろう。俺はパティシエだぞ。まずくなるものを混ぜるなんて無粋なことはしない。ただ恍惚の実を使っただけだ。オレンジピールだなんて一言も言っていない。あの二人が勝手に勘違いしただけだ。」
うっとうしそうに男を払い除けたパティシエが言う。
「恍惚の実って番に食べさせる実だろう。魔女が媚薬に使うって聞いたぞ。」
「そうだ。わざわざ取りに行ってきたんだ。俺は魔族だ。魔族の言うことを簡単に信じるなんてあの男は魔女の家の人間とは思えないな。」
パティシエはおかしそうに笑った。
「ふふ、そうこなくっちゃな。」
「でも寝ちまうとはな。耐性があるのか何かの守護か。まあいずれにしても、やっと捕まえた愛しの姫君がくーすか寝ててどれだけ耐えられるかな。はは。」
「よし!俺もいっちょなんかやるか。ここでは春に花粉症ってのが流行るんだろう?それに発情する仕掛けをしてやろうか。花粉を吸ったやつらが一斉に盛ったらおもしろいだろうなあ。」
「お前は悪趣味だな。そんなことしたらまた封じ込められるぞ。この前街を潰したばかりだろう。」
「もうこの平和ボケには飽きちまったよ。それに、魔女に飼われてる魔族がいるっていうじゃないか。それよりマシだろう。あいつは大陸一つ滅ぼしたからな。」
「ああ、核を魔女に握られてるからな。」
「まあ俺はゆるっと暇つぶし程度にしておくかな。じゃあ花粉を吸ったやつらが頭と心臓をごっつんしたら発情する仕掛けにしよう。」
長身の男はぽんと手を叩きながら言った。
「…なんだ、そのニッチな設定は。」
「この前見たまんが?てやつでパンを咥えた女が男にぶつかって発情してたぞ。」
「それは少女漫画だな。しかもだいぶ古いぞ。」
「いいんだよ、そんなんどーだって。俺の実力を見てろよ。」
言うないなや、男はポンっとその場で消えた。
「はー、こいつは本当に。」
見ていませんよというふりをしながら二人をガン見していた女性たちが、驚きに目を開いた。
その視線を受けてにっこり笑ったパティシエは、客に忘却の念を込めたチョコレートを用意するためキッチンに向かった。




